出現

「ふぃ、フィオ~、もう勘弁してくれぇ~」

「駄目、もっと強くならないと、ワタルはすぐに無茶をするから危ない」

 あれから既に四時間くらいぶっ続けでフィオの猛攻を捌き続けていた。今日は一段と苛烈な連撃と、それに気を向けすぎている時の不意打ちが繰り返されている。初日は長時間やり続けられた事を思うと、かなりの手加減をされていたのだと理解できた。もちろん今でも手加減はされているんだろうけど、バテバテで精彩を欠いた状態だ。

「なら、せめて休憩させてくれ、今日は激しすぎだぞ? 明らかに動きが悪くなってる状態で続けても効果はないだろう?」

「疲れた状態でも、どう動けば生き延びられるのかの訓練になる」

 ああ言えばこう言うとは正にこれの事じゃないのか? 訓練は必要な事だと思ってるし、フィオも俺が危ない目に遭わないようにって、やってくれてる事なんだろうけど、正直この苛烈な猛攻を炎天下で受け続ける体力は無い。せめて休憩を挟まないと本当にもたない。

「フィオ~、少し休ませてあげたら? いくらワタルの為でも無茶をし過ぎたらワタルが壊れちゃうわよ?」

「休憩」

 即決っ!? もう、なんでもいいや、疲れた。木陰ある芝生の所まで行って倒れこむ。

「あぁ~、死ぬぅ~」

「如月さん、お疲れ様です。麦茶をどうぞ、あと甘いものもありますからゆっくり休んでくださいね」

 女神だ……こっちにも女神が居た。渡された麦茶を一気に飲み干しておかわりを貰って、用意された茶菓子を摘まむ。甘くて美味しぃ~。

「なにこれ!? 凄く綺麗、これが食べ物なの? 本当の花みたいじゃない」

 ティナが和菓子の見た目にかなり驚いている……俺見た目なんて楽しまずに口に放り込んだぞ。

「有名な和菓子屋さんで買ってきた物なんですよ。ティナ様とフィオさんの分もちゃんとありますからお二人もどうぞ」

「うぅ~、こんなに綺麗だと食べちゃうのがもったいなくなるわね。それにしても凄いわ、この世界にはこんなに綺麗なお菓子があるのね」

 ティナは和菓子の細工にいたく感心した様子で、すぐに食べる事はせずに手に取って色んな角度から眺めて目で楽しんでいるようだ。

「美味しい」

 フィオは躊躇う事無く口に放り込んでいる。

「フィオ! こんなに綺麗なんだからもう少し目で楽しみなさいよ」

「見ても美味しくない、食べないと意味がない」

 ははは……ここは元盗賊と姫様の違いかな? まぁどっちの言う事も分かる。これだけ綺麗なら見た目を楽しみたいってのも分かるし、菓子なんだから食べて味を楽しむのも正しいだろう。

「はぁ~、少し寝ていいかぁ?」

 激しい運動の後の甘いものと木陰の涼しさも相俟って眠気に襲われた。休憩なんだし、少しくらいいいよな?

「少しだけ、少ししたら起こすから」

「うぃ~」

「如月さん、膝、貸しましょうか?」

 嬉しい申し出な気もするけど、気恥ずかしいしなぁ――。

「クジョウ、ワタルを誘惑するなって言ったでしょう?」

「ふぇ!? い、いえ! 私はそういうつもりで言ったんじゃ――」

「言い訳無用っ!」

「ふぃ、ふぃにゃしゃまゆりゅひてくりゃしゃいぃ~」

 惧瀞さんはあらぬ誤解を受けて、ティナに頬と胸を弄ばれている。近くに居た男性隊員たちがその様子を凝視している。男ならこれは見るよなぁ……面倒に巻き込まれても嫌だし、休憩時間が無くなっても嫌だから無理矢理瞼を閉じて寝る態勢に入った。

「ひゃんっ! ゆ、許してくださ――あんっ!」

 うぅ、嬌声が…………こんなん眠れるかぁーっ! 他所でやってくれ。休憩が終わったらまたさっきの続きなんだ。少しでも休みたいんだよぉ…………。


 んん? いつの間にか寝てた……なんか頭の下が柔らかい?

「あら、起きたのね。おはよう」

「おはよう?」

 瞼を開けるとティナが俺の顔を覗き込んでいた。なんだこれ? …………もしかしなくても膝枕をされている? ロイヤル膝枕っ!? というか恥ずかしい、すぐに起き――。

「ダメよ。もう暫くはこのまま」

 起き上がろうとしたら頭を捕まえられてしまった。うぅ、ティナが覗き込んでいて、頭を固定されてるから必然的に見つめ合う形に…………。

「ふふふ、そんなに顔を赤くされて困った表情をされたら、もっと色々したくなってしまって参ってしまうわ」

 なら放してくれればいいのにその気配は無い。それどころか顔が近付いてきているような? これって――。

「ただいま戻りましたぁ~。フィオさんが凄かったですよーっ! 隊員十人が拳銃で狙い撃ちしているのに全てナイフで弾いちゃうんですよっ!?」

 またキスされてしまいそうな状況を興奮気味な惧瀞さんがぶち壊してくれた。残念なような、ほっとしているような、複雑な心境だ。昨日あれだけ風呂場であぁ~うぅ~言ってたくせに何だ? この気持ち……自分の気持ちが理解できずに首を傾げる。というか――。

「銃で狙い撃ちって……何やってたんですか?」

「銃への対処の訓練、もう二度とワタルに当てさせない」

「そうなんですよ。フィオさんがいきなり自分に向けて銃を撃って、って言いだした時は驚きましたけど、射撃が得意な隊員が撃ったものも全て弾いて一発もフィオさんに掠る事も無かったんですよっ! 本当に凄いですっ!」

 もう銃を向けられるような事はないと思いたいんだけど…………それにしても、俺が暢気に寝てる間にそんな事をしていたのか……駄目だな、怠けすぎた。俺も頑張らないと――。

「これって警報?」

「これスクランブルの警報です!」

「卵と交差点?」

「ふざけてる場合じゃないです! スクランブルは緊急出動の事です!」

 ふざけたつもりは……多少あったかもだけど、意味は知らなかったんだからしょうがないじゃん。


「あっ、館脇さん一体なにが――」

 渋いおっさん隊員が俺たちを見つけると慌てた様子で駆け寄ってきた。

「東京とその周囲の四県の県都に魔物数十体が突然現れた。都内に現れた物と千葉の物は今まで討伐された物と変わらない様で数は多いが配備されていた自衛隊と警官隊で対処出来ているらしいが、埼玉、神奈川、山梨の三県に現れた物は銃の効かない巨大な物と異能を持った物で上手く対処出来ていないようだ。そこでお三方にそれぞれの県へ行っていただきご助力願いたいのですが――」

「駄目、ワタルと一緒じゃないと嫌、ワタルは無茶するから一人にしたら危ない」

「そうねぇ、能力も戻ってないものね。私もバラバラになるのは反対だわ、私かフィオのどちらかが付いていないと不安ね」

 女性二人にこの扱いをされてるのは酷く情けない……俺の実力が低い上に能力も失ってるからしょうがないっちゃしょうがないんだけど、そんな事言ってる場合じゃない、異能を持ってる奴って事はハイオークだろう。すぐに向かって処理しないと被害者が大勢出てしまう。

「あの、対処出来てない物……ヤバいものってどの位居るんですか?」

「埼玉に現れた物は、以前にも現れた銃の効かない物に似た物と今までに討伐してきたオークやオーガが複数体、神奈川と山梨に現れた物もオーク等が複数体と数体が異能を持っている様子で、殺したはずの魔物が突然動き出したり、対処している隊員たちの影が浮き上がりこちらを攻撃してくる等の異常が起こっている様です」

 埼玉のは銃が効かないだけ、後は普通の魔物なら俺とそこに居る自衛隊とかで対処できるはずだ。

「銃が効かない奴の所へは俺が行くから他の二つをフィオとティナ、頼めないか? 銃が効かないだけなら能力を失ってる俺だってこの剣で対処できるはずだし、殺し方も前にフィオが見せてくれたから大丈夫なはずだ」

「駄目」

「頼むよフィオ、被害者を出したくないんだ」

「…………対処出来てもワタルは詰めが甘い。クラーケンの時も殆ど勝ってたのに最後に死にかけた。一緒じゃないと、私が護らないと駄目」

 うっ、確かにそういう部分があるとは自覚してるけど、クラーケンの時も収容所の時も注意してればもう少し違う結果になってただろうし。

「気を付けるから頼むって、それに俺一人なわけじゃなくて、自衛隊とか警察も居るから何とかなるって、銃が効かない奴だけ排除すれば残りは銃で簡単に片付けられるだろうし」

「…………ワタル、本当に大丈夫? あなたが大丈夫だと言うのなら私はそれを信じて別の所の対処に行ってあげる。でも意地や虚勢で言ってるなら止めて、多少の被害が出たとしても一つずつ確実に潰していく方がいいわ。ワタルが他の人間が傷付くのを嫌うのと同じで私とフィオもワタルが傷付くのは嫌なの」

 ティナの蒼く澄んだ瞳が俺の言葉の真偽を見極めようと、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。本当に俺に出来るか? 前に見た奴は大した速さじゃなかった。フィオの動きに比べればかなり遅いもののはずだ。それにいくら硬くても、遅いのならこの剣で対処可能なはず……出来る、違う、何がなんでも遣り遂げる。

「大丈夫、死ぬつもりは無いし絶対に仕留めて見せる」

「……そう、なら私は別の所に現れた奴を処理しに行くわ。好きな人がここまで言っているのだから信じてあげないとね」

 フィオにもそうしろと言うかの様に、フィオの方を向きながらそう言った。その言い方は恥ずかしいんだけど…………それでも信じてくれたんだよな、信頼には応えたい、応えないといけない。

「フィオも、頼めないか?」

「…………絶対に、死なない? 怪我もしない?」

「死なない、死なない、まだやりたい事だってあるし、こんな所で死んでられないって。怪我は……少しはするかも? でも極力しないように気を付ける。痛いの嫌だしな」

「戦場に居る間は絶対に油断しないで、倒したら二度と動かなくなるまで刻んで、危ないと思ったらすぐに退いて……約束するなら、私も別の所に行く」

「ああ、約束する。きっちりとどめを刺して、ヤバそうなら一旦退くよ。これならいいか?」

「ん」

 どうにかフィオにも信じてもらえるらしい。二人の信頼を裏切らないようにしないと……決して死なない、そして絶対に勝つッ! 魔物なんかに日本で好き勝手な事されてたまるか。

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