不快感

 あれから俺だけ別室に呼び出されて中国に来ないか? という話を持ち掛けられたけど断ったら多少の問答はあったがあっさり引いた。日本人なんか要らないって事なんだろう、その後魔物についての話を聞いて、目撃情報があった場所へ向かう前に大使館に寄ってもらって結城さん達と合流して忘れ物を受け取る事になった。

「よう、てめぇが間違えて資料用に作ったレプリカを持って行きやがったからわざわざ本物を届けに来てやったぞ」

 なるほど、そういう体になってるのか…………めんどいなぁ。

「貴重な物です。今度はお間違えの無いようにお願いします」

 結城さんに睨まれながら剣を受け取った。やっぱり根に持たれてんのか……あの時忠告はしたんだけど、それとも変な誤解をされたままとか? う~ん。

「惧瀞、これから魔物の目撃情報がある場所に行くと言っていたが本当に魔物が居るのか?」

「それはまだなんとも……貰った情報も遠目に妙な物を見たとか、鳴き声の様なものを聞いた等の曖昧な物が殆どでティナ様たちも行ってみないと分からないそうなので」

「本当に魔物が渡航なんてすんのかねぇ。あんな化け物どもをホイホイ乗っけて移動する飛行機なんか無ぇと思うんだが……姫さんの話じゃ日本以外に出る事は無いらしいし、空港での事もあるから魔物が居るってのも疑わしいぞ」

 それは思ったけど、決めつけて確認もせずに帰って後で被害が出ました、じゃ苦しすぎる。後悔しない為にも確認は必須だ。

「別に俺たちだけで行きますから結城さん達は帰ってもらっていいですよ」

「ふざけんなっ、このまま同行するのも仕事なんだよ。だいたい、悪い虫が居る場所に綾ちゃん置いて帰れるかよ」

「虫? ここに虫なんて居ますか?」

 惧瀞さんは不思議そうにしてるが、遠藤と結城さんに睨まれてる。俺は虫か……そういう理由でさっきも睨まれたのか……人気だなぁ~、惧瀞さん。自衛隊って出会い無さそうだし、そこに所属してる美人ってのは貴重なのかもしれない。




「だぁーっ! もう! めんどくせぇ! てめぇがもっと精査された情報を待ってれば騙されてこんな場所に連れてこられる事もなかったん――うわっ!?」

 顔面に向けて振るわれた掌底をこちらを向いていた遠藤がすれすれで躱した。

「馬鹿、集中しろっ、こいつら素人じゃないぞ」

 魔物目撃情報があるという山奥の村に連れてこられて、そこから更に山に踏み込んだ所で襲撃を受けた。銃火器で武装しているわけではなく、素手で格闘術で向かって来ている。なんなんだこいつら、速さならフィオやティナ、強化の効果を受けてる俺の方が速いはずなのに攻撃が当たらない。当たる瞬間に間合いがズレているみたいな変な感覚、素手の、それも人間を相手に剣を抜くわけにもいかなくて、鞘に納めたまま振ったり蹴りで応戦してるが一発も当たりゃしない。そもそも俺はそういう技術持ってないしなぁ…………殺すなと言ったから加減しているのか、フィオとティナの攻撃を避ける者や受けても立ち上がるものまで居る。

「っ!? 私に触れようなんて……身の程を知りなさい! 私の身体はワタルのものなのよ!」

 大声でなに言ってんだ…………ティナに蹴り飛ばされた奴が樹木に激突して倒れ込んだ。あれって死んでないよな? 結構な勢いで飛んで行ったんだけど――。

「ワタルぅ~、こいつら気持ち悪いわ。攻撃が当たる直前に間合いが変になる、そのせいで私の方が速いのに当たらなかったりするし、当たる瞬間に威力を殺されるの。もう剣抜いてもいいでしょ?」

 そんな事を言いながら背中に抱き付かれた。間合いが変になる、か…………こいつらの動きはティナにも有効って事か、ならフィオも同じ理由であまり倒せてないのか? これって功夫? 中国武術怖すぎなんですが……二人でも対処に困る相手とかめんどくさ過ぎる。惧瀞さん達も隙を作らない様に相手の攻撃を受け流すので精一杯で倒す事は出来てないし。

「この状況で抱き付くな、それと斬るのは駄目だ」

「そんな事言ったって襲ってきてるのはあっちなんだから斬っちゃえばいいじゃない。こんなのの相手なんていつまでもしてられないわ」

「そうだぜっ! いつまでもこの状態とか冗談じゃない、さっさとどうにかしやがれ! お前電撃はどうしたんだよ!?」

 そりゃそうだけど、自分に近い分には問題ないけど、休む間もなく攻撃を加えようと向かって来ているから惧瀞さん達と襲撃者の距離が殆ど無い。そんな状態で使ったら味方まで感電させかねない、それにさっき密着された時に気絶するように調節した電撃を纏って腕を掴んだのに気絶しなかった。この暑い中長袖を着て手袋までしてるし、電気に対する対策をされてるっぽい。それでもすぐに距離を取ったから全く無意味という事でもないみたいだけど、あれ以上に威力を上げたものを人間に使うのは怖くて出来そうにない。

「さっき使ってみたけど対策されてるっぽくて効果が薄くて気絶までいかない。これ以上威力を上げたのを人に向けるのは無理だ」

「襲われてんだぞ!? 殺さずにとか気遣ってる場合かっ、正当防衛だ! さっさと大人しくさせろ、姫さんも倒せるならイチャついてねぇで戦ってくれよ!」

「確かに……ティナ引っ付いてないで倒してくれ」

「やぁよ、こいつらと戦うの気持ち悪いんだもの」

 なんとなく分かるけど、当たったと思った攻撃が妙な感じで外れるから不快感あるのは分かるけど! 倒せてるのはフィオとティナだけだしどうにかしてくれ。

「っ! 触るなって言ってるでしょ!」

 あ、離れた。後ろから近付いてきた奴二人を蹴りながら対処しに行ってくれた。それにしてもこれ、どうしたもんかな……殴ろうが蹴ろうが当たんない、それどころか攻撃に気を取られてると打ち込まれそうになる。こっちの方が速いはずなのにどうなってるんだ? またズレて当たらねぇし、気持ち悪い!

「っ!? 放せ――ぐぅ」

 振り下ろした剣を身を翻して躱され腕を捻り上げられた。っ!? 何取り出してるんだよ!? 注射器? 薬物!? 何打ち込む気だ!? 逃げないと――。

「ごっ!?」

 打ち込まれそうになった瞬間、フィオが降って来て踵落としを脳天に当て、俺を拘束している力が緩んだのを見計らって回し蹴りで蹴飛ばし、惧瀞さんに襲い掛かってるのを巻き込んで倒した。一気に二人処理ですか…………。

「ふぃ、フィオ……助かった。ありがとう」

「もう当て方は分かった。殺さなかったらなんでもいいんでしょ? 脚を折れば動けなくなる」

 怖い事言い出した!? あ~…………でもこの際それでいいか? こいつらがここに居るのは寄越した連中なら知ってるだろうから回収に来るだろうし。

「じゃ、じゃあそれで――」

「ん、これ借りるから」

 速いなぁ、もう当て方が分かったってのも本当らしく、持って行った剣を脛にガンガン当てて襲撃者たちを倒していく。すげぇ痛そうだ、あっちが悪いんだけど、これ程圧倒的だとちょっと同情してしまう。

「ワタル、余所見は駄目よ」

「げっ!?」

 そう言われて振り返ると倒れてる襲撃者が三人、全く気付かなかった。気配とかにはそこそこ敏感なはずなのに。

「気配を消せるのも居るみたいだから油断してるとまた怪我するわよ? 私そんなの嫌だから注意して」

「分かった――とか言ってる間にほぼ終わってるんだが…………」

「すげぇな……動き見えねぇし、やっぱ圧倒的だな。流石お嬢、俺と結城は二人ずつしか倒せてねぇのに」

 お嬢って…………ヤクザの組長の娘かよ。それにしてもほぼフィオが折ったとは言え、倒せたんだ……俺役に立ってねぇ。

「終わった」

「あぁ……うん。ありがとな」

 そこら中から呻き声がする。気分悪いなぁ、こっちは悪くないのに親の仇みたいに睨んでくるし、何か繰り返し怒鳴ってるのも居る。

「りぃべんぐいず? ……ってなんだ?」

「日本人を指す蔑称です。アメリカ人等が使うジャップと似たようなものです」

 結城さんが苦虫を噛み潰したような顔で説明してくれた。ジャップは聞いた事はあるけど意味をちゃんと知ってるわけでもないから似たようなものって言われても分からん……それでも相当嫌われてるってのは嫌でも伝わってくるけど。

「これなんの薬でしょう? 銃なんかを使ってなかったところを見ると殺さずに捕らえる気だったみたいですけど……薬漬けにして如月さん達を従わせるつもりだったんでしょうか? ……一応持って帰って調べてもらった方がいいですね」

 惧瀞さんが注射器を一つ拾って荷物の中に仕舞った。中身が何だろうと打たれなくて良かった。

「どうせロクなもんじゃねぇよ。薬打たれてたら洗脳でもされて敵に回ってたのかもな」

 遠藤が茶化すようにそう言って笑っている。マジか……薬でそんな事が出来るのかは知らないが、こっちの世界の薬物がフィオ達にも同じ作用をするかも分からないのに、無茶苦茶しやがるな。


「何キロで何時間でしたっけ? 大使館まで」

「六十五キロちょっとで、歩きだと十四時間位って出てますね」

 惧瀞さんが衛星通信のモバイルルーターを持ってたからネットで大使館までの距離を調べてくれたら、これである。フルマラソンの1・5倍以上か……歩き続けても半日以上掛かる、食料なんかはあるけど……知らない土地を歩くのはかなり負担――って程でもないか? ヴァーンシアでそんな生活だったしなぁ……いやいや、狙われてるし言葉だって通じないんだぞ? ある意味こっちの方が厄介だ。

「食料なんかは心配ないとはいえ、難儀な状況だなぁ……てめぇがもっと警戒してればこんな事にはなってねぇんだぞ」

 う~ん、反論出来ない。早く魔物の問題を片付けたいから、って焦ってたのは否めないし、しょうがないか。俺のせいで迷惑かけちゃってるな――。

「ワタルは被害に遭う人間が出ない様に、って行動しただけでしょ、あなたとは違うのよ」

「あのなぁ姫さん、それで騙されて自分たちが危険な目に遭ってたら世話ないぜ」

 耳が痛いな……次からはもっと注意しよう。これ以上魔物に因る被害が出ない内に早く片付けてしまいたいが、それで焦って、却って周りに迷惑を掛けてたら意味が無い。

「文句を言っていても今更だ。またいつ襲撃されるかも分からないんだ、ぼやいていないで警戒していろ」

 結城さんは直接文句を言ってくる事は無いが態度で非難されているのが分かる。はぁ~、能力が戻って気が緩んでたのもあるのかなぁ……さっきも後ろから近付かれてるのに気付かなかったし、対策されて能力で気絶させる事も出来ない。俺って足引っ張ってばかりじゃないか。

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