邂逅

「ふむふむ、ではワタルさんがここまでの道中に戦った魔物と王都内の同種の魔物を比べると王都に近い場所で出くわした魔物ほど弱く、劣っており、王都から離れるほどに強くなっていると?」

「強くなっているってのとは違うと思います。王都から離れた場所にいるのが通常の強さで、王都付近のは劣っているというか、妙に鈍いというか……弱っている? ……すいません、はっきりと言えなくて」

 移動中の馬車の上で髭の紳士フレデリックさんに合流までの道中で感じた事を話していた。

「いえいえ、原因が分からずとも魔物が弱いというのならこちらには好都合です。油断は良くないですし手放しで喜ぶ事など出来ませんが魔物の危険が減るという事実は皆の指揮を高めるでしょうし、原因を探る事が出来ればクロイツの奪還を視野に入れる事も出来るのかもしれませんね」

「ん…………? あの、その言い方だと奪還はしないつもりなんですか?」

「私たちが国を出発する当初、この大陸の状況をこの目で見るまでは奪還も目的の一つとなっていましたが、この大陸に着いてからは、それは難しいのではと考えるようになっていました。なにしろこれほどまでに魔物が溢れている状態ですから、大きな都とは言え町一つでは立ち行かないでしょう? 民も町の外に魔物が闊歩する土地での暮らしは不安が多い。港を出発する頃には生き残った方々を救助してクロイツからの脱出を目的とするようになっていました。無論、それは今も――」

「そんなっ!?」

 それはマズい、王都を片付けたら北へ、道中だって魔物が居るだろうから道中、そして北の港町、まだまだ時間が掛かるのに脱出? どれだけ遠回りすればいいんだ? それに俺はこの土地を元に戻したい。あの時決めた事、それをせずにここを離れるのは…………一人この土地に残るか?

「まぁまぁ、落ち着いてください。当初は王都に着き、軽い休息を取り次第脱出という計画でしたが、魔物の弱体化が本当なら少し調査してみる方がいいかもしれません。団長に進言してみます、弱体化をさせる方法があるならば少し滞在して探してみるだけの価値がありますから承諾してもらえるはずです」

 だとしても雲行きが怪しいな、最終的に脱出となった場合どうするのか考えておく必要がある。

「あの~…………使者さんもフレデリック様も本当にそのような所でよろしいのですか? 他の者も見張りをしていますし、休んでいただいて構わないのですが」

 御者の兵士がそう声を掛けてきた。俺とフレデリックさんが居るのは屋根のついた荷馬車、その屋根の上、魔物が来たら発見しやすいだろうとここに居る。

「まぁ、ここからだと後ろの方も多少狙いやすいですから……同盟国の四国が救援隊を組織してるんですよね? その割には……これで全部なんですよね?」

 馬車の列を見ながら思った事を口にした。それぞれの国の軍なんかの規模が分からないから何とも言えないんだろうが、国四つ合わせている割には少ない。被害を出さない為に団長さんが無理してたって話だから被害は出てないんだろうし。

「ほっほっほ、まさか、ここに居るのは少数精鋭というやつです。脱出の為に港を防衛する必要もありますからね、大部分は港を拠点として周囲の魔物の掃討を行っています。まぁそれでも自国の兵の損害を気にして派遣人数を抑えている国もいますが」

 最後に付け足した時、フレデリックさんが一瞬苦い表情をした。自分の国の事を言っているんだろうか?

「ここまで被害が無いのってやっぱり団長さんが凄いから?」

「そうなんです! 団長はとにかく凄いんです! 先ずその行動力、ヴァーンシアに来た直後に我が国のソフィア姫が凶賊に襲われている現場に居合わせたそうなのですが、事情も知らぬまま命を懸けて姫を守ろうとしたのです」

「へぇ、それは凄い」

 俺なんかこっちに来て初めて会った人間に殺されかけて逃げるのに必死だったのに、あの人は見ず知らずの人の為に自分から危険に飛び込んだのかよ。

「更に凄いのは、ヴァーンシアに訪れて間もないというのに覚醒者となり、そして更には王家に伝わるという使い手の居なかった宝剣を使いこなして凶賊どもを蹴散らし姫を守りきったのです。そしてそして! 即刻死刑となるはずの罪人たちに償いの機会を与えて頂けるように姫様に進言される慈悲の心、それに心打たれた姫様に事件後間もなく騎士団長に任命され、宝剣も団長に貸し与えられる事になったのです」

 なにそのサクセスストーリー、俺とは雲泥の差じゃないか……それに使い手が居なかった宝剣ってなんだ? 普通の剣じゃないんだろうか? ……勇者様かよ。

「世の中凄い人が居るもんですね」

「はい! 人柄も良く国での人望も厚いんですよ、団長に憧れてイザ・ディータ騎士団に入りたいと言う者も多いですし、かく言う自分もそのクチです。団長の様になりたくて、少しでも近づければと」

 こんな土地に居るというのに、不安など感じさせず、無邪気な少年の様に楽しそうに自分たちの騎士団長を誇る兵士、別の世界の人間ってだけで殺される事だってある世界でこんな……本当に凄い人らしい。

「あっ、団長に追いつく事が出来るとかは思っていませんよ? 自分は混血でもありませんから覚醒者にはなれませんし」

 俺がじっと見ていたせいで何か勘違いさせたらしい。

「あぁいや、真っ直ぐ自分のしたい事に打ち込めるのは凄いなぁと」

「そ、そんな、自分なんて全然凄くないですよ。まだまだ弱いですし、今回だって雑用でも何でもするからと無理を言ってようやくこの隊に入れてもらえたんですから」

「分不相応な任だと分かっているなら相応しい人間になれば良いのです。貴方にはまだ伸びしろがありますから、国に戻ったらまた扱いてあげましょう」

「はいっ! よろしくお願いします」

「ほっほっほ、元気なのは良いですが前を見てくださいね」


 一人の時よりも魔物の数も頻度も多い襲撃を受けながらも、合流から二日後の日暮れ前にはどうにか王城へとたどり着いた。兵士たちは無事とは言い難いが……主に精神面が…………異形は見つける度に優先して眠らせてはいたが、それでも全部じゃない。王都に入って目にする異形の存在に意気阻喪する者が続出した。異形を見ていなくても死体が歩き回っているのだ、それだけでも普通に気味の悪い光景、そして咲き乱れ舞う怪樹の血の花を不気味だと顔をしかめる者も多かった。

「あなた馬はどうしたの? ちゃんと乗れていたはずでしょ?」

 案内として出てきた芦屋が馬には乗らず荷馬車に乗っていた俺を見て不思議そうにしている。

「王都を出てすぐに喰われた」

「は?」

「だから喰われた。小回り利かないし、横からどーんって」

「守れば――いえ、そう……お迎えご苦労様、会談にはあなたも同席してほしいとの事よ」

 そんな事をしていればすぐにバテると察してくれたようだ。それにしても――。

「俺も?」

「そう」

「ふ~ん――んん? なんで馬車から女の子? 女騎士……なわけないよな、着てるのドレスだし、なんで救援隊に居るんだ?」

 馬車の列の中程にある馬車から長く薄い水色の髪をした女の子が降りたのが目に入った。歳は恋とかアリシア姫と同じくらいか?

「あの方はドラウト国王の娘のソフィア様、少し事情があるそうよ。彼女の近衛騎士団がここに居るから彼女が居ても不思議はないでしょ」

「なる、ほど…………?」

 あの娘の近衛騎士団? ……団長さんが守った娘?


「ワタル、よくぞ無事に戻ってくれた。救援隊を無事に連れて来てくれた事、感謝する」

「あ、いえ…………」

 俺が行こうが行くまいがあまり変わらなかったような気がする。

「わたる? ――」

「ソフィアも来ていると聞いていましたけど、本当だったんですね」

 ソフィア姫の姿を認めたアリシア姫が小走りで近付いてきた。

「ええ、色々あって――でも一番はタカアキから離れたくなかったからよ」

 命の恩人だからなのか、随分と団長さんを気に入っているご様子――。

「たかあき?」

「あの、ワタル様もタカアキ様もどうしたのですか? ……道中で自己紹介などなさらなかったのですか?」

 休みが団長と交代制だったから最初以降顔を合わせる事なんてなかったし、みんな団長としか呼んでなかったから名前なんて初めて聞いた。

「道中は俺と交代で彼に休んでもらっていたので顔を合わせる機会がなかったんですよ」

「そうだったんですね。ソフィア、タカアキ様、こちらはキサラギワタル様です。異形に変えられてしまった民を眠りにつかせて頂いたり、色々とご協力くださっている方です。ワタル様、こちらはドラウト国王の息女であるソフィアと、そのソフィアの近衛騎士団の団長をしておられるクシマタカアキ様です」

『…………』

 この名前、そして団長を前にして感じる妙な感覚――。

「あのぉ~、お二人とも更に難しいお顔になってしまわれてどうしたのですか?」

 くしまたかあき……字が分からないがこの名前には聞き覚えがある。小学校に上がって初めて出来た友達、目標にしていた相手、同姓同名? でも名前を聞いた後に見てみるとあの頃の面影があるような? ……記憶が曖昧だな。

「なぁ、わたるっていうのはどんな字か聞いてもいいかな?」

「あ、ああ、これだけど……その反応って事は、もしかして天明か?」

「って事は、航か!? ははっ、本当に? まさかあっちで会う事が無くなってた親友に異世界で会えるなんて思いもしなかった。いつからこっちに居るんだ? 俺は五年前にこっちに来たんだけど」

 本当に天明らしい……玖島天明くしまたかあき、またもあっちの世界での知り合いに会うなんて思いもしなかった。

「俺はまだ一年も居ないけど――」

「ちょ、ちょっといいかしら? タカアキどういうことなの?」

「聞いてた通りだよソフィア、前に話してた事があっただろう? 如月航、彼がそうだ…………それにしても、航髪を伸ばし過ぎだろ、その長髪じゃなきゃ普通に気付けたと思うんだけど――」

「いやいや! お前は身長伸び過ぎだろ、俺と同じくらいで俺の方が微妙に高かったのに、今これなんだ? 10センチ以上差がないか? それに……凄いやつだったのは覚えてるけど、いきなり覚醒者に成って出世とか無茶苦茶過ぎだろ!」

「なんでそれを……人が死ぬのを見たくなくて必死だっただけだって――」

「奇跡的な再会が起こったようですが、団長、謁見中ですよ?」

「あ、はい。すいません国王様」

 フレデリックさんにそう言われて天明はすぐに姿勢を正して騎士団長の顔になった。やっぱこいつって凄いんだな、引きこもって立ち止まっていた俺とは違ってずっと進んでいたんだろうし…………。

「いや構わぬ。このような状況でも友と再会できるのは嬉しいものだ、なぁフレデリック?」

「そうですねぇ、このような時でなければ一緒に酒でも、と言いたいところです」

「まったくだな、だがこの状況をどうにかしない事にはそうもいかぬ」

「ええ、どのような選択をするにしても早急に動き出さねばなりません」

 どのような選択をするにしても、か…………脱出という判断が下った時、俺はどういう選択をするんだろう?

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