呆れて呆れられた

『こいつは人間じゃない、こんな事をするのが心ある人間のはずがない』

『何言ってるんだ、ジャップが人間じゃないのは当たり前の事じゃないか』

『確かに、守ってもらっている立場のくせにアメリカ軍に攻撃してくるとはとんでもない恩知らず、人間じゃないね。特にこいつは異常、早く死刑にするべき』

『人間じゃない、そんなのは当たり前の事、知ってるかい? チンパンジーって共喰いをするほどに残酷な生き物なんだぜ? 知能の高いチンパンジーですらこれなんだ、日本猿なんてもっと酷くて当然だ』

『完全に偏った見方だね。襲ってきている相手から身を護る為に反撃するのは当然の事、行為の惨虐性はあるけど似たような事をアメリカ側もやってる。日本の一般人は銃だって持ってないんだよ? 大勢の人を守る為に彼が兵士の手足を奪っているのも仕方ない事だと思う。日本人は何人も死んでるのにアメリカ人に死者が出てないのも重視するべきだと思う』

『いやいや、あんなの死んでるのと同じでしょ。目も手足も奪われて自分じゃ何一つ出来ないんだぞ? 兵士のコメント見たか? 早く殺してくれだぞ? 生きてたって何の希望も無い状態なんだから死んでるのと同じだ』

『こいつらの自業自得だろ、魔物なんかと関わりを持ってたアメリカの恥晒しだ。在日の基地周辺で犯罪が再発するのも刑罰が軽いせいだろ、アメリカ軍の駐留基地がある所では日本ほどに醜い事件が起きている場所は他にないし、良い罰を与えられたって考えればいいじゃないか。やった事の責任としてこの結果は妥当だろ。これだけの事が起これば日本人への犯罪行為も減っていいはず』

『何が罰だよ、ジャップに俺たちアメリカを裁く権利なんかあるはずないだろ。大量殺戮をやらかした国だっていうのに、復興してもらって今まで散々世話になってたくせに、恩を仇で返すとはこの事、また繰り返しやがった。今度こそ全土に原爆を落として焦土にすればいいよ、無くても困らないしね。今一度正義の鉄鎚を!』

『化け物退治だな、正にアメリカがすべき仕事だ』

『化け物ねぇ……確かにそうなのかもしれないね。人を一人殺せば殺人者として処刑されるが、戦場で人を百人殺せば英雄になれるという言葉があるけど、彼はこれだけの事をしてるのに殺してないし英雄にすら成れてないんだね。憐れだ』

『えーっ、俺は日本のアニメやマンガだけは残しておいて欲しいよ。あっ、日本人は要らね』

『冷静になれよ、仕掛けたのはアメリカ側からなんだぜ? 日本は被害者』

「酷い言われようだなぁ」

 俺一人が叩かれる分にはいいけど、日本人をまとめて悪く言われるのは気分が悪い。擁護しようとする人がいるのは意外だったけど、焼け石に水っぽいし。

「何がですか?」

「動画サイトのコメント、まぁ言われるだけの事はやってるけど――」

「またそんなものを見て、如月さんは充分苦しんでますしこれ以上自分を苦しめるような事しなくてもいいじゃないですか」

「ん~、最後の辺りは記憶が曖昧だったりするから、自分のやった事を確認しておこうと思って、それに叩かれてる事自体は大して苦しくないんです。やった事は事実だし、こっちの世界に戻ってきた時にやってない事を疑われて叩かれた事の方が堪えました。まぁ今回の事を見てやっぱりこれだけ惨虐な事をする奴だから犯人の可能性があるとか言われてもいるみたいですけど…………」

「だからって……ほら! もう終わりです。そろそろ病室に戻りましょう? 炎天下に日陰の無い屋上に来る事なんてないじゃないですか。病室の方が涼しいんですし、フィオさんのお見舞いだって――」

 いじっていたスマホを取り上げられてしまった。

「いやだ、病院内薬臭いし、嫌な事も思い出すし……暑くても外の方がマシ。というかなんで退院じゃないんですか? 俺って左手にヒビ入って血ぃ抜いただけでしょ? 起きたんだから退院でいいじゃないですか」

「それはこちらの都合と言いますか……三人が一緒の場所に居る方が何かと便利ですので、それに掠っただけと言っても銃撃をいくつも受けてるじゃないですか――そうだ、消臭剤を買ってきましょう。それなら病室に居ても平気――」

「作った匂いも嫌い」

「…………」

 困り顔になった惧瀞さんを尻目に屋上に転がる。今までと違って惧瀞さん以外の監視も病室前に数人居たりして病室に居るのも落ち着かない。事件から三日が経って、俺は入院する程の重症ではないのに未だに病院暮らし、フィオはまだ目を覚まさなくて、見舞いについても何度も言われているが、どんな顔をして行けばいいんだよ…………ティナはフィオに付きっ切りらしくあれから会ってないし、まぁその方が楽でいいけど。

「なんだか如月さん子供っぽくなっちゃいましたね」

「俺は元々ガキですよ、情けないほどに。人付き合いもせずに引き籠ってたやつが大人なわけないでしょ?」

「ん~、そういう事ではなくて…………怖いですか? フィオさん達に会うの、ここに書き込みをしてる人達みたいな事を思われたらどうしよう、って」

「…………さぁ?」

「心配しなくてもきっと大丈夫ですよ。お二人がこんな事を思うはずなんて無いですから、行き過ぎた部分があるのは確かだと思いますけど、私も如月さんの事を酷い人だなんて思いませんし――ごめんなさい、私はどうでもいいですね」

「惧瀞さん物好きですね」

 惧瀞さんに背を向けたままそれだけ言って目を瞑る。暑い、焼けるように熱い日差し、こんな所で寝なくてもいいのに中に入る気が起きない。俺にとって病院は死のイメージが強い、そこに居続けるのは苦痛だ。その上フィオは目を覚まさない、嫌な想像ばかりが頭を支配する。

「如月さん? 寝ちゃったんですか? こんな所で寝ちゃうなんて、日射病になっちゃいますよぉ? ……本当に寝ちゃったんですか?」

「惧瀞さんは中に入ったらどうですか? 屋上の出入り口さえ見張ってればいいでしょう?」

「それは他の人がやってますから」

 だからってここに居る意味もないだろうに…………まぁ別に――。

「まったく……こんな所に居た。なんでフィオに会いに来ないのよっ」

「いだだだだだだだだだっ!? 耳引っ張るなよ」

「こんな所で惧瀞と二人っきりになって――如何わしい事をしてたんじゃないでしょうね?」

 なんでそうなるんだよ……フィオが目を覚まさない様な状況でそんな不謹慎な事するかよ。というか俺はそんな事した事ないっての。

「ティナ様、私たちは別に――」

「まぁとりあえずこの事は後で聞くとして、フィオが目を覚ましたわよ」

「っ!? 本当か!? 本当に――」

 思わず飛び起きてティナ肩を掴んで揺すった。

「本当よ、だから呼びに来たんじゃない。起きたって聞いてたのに一度もフィオの部屋に来ないなんて何考えてるのよ。自分の血を全部使ってくれなんて言ってたくせに――ほら行くわよ!」

「わぁ! 良かったですね、本当によかったでず」

 惧瀞さん泣き出してるし……良かった、本当によかった。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと…………張りつめていたものが切れて膝を突いた。

「って!? ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫だ。安心したから力が抜けただけだ」

「なら行くわよ、フィオってば起きてすぐにワタルの無事を聞くくらい気にしてるのよ。早く顔を見せてあげなさい――ちょっと?」

 ティナに手を引かれたけど俺は立ち上がれなかった。俺が何をしたかフィオは知らない、知られたらどうなる? ティナだって、あれから会ってなかったし、本当は血に塗れた俺を――。

「なんて顔してるの、そんな顔して行ったらフィオが心配するでしょ。しゃんとしなさい…………人を斬った事?」

「っ!?」

 警戒している猫の様にビクりとした。見透かされている……他にそれらしい事件がないんだから当然か。震えが……はは、情けないなぁ。

「……はぁ~、そんなに怯えなくても私もフィオもワタルを嫌ったりしないわ。だからそんな怯え切った目を向けないで、人を殺したくないって言ってたワタルがあれだけの行動をするほどの事だった、それに私だって怒っているもの。それを理解しているから嫌ったりしないから安心しなさい」

 顔を逸らしたいのに両手で挟まれて真っ直ぐに見つめられる。

「ねっ? だから行くわよ」

「ちょ、待っ、俺行くとは言ってない」

「如月さん行きましょうよ。ずっとフィオさんの事気にしてたじゃないですか」

「やっぱりね、気にしてたくせに嫌われるかもって怖くて来なかったんでしょ? フィオに限ってそんな事絶対にないから安心しなさい。寧ろ顔を出さない方が嫌われるわよ?」

 そんな事言われても足が前に出ないんだからどうしようもない。違うか……やっぱり怖いから踏み出せないんだろう。

「行くわよ、惧瀞はそっちを持ちなさい」

「はい」

「いいぃ!? ちょ、行かないって、起きたばっかりならもう少し休ませてやった方が良いだろうし、俺も炎天下に居てちょっと気分悪いから休みたいし――」

「はいはい、言い訳は聞かないわ。それに会った後でいくらでも休めるでしょ? 添い寝だってしてあげるからよく眠れるわよ」

 それ寝れなくなりそう――じゃなくて! 行きたくないんだってば、どう思われるかも怖いし、血塗れの自分が誰かと一緒に居るのも怖い。


「もー、いい加減に入りなさいよ。ここまで来て尻込みなんて男として情けないわよ」

「そうですよ、というか病室前でこうしてる時点でフィオさんには来てるのバレてるんですから入っちゃえばいいじゃないですか」

 来たって言っても連行されて連れてこられたんじゃん。フィオの病室の前で十分くらい押し問答をしている。病室の前に立っている見張りの人には変な目を向けられている。

「そんな簡単に出来るならやってるわ!」

「簡単な事でしょうが、こうやって戸をがらがら~って、フィオ~、連れてきたわよ。ほらほら、入りなさい」

「げぇ!? ちょ、押すなぁ」

 ティナが戸を開けてぐいぐいと俺を押し込んだ。フィオは起き上がっていて、もさを膝に乗せて撫でていた。っ!? 一瞬、銃弾に倒れて血の気を失っていってる姿と重なった。頭を振ってそのイメージを消す、大丈夫だ。あの時とは違う、今は血色も良くなってるし元気そうに見える。

「ワタル、怪我は?」

 お前は……自分の方が重症で死にかけてたくせになに人の心配なんかしてるんだよ。もっと自分を大切にしろよ。

「無事だ馬鹿、お前は自分の心配しろよ。お前死にかけてたんだぞ、もう、すんなよ。もう……こんな事嫌だからな」

「ならワタルも気を付けて」

「分かった。悪かった…………俺が悪かった。ごめんな、俺のせいで、ごめん」

 傍によってフィオを抱きしめた。温かい……ちゃんと生きてる、生きてるんだ。

「会わないとか言ってたくせに、この子は…………」

「ワタル? ちょっと苦しい」

「くぅ、うっしゃい、こんくらい我慢しろ」

「あ~…………そうね、しばらく我慢してあげなさいフィオ。親しい相手でもこんなくしゃくしゃな泣き顔なんて見られたくないだろうし、私はどんな表情だって見ていたいけど」

「泣いてるの? ……私も見たい」

 見られてたまるかよ。絶対に今酷い顔をしてる、そんな情けない状態を見られたくなんかないぞ。ティナと惧瀞さんには見られたけど、せめてフィオには見られたくない。

「フィオはまたの機会ね。今は私が独り占めぇ~」

「うわっ、抱き付くなよ」

「いいじゃないこのくらい。本当に無事でよかった」

 自分以外の雫が頬を伝った。なんだよ……ティナだって泣いてるじゃないか。

「はぁ~あ、それにしても、まさかフィオに取られちゃうとは思わなかったわ」

「取られるってなんだよ?」

「好きなんでしょ? フィオの事」

「好きだけど――」

「けど?」

「…………んん? これは……あれ? えっと、どっちだ?」

 大切だってのは認識した。でも、この感情はどっちなんだ? 家族や友人に向けるものか? それも異性に向けるものか?

「どっち、って何が?」

「いや、これはどっちの好きなのかなぁ、と」

『は?』

 三人の声が重なったし…………。

「ちょっと、前にフィオに偉そうに言ってたのに自分の気持ちが分からないってどういう事?」

「いや、俺があんな事言われるってのは信じられなかったし、そういう経験も無いから異性への好きってのは分かんないし――」

「なら初恋なんですね!」

「いやぁ、どうなんでしょ? 大切の度合いはフィオとティナに殆ど差はない気がするし、これが異性への好意だとするなら俺って無節操というか、八方美人というか…………なんか嫌なんですけど」

「やったぁ! なら私にもまだ可能性があるのね。平等にしてくれるのなら独占できないのも我慢するわ」

「リオは?」

「ん~? たぶん同じくらい? ……え? ちょっと待てまて、俺って女好き? 遊び人? 違うよな? そういう感情じゃないよな?」

 ヤバい、本気で分からなくなってきた。俺ってこんな人間だったのか? 軽くないか? 惚れっぽい? いやいや、まだそうとは決まってないだろ。一緒に居るから家族みたいな感覚に変わってたって事なんじゃないのか? フィオから離れて部屋の隅で頭を抱える羽目になった。

「本気で悩んでますね」

「本当に自分で分かってないのね。ワタル、流石に少し呆れるわ」

 いや俺もだ。まさか自分の感情が分からないとは思いもしなかった。

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