一勝負

「はぁ~、疲れた。謁見の間は居るだけで疲れる気がする」

 今後の方針についての話し合いだったわけだが……やっぱりというか、当然の如く脱出の方向でまとまりつつある。こんな場所に暮らせるはずないんだから当たり前だ、戦える者はともかく、戦えない人だって大勢いる。当然の選択……二日の休息ののち、魔物弱体化の原因を探る為に王都内を軽く調査して、何も無ければすぐに脱出という運び、何か見つかったとしても攻勢に出る事はせず、一度この土地を離れ戦力を整えてから反撃に出る事になる。

「あれ? シロ?」

 部屋に戻る途中の廊下で挙動不審なメイドを見つけた。

「ひゃい!? わ、ワタル様!? なんでここに……? 謁見の間にいらっしゃるはずでは?」

 今何かを素早く背後に隠したな…………。

「話し合いはもう終わったから、天明たち――騎士団長様方はまだ王様と話してるけど、今後の事さえ聞ければ良かったから俺は抜けてきたんだけど――」

「そ、そうだったのですね。お疲れ様でした。そして、おかえりなさいませ」

「あ、うん、ただいま…………それはそれとして、何隠してる?」

「っ!? にゃ、にゃにも隠してなどおりません」

「いや、後ろ手に何か持ってるの丸分かりだから」

「…………大した物ではありません、ええ、とてもつまらない物ですのでお気になさらないでください」

 さっきからシロの視線が忙しく泳いでいる、相当見られたくない物らしい。

「…………」

「あのぉ~? ワタル様? ワタル様はお疲れでしょうからお部屋で休まれてはいかがでしょう? お食事でしたら私がお運びしますし――」

「ねぇシロ」

「は、はい、なんでしょう?」

「人って隠されると余計に見たくなるものだと思わない?」

「へっ? っ!? あ、あの、あのあの! そのわきわきしている両手は何なんですか!? なんでそんなにいやらしく笑っているんですか? そういうワタル様は嫌いです!」

 シロが涙目になってぷるぷるし始めた。

「ふっふっふ~」

 ここまで必死に隠すんだから相当面白い物に違いない。もし本当につまらない物だったとしてもシロの反応が面白可愛いから良しだ。

「さぁ観念して見せてみようか」

「い、嫌です。これだけは、これだけは勘弁してください…………他の事、そう! 他の事なら何でもしますから……その、恥ずかしい事も少しくらいなら我慢しますから、だからどうかこれだけは」

 う~む、凄い事言ってるよな……隠してる物がそれほどの物って事か? 何でもしますに微妙に釣られそうだが、隠してる物の方が気になる!

「あ、クロ」

「えっ!? ひぇえええええ!? ――あれ? クロエ様は?」

「隙あり!」

「きゃわぁあああああ!? か、返してください! 見ちゃ駄目ですぅ!」

 なんだこれ? 大きめの巾着みたいな? 柔らかいから中身も布系? ここまで来たら中身も見るしかない。

「というわけで御開帳~…………なにこれ? 俺と、クロの服?」

「あ、あぁー…………」

 シロは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまって相当落ち込んでいる様子。

「なんで洗濯物でそんな反応? いつもシロが洗濯してくれてるのは知ってるし、別にクロの下着が入ってるわけでもないのに」

「え? ……あ、ああ、あああ、ああ! そ、それはですね。例え普段ご覧になっている御召し物だろうと勝手に男性に見せてしまうのは問題があると――」

「俺とクロの物を一緒にしてる方がどうかと思うけど…………一緒にして匂いを嗅いでたーとか? そんなわけないか――あれ?」

「…………」

 シロが顔を真っ赤にして、目には涙をいっぱい貯めてぷるぷるしてる。もしかして図星だったのか? ……シロは匂いフェチだったのか。

「ふぇえええ、クロエ様に嫌われる…………」

「お、落ち着け、泣くな、こんな事くらいじゃクロはシロの事嫌ったりしないし俺もこの事は黙っておくから、なっ? だから泣き止もう?」

「うぅ、うぅぅっ、そうやってこの件で、クロエ様に黙っていて欲しかったら言う事を聞け! って私を脅していやらしい事をするつもりなんですぅ。その為にしつこく暴こうとしてたんです…………」

 涙目でぷるぷるしながらも恨みがましそうに見上げてくる。このやっちゃった感……反応が面白くて調子に乗り過ぎたか。

「しないしない、何もしない! この事も喋らない、シロとの秘密にしておく。この話はこれ以降はしない、やり過ぎたのは悪かった、謝る。ほら」

 頭を下げたあと袋を返してそそくさと逃げ出した。失敗した……それにしてもシロは本当にクロの事が好きなんだな、匂いを嗅ぎたい程とは……あれ? なんで俺の服まで入ってたんだ? んん? 嫌われてない、のか?

「分からんな、イヤよイヤよも好きのうち? …………眠い、いいや、さっさと寝よ――」

 部屋に辿り着きベッドに潜り込もうと布団を捲ったら――。

「おかえりなさいませ、このままお休みになりますか? それともわたくしになさいますか?」

 布団の中にいたクロがベッドにぺたんと座ってそんな事を言ってきた。踊り子のような姿で、匂い立つような色香を纏い澄んだ瞳で妖艶な微笑を向けてくる。この人何やってんだ。

「…………」

「…………あの、ダメですか? ……お役に立てなかったみたいですいません」

「へ? あ、あぁ~、これはどういう事なんでしょう?」

「ヒデマロさんとレンさんに教えていただいたのです。疲れて帰ってくるワタル様を労い元気にするにはこれが一番だと、でも失敗してしまいました。成功したら下半身になんらかの変化が起こるそうなのですが、変化、無いですよね…………」

 元気にするってどんな意味だ!? というかあの二人…………何を教え込んどんじゃー!? 変な事を吹き込むなよ。理解してないクロへ面白がって、嬉々として色々吹き込んでいく二人の姿が浮かんだ。恋はともかく秀麿はこういうのを取り締まる側だったはずなのに。

「ワタル様? 今更ですがお怪我などなさっていませんか?」

「ん? あぁうん。全くしてない、でも疲れたから寝たいから話は明日にしてもらえると――」

「そうですね、どうぞ」

「どうぞとは……?」

 って、こんな事前にもあったな。クロが自分の膝をぽんぽんしてる。

「お嫌ですか?」

「あ~、あー、まぁいいや、もう眠過ぎる」

 追い出すのも言い訳も面倒になりベッドにダイブした。布団からクロの匂いがする、俺が居ない間にまた何度か潜り込んでたな。

「戻る間にお休みは無かったのですか?」

「あったけど、休めなかった。俺が合流するまではさ、死亡者怪我人ゼロで荷物への被害も無し、それをやってた団長が、俺が合流したから休む事になってさ、俺と交代したら被害が出たとか申し訳ないし、神経尖らせて敵影が見えなくても気配がしたら即対処、とかしてて……そんな事してたら寝てる間も色々過敏……になって…………寝た気が……しなか……た」

「大変だったのですね、お疲れ様でした。ここは安全ですからゆっくり休んでくださいね」

「う……ん…………」

 クロがまだ何か言っていたが遠くなり言葉として理解出来なくなった。


「次、お願いします!」

 剣戟音が響き渡る。休日に何をしようと本人たちの自由だろうが、せっかくの休みに訓練なんてするかねぇ。それとも訓練は別なんだろうか? ……結構激しい動きしてるし、天明はともかく兵士の方は疲労が残りそうなくらいだ。昨日は大して話せなかったから少し話でも、と来てみたらこれだ。

「あっ、キサラギさんおはようございます」

 道中よく話していた御者のニックが俺を見つけて話しかけてきた。

「おはようニック、騎士団って大変だな。朝からこんな激しい訓練しないといけないなんて、俺はこんなの強制される環境じゃ生きていけないだろうな」

「あはは、これは強制じゃないですよ。皆自主的にやってるんです、団長に相手してもらえる機会はあまりないですから、我先にって感じです」

「団長様は凄いのですね。ワタル様の仰っていた通りですね」

「……あの、キサラギさん、こちらのお綺麗な女性は?」

「挨拶もせずに失礼しました。わたくしクロエと申します」

「あ、じ、自分はニックと言います。いやぁ、急にお綺麗な方が見えたのでびっくりしてしまいました」

「ふふ、ありがとうございます」

「い、いえ」

 ニックが真っ赤だ。まぁ、気持ちは分からないでもない。

「団長、我々は連携で勝負してもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。全力でやっていい」

「ごつい騎士六人に囲まれて全力でやれとは……余裕だなぁ。混血の人もいるんだろ?」

「それはもちろんです。でも団長の方が圧倒的に強いですよ? キサラギさんみたいに特殊な力というわけじゃないですけど、団長の身体強化は混血者すら追いつけない域ですから」

「運動機能だけじゃなく感覚器官も鋭くなってて自己治癒力も常人とは比べ物にならない程高いし疲労もしにくい。その上ON/OFFの切り替えが無く、常時超人状態で俺みたいな電池切れも無い、だっだか?」

「はい、そして同じ能力者と比べても団長は群を抜いています」

 無茶苦茶だな……兵士たちを相手にしてる時の動きを見る限りでは、まだ俺も付いていける。でも当然手加減をしてるだろうし、まだまだ上があるんだろうな。電池切れが無くて常時超人って反則じゃない? ……とか思ったけど常時超人なやつもう一人知ってたわ。超人多過ぎだろう…………。

「その上あの宝剣は持ち主の意思の強さで切れ味が変化するんだったよな? 動きが追えなくて何でも切る剣まで持ってたら最強じゃないか」

「ですね、団長はミスリル切りまでやってて、ソフィア様が次はオリハルコンをと準備なさっている時にミスリルとオリハルコンの値段を聞いて取りやめにしたそうですから、実際はオリハルコンも両断可能なんだと思います」

 ホント無茶苦茶だな……天明だったらデミウルゴスもあっさり倒してたんだろうな。

「ありがとうございました!」

 話してる間にも兵士は蹴散らされ、次の者に場を譲っていく。いつの間にかギャラリーが騎士団の連中だけじゃなく一般人も増えてきてる。

「皆さん凄いですね。ニックさんたちはいつもこんなに激しい訓練をなさっているのですか?」

「きょ、今日は特別激しいですね。さっきも言いましたが団長と剣を交える機会は貴重なんです。いつもはソフィア様の御傍にいらっしゃいますから」

 その姫さんは離れた場所からうっとりとした表情で天明を見つめている。あれってどう考えても惚れてる、よな?

「団長、次ぃ~…………」

 既に一巡していたらしく、今天明の前に立とうとしている兵士はフラフラの状態だった。

「ははは、無理せず少し休んだ方が良い。回復した後でまだ挑む気持ちがあるならいくらでも相手をするから」

「ですが、我々程度では団長の訓練にはならないでしょう? せめて数だけでも」

「俺の事は気にしなくていいよ。みんなの訓練に貢献出来てればそれだけで……そうだな、なら俺は航に相手してもらうから気にしなくていい。なぁ航、久しぶりに勝負しないか?」

「差しか感じない状態で勝負かよ」

「やめておくか?」

 軽く挑発するような挑戦的な目、負けると分かっていようが天明相手に背を向けるのは気分が悪い。弱いし、情けない時間を過ごして差が開いているのは分かっていても、もう俯く事なく前を向いていたい。

「やる」

「それでこそ」

 天明の前に立ち、剣を構える。色々競った覚えはあるが、こんな風に直接ぶつかるような事をするのは初めてだ。さっき見てた限りでは充分対処出来る範囲だったが、さて――。

「ハァッ!」

「ッ!?」

 大剣での横薙ぎ、大剣で、だ! それが訓練時に見たフィオのナイフ捌き並みの速さで俺の身体のあった場所を通過して行った。動き始めたのに合わせて跳んでいなかったら上半身と下半身がお別れしていた。

「お前やっぱり無茶苦茶過ぎるだろ! なんでそのバカデカい剣でそんな速度が出るんだよ!?」

「これが俺の能力なんだ。航は航の能力を、電撃を使った戦い方をすればいい」

「剣相手に飛び道具使うみたいなセコイ事出来るかっ、俺も強化と剣だけでやる」

「ははっ」

「なんだよ?」

「変わったと思ってた友達が、自分の知ってる友達で嬉しくて、な!」

 言いながらも大剣を振るってくる。直接受けるなんて出来るはずもない振り下ろされた大剣の側面に二刀を打ち込んで左に流す。恐ろしく重い、受ければそのまま圧し潰されそうだ。その前に両断されるか? 反撃に出ようと突っ込もうとしたが振り下ろした大剣の返す刃で左から右へ薙いできた。それを高跳びの様に跳び越えつつ剣の上を転がった。

「あっぶなっ、殺す気かっ」

「手加減したら怒るだろう?」

 そりゃ…………怒るな、負けるなら真剣にやった上で負けたい。手加減されて負けたんじゃ惨めすぎる。

「それに、航なら避け切るって思ってたからな」

「はいはい、そんじゃご期待に応える為にも、いっちょ攻撃に出てみますかね」

 天明の動きは速い、大剣をブンブン振り回すのには恐れ入る。それでもデカい大剣の軌道は読みやすい、振り切った隙を突いて掌底を――。

『ッ!?』

 完全に入ったと思ったのに腕で弾かれた。それでも電撃を帯びた一撃だったからそれなりに効いて驚いてるみたいだが、あれでも反応出来るのか、これは本当にフィオを相手してる、いや、それ以上の奴を相手してるつもりでやらないと。

「電撃は使わないんじゃなかったのか?」

「撃つ方はな、拳打と掌底には使うぞ。身体能力が上がってるお前の攻撃は剣以外も一撃必殺になるのに俺のはそのままだと避ける価値すらない状態だろうからな。結構痺れただろ?」

「ああ、流石に何度も食らいたいものじゃない、きっちり避けさせてもらうよ」

「ッ!?」

 空を切る重い音が響く、さっきまでより速くなってるじゃないか! これは、流す為に弾くのすら難しい。振った後の隙もさっきより無くなっていて潜り込めそうにない。避け続けては居ても、狭い修練場だ、すぐに端へ追い詰められ重い一撃が振り下ろされる。それを身体を半歩ずらしてスレスレで躱す。刃が目の前を通過する心臓に悪い避け方だ。振り下ろされた刃を剣の裂け目に挟むようにして二刀を地面に突き立て封じ、短剣を抜き天明へ振るう。それに合わせて天明が、腰にしていた普通サイズの剣を抜き放って俺の首筋に添えた。俺の短剣は天明の胴に突き付けられた状態、お互いに寸止め、止めていなければお互いに敗北、いや、自己治癒力が高いんだから天明は生き残るか?

『ぷっ! あっははははははは!』

 お互い顔を見合わせて大笑いした。

「やっぱり航との勝負は楽しい、昔に戻ったみたいで凄く楽しかった」

「お前は相変わらず凄くて付いて行くのがやっとで疲れる」

「でも食らい付いてきてくれるんだろ? 昔からそれが嬉しかった。久しぶりに全力に近い動きが出来てスッキリした」

 …………これで全力じゃなかったのかよ。もうこいつにはフィオくらいしか相手になるやついないかもな。どっちが強いんだろうか? ……会いたい、その為にも俺は――。

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