罪過と希望
「あ~あ……ったくどうすんだよこの惨状、聞いてんのか? …………
なんの反応も示さない俺に苛立った遠藤が掴みかかってきて思いっきり揺さぶられる。もう……どうでもいい、放っておいてくれ、やった事が罪だというならさっさと裁けばいい。ただの死刑じゃ足りないのなら同じ目にでも遭わせてくれ、どうせ心が死んでいる。長い地獄にも関心が無くなったから問題ない。好きにしてくれればいい、あいつらにも言ったんだ、因果応報だ、と……した事を返されても文句を言うつもりも、正しい事をした、俺は悪くない、と言い張るつもりもない。やった事は間違いなく悪だ、ただ、この異常な状況でああする以外の行動が俺には取れなかった……それだけだ。
「好きにしてくれ、死刑でも、米軍に引き渡して銃殺刑でも、モルモットにして解剖するでも勝手にすればいい。もう俺はこの世界にも生きている事にも興味は――痛っ」
「ふざけんなっ、なに悲劇の主人公気取ってこの世の終わりみたいな顔してやがるっ。この状況で辛い思いしてんのはてめぇだけじゃねぇぞ! 今回の事で大勢の人間が大切な人を傷付けられて殺されてるんだ、それを――」
「落ち着け遠藤、何やってるんだお前はっ」
「うっせぇ! 放せっ西野! もう数発殴ってやらないと気が済まねぇ。こいつ見てるとムカつくんだよ、他の人間が持ってない力を持ってるくせにこんな状況に陥りやがって、こんな悲惨な状況作れるくらいならもっとマシな結果だって出せたはずだろうがっ!」
「いいから落ち着け馬鹿――」
「うっせぇーっ!」
「がっ!?」
一緒に出掛けていた西野という人に押さえ込まれて連れて行かれそうになった状態で振り上げた遠藤の足が、座り込んで腕を後ろ手に縛られた俺の顎に引っかかって転かされた。目がチカチカして視界がぼやける、なのに意識はハッキリしていて気絶なんかは出来そうにない。血溜まりに倒れたまま空を眺める、酷い臭いが漂いそこら中から呻き声が聞こえてくる。出掛けてすぐの頃は明るかったと思ったが、いつの間にか曇っていて月も星も無い、周囲の建物からの明かりはあっても銃撃なんかの被害を受けていて廃墟の様な見た目になってしまっている物もある。
「絶望の世界だな、本当にここが地獄みたいだ」
今更……人を斬った感触を思い出して不快感がこみ上げてくる。俺は…………後悔しない、あいつらが先にやった、俺は悪を倒した、なんて事は思ってない。俺がした事も明らかに不義、人とは思えない残忍冷酷な行い。それを理解した上であれを選んだんだ。後悔なんてするものか…………。
「いたーっ! やっと見つけたわ、ほら行くわよワタル!」
空間を斬り裂いて空中に現れたティナが降ってきて、倒れている俺の腕を引っ掴み引き摺りながら走り出した。
「ちょ!? ちょっとティナ様!」
「ティナ、俺は罪人だ。勝手に移動させたらマズい」
「煩いわね、そんな事言ってる場合じゃないのよ! 早くしないとフィオが死んじゃうんだから」
…………フィオが死んじゃう? ……それだとまるでまだ生きているような言い方――。
「今、なんて?」
「急がないとフィオが死ぬって言ったの! 辛うじてまだ息があったから惧瀞と合流して病院に連れて行ったのよ、でも出血が酷くて、なのにこっちの世界の人間の血は輸血出来ないって言うのよ。でも前に採取したワタルの血を調べたら、ワタルの血なら何とかなるかもしれないって医者が――」
「本当かっ!? フィオは、フィオはまだ生きてるんだな!? 俺の血があればたすけられるんだな!?」
助けられる? フィオはまだ生きてる……まだ終わってない! 希望がある。
「ハッキリとは分からないわよっ、それでも何とかできる可能性はワタルが握ってるのよ。だから立ちなさい! 間に合わなくなるわ」
「あ、ああ! 全速で頼む!」
「当然よ!」
ティナに手を引かれて夜の空を駆けて病院へ向かった。
「彼女の血液型はこの世界の人間の血液型とは異なっていまして輸血する事は出来ないのですが、サンプルとして頂いていた如月さんの血液の中に彼女と同じ血液型も含まれていました」
「それって、どういう事なんですか? というかそんな事あり得るんですか?」
「複数の血液型を持っている方は稀に存在していて血液型キメラと言うのですが、異世界の方の血液型を持っているというのは私にもよく分かりません。異世界に行く以前の如月さんの採血時のデータを見せてもらった限りでは、以前は普通のA型でしたし……異世界に行った事で何らかの変化が生じたと考えられますが――」
「そんな事は今どうでもいいから早くフィオを助けなさい!」
「そ、それはもちろん私たちも助けたいですが、拒否反応が出ないとも限りませんし、出血も酷いのでかなりの量を輸血する事になります。下手をすれば如月さんの命も――」
「全部使ってください! 俺の血でどうにか出来るならいくらでも――お願いします、フィオを助けてください!」
ひたすら頭を下げて床に擦り付けた。今の俺に出来る事は血を遣る事と医者に頼み込む事だけ、フィオには何度も助けられているのに俺のしてやれる事はこの程度でしかない、それが歯痒い。
「あ、頭を上げてください…………私たちは医者です、命を救うのが仕事です。患者の為に全力を尽くしますが異世界の方の治療は初めてで、その上輸血に関しても可能性があるといった程度で何が起こるか分かりませんので覚悟だけはしておいてください」
「そんな弱気な事を言ってないで早くしなさ――」
「ティナ、いいから」
「でも――分かったわよ、よろしくお願いするわ」
別にこの人のやる気がないわけじゃないし諦めてるわけでもない、ただ現状を伝える必要があるから教えてくれただけだ。母さんが入院している時もそうだった、別に冷たいわけじゃない。伝える事も仕事なんだろう、嘘を吐かれたり変にごまかされるよりずっといい。準備の間に治療を受けて、輸血が開始されて程なくして意識を失った。
暗い……白い、天井…………? 頭がくらくらする、動悸がして身体も怠く重くチリチリとした痛みを感じる。俺は……米兵相手に無茶苦茶して、それで……っ!
「フィオ――ぐ!? ぁ、くぅぅ!? あったまいてぇー」
ベッドから焦って起き上がった事で、くらくらとする程度だったのが確実な痛みに変わって頭の中で暴れ回っている。視界が霞む……俺は大きな怪我はしていなかった、血ぃ抜いただけでこの様か。額を押さえながら再びベッドに倒れて目を瞑った。誰も居ない薄暗い病室、人を刻んでいた時の感覚を思い出して身体が勝手に震えだす。何を怯えている? 自分で選んでやったくせに、本当はやりたくなかったとでも言う気か? 偽善者ぶるな、あの時の俺には迷いなんか無くて一切躊躇しなかった。化け物…………その通りなんだろう、あんな事を考えて実行するなんて人間とは思えない。
「うっ!? げぇ、ごほっ、ごほっ、おぇ……はぁ、はぁ――うっ、ごほっごほっごほっ、おぇぇ…………」
吐き気が迫り上り、病室に備え付けられていた洗面台へと吐いた。なんだよこれは? 化け物がする反応としては随分とお粗末じゃないか、あれだけの事をしておいて今更まともな人間のフリか? そんな事を思ってみても吐き気は消えず、吐く物が無くなっても胃液を吐き続け、それさえ出なくなっても吐き気は続く。フィオはどうなったんだ? なんで誰も居ない? ……フィオが助かったとしても、嫌われるだろうな…………別にそれでもいいか、生きていてくれるのなら。ベッドに戻る事も出来ず、洗面台に凭れる。眠くはないが意識が薄れていく、血が足りないせいかな――。
こっちを見ている、地に転がった血に濡れた無数の瞳、斬り落とされた腕が芋虫の様に這って来て俺の足を掴む。響き渡るのは怨嗟の声、目など見えなくてもこちらを捉えているようで、胴体を捩ってこちらに近付きながら何かを叫び、俺を責めている。悍ましい光景と濃い血の臭い、堪えられずにその場へ吐いた。これを、俺が作った…………血に塗れた両手……殺してはいない、だからなんだ? これはそれ以上の苦しみを齎す状態だろう。同じ目に遭わせる為か、無数の腕が四肢へ群がり引き千切ろうとする。
「っ!?」
這い寄って来ていた兵士の何もない空洞が、闇の
「がぁ!?」
引かれる以上の痛みを身体に感じて四肢を見ると、刃物で斬った様な傷が出来ていて、引かれる度にその傷が広がり激痛が走る。引き倒されて目へと手が伸びてくる。
「がぁああああああああああああああああっ!?」
左目を抉り出された。俺が苦しんでいる事に満足しているのか兵士たちの表情は幾分楽しそうなものに変わっている。
「ああああああああああああああああっ!? あ、あ、あああ、あぁ…………」
今度は右腕を左脚を千切り取られた。これが相手に負わせた痛み、抵抗する事すら許されず身体を失っていく。残りは右目、左腕と右脚、因果応報か…………。
「謝れ、俺たちは人間だから慈悲はある。謝罪するなら残りはこのまま残しておいてやろう」
目の前にある兵士の顔がそう言った。俺の状態を見て顔を歪めて笑っている。
「謝る? …………俺のやった事は惨虐なものだ、そのくらい理解してる。裁きが必要なら受けはする。それでもお前たちに謝るつもりは毛頭ない!」
「っ! なら好きなだけ裁きを受けろっ! 今度は俺たちがお前を裁く番だっ!」
俺の答えに憤慨し般若の様な表情になった。そして残った四肢を引く無数の腕の力が増して右目へと手が伸びてきた。
「がぁあぁああああああああああああああああああああああああああああーっ!」
同時だった、左腕と右脚、右目が同時に奪われて、今までに感じた事の無い激痛が傷口から残った胴へと広がって駆け巡った。
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