不埒者

「もぉ~、酷いですよ皆さん。私だけ置いてけぼりにするなんて」

「だってクジョウに合わせてたらフィオに追いつけないじゃない、荷物だって放って置くわけにはいかなかったんだから、いい役割分担だったじゃない。同行は不満だったのだけど、役に立つなら同行者が一人くらい居てもいいかもしれないわね」

 雑用係かよ……まぁ宮殿では侍女とかが居てお世話されてたんだろうからそういうのが欲しいのかもしれないけど。

「本当ですか!? ならこれからも同行させてもらってもいいって事ですよね? ティナ様!」

 喜んどる…………惧瀞さん、あなた雑用係扱いでいいんですか? というか同行ってどういう範囲で? 四六時中ずっと一緒とかじゃないよね?

「ええ、但し! この大きな胸でワタルを誘惑したら許さないから」

「ふぇぁ!? ……素敵なお二人が傍に居るのに如月さんが私を気にするはずないじゃないですかぁ。そうですよね?」

 ティナが惧瀞さんの胸を鷲掴みにしてる……すっげぇ、でもいくら女同士でもそれはやっちゃいけないんじゃ? それにこっちを見られても、俺にどう答えろと?

「少なくともクジョウの胸は気にしてるみたいね」

 見てたのバレてた!? だって凄い光景なんだもの、男だったら絶対に目が行くってば!

「あ……う、あまり見られると恥ずかしいです」

「すいません、気を付けます」

 気まずい! どうにか目的の駅に着いて、迎えに来てくれていたバンに乗って旅館へ移動中だが、逃げたい。俺だけ降ろしてください!

「ねぇワタル、あなた合流してから私の事を避けてない?」

 うっ!? だってあんな事された後でどう接すればいい? フィオとだってまだ気まずい感じはするし……ここに居る人全員と距離を置きたい、引きこもりでぼっちだった頃が懐かしい。

「そんな事ないと思うかな」

「なら何で目を逸らすのかしら?」

「いや、俺って元々こんな感じ――あっ、着いた」

 さっさと部屋に引っ込んで引きこもってしまいたい。


「ですよねぇ…………」

 引きこもりたくても当然の如く二人とは同じ部屋にされてる。前回ティナがごねたから今回は最初から同じ部屋にされていた。

「それでワタル――」

「風呂行ってくる」

 脱兎の如く部屋から逃げ出して男湯へ逃げ込んだ。ここなら二人が入ってくる事もないし、旅館は貸し切りにされてるから一人になれる。

「あ~、出たくねぇ~」

 どんな顔してりゃいいんだよ。なんでティナはあんなに変わらず普通でいられるんだ? キスくらいでこんなに動揺して、ガキだな…………ガキだよっ! 人と接して来なかったんだ、成長なんてしてるはずもない。傍に居る事自体には慣れてきてたけど、異性とあんな事になった経験なんてないんだからこうなるよ。しかもあれが初めてだなんて言われたら……こっちにはそんな意識ないのに、酷い不意打ちだ。

「うぅ~、あぁ~、何やってるんだろう? 魔物を片付けないといけないはずなのに、狩ったのは最初のオークと昨日のゴブリンだけ」

 そういえば全体的にはどの程度処理されてるんだろう? あとで惧瀞さんに確認してみないと、魔物が居なくなった状態なのにいつまでも日本に居るわけにはいかない。って言っても能力が戻らない事には移動は出来ないし…………ホント、何やってるんだろう。


「長湯し過ぎた――っ!?」

 部屋に戻ろうと戸の前に立つと中から騒ぎ声が――戸を少しだけ開けて覗くと、二人に加えて惧瀞さんも居て、食事をしている三人ともが浴衣が着崩れて顔を赤くしている。もしかしなくても酒が入ってるよな? フィオまで飲んだのか? ヴァーンシアって年齢制限ないの? それとも、もう成人扱い? …………盗賊なんてやってたんだし関係ないか。ティナは飲酒禁止を破り過ぎだろ……飲んだ後に記憶飛んでるんだから自重しろよ。これは駄目だ、この瘴気漂う空間に入ると確実に面倒になる。別の部屋を使っていいか旅館の人に確認しよう。


「重い……そして臭い…………? っ!?」

 なんで三人が居るんだよ。元の部屋から一番離れた場所にある部屋を使わせてもらったのに、しかも着崩れ状態は悪化してるし、両隣の二人はほぼ見えてるよっ! そして右隣に居るティナと左隣に居る惧瀞さんの寝息が非常に酒臭い。フィオは俺に被さるような状態で乗っかってるし。

「はぁ~」

 フィオを退かして、着崩れているのを直して部屋を出た。ティナのも直そうかとも思ったけど無理だった、惧瀞さんも言わずもがな。

 暢気過ぎる。俺たちが呼ばれるほどに危険な物が出てないってのはいい事なんだけど、裂け目に吸い込まれたハイオークだって結構居たはずなのに、最初の事件の時に狩ったので全部だった? 運良く残りは別の世界に出たとか…………そんな事があるだろうか?

「あっ、如月さん」

 誰だ? 惧瀞さんみたいな制服を着た男、この人も自衛官で俺たちを見張ってる一人? 高身長でがっちりした体格、その上少し濃いけどイケメン、こんな人も居るんだなぁ、怖い顔のおっさんとかごつい顔の人が多いと思ってたよ。

「自分は惧瀞と同じ隊の結城晶ゆうきあきら一等陸曹です。申し訳ないのですがうちの惧瀞がどこに居るかご存知ありませんか? 泊まっているはずの部屋に居らず、定時連絡もなく応答もしなくなっているのですが」

 この人も名刺を渡してきた。自衛隊でも名刺って常に持ってんの? この人と惧瀞さんが特殊なのか? それとも社会人の常識?

「あ~、この奥の部屋に居ますけど、今は行かない方がいいと思います」

「どういう意味でしょうか?」

「え~っと、色々着崩れてヤバい状態で寝てます」

 酒を飲んでたってのは言っていいのか分かんないから言わずにおいた。

「……それは、あなたに感謝している惧瀞に付け込んで手を出したという事でしょうか?」

 っ!? 怖っ! いきなり威圧的になったぞ、俺もなんでもう少しマシな言い方をしなかった? ああいうのが普通になってきて他の人がどう考えるかってのに考えが至らなかった。


「えっと、そういう――」

「惧瀞! 無事か! ――あ、あ」

 答えようとしたら部屋の方に走って行ってしまった…………あ、あの部屋にはフィオもティナも居るんだけど――。

『きゃぁぁぁあああああああっ!?』

 あ~あ、俺は知らないよ? 行かない方がいいって忠告もしたし……俺は悪くないよな? 悪くないはずだ。二人の着崩れ状態を俺が触って直すわけにもいかなかったんだし、というかあれは直せない。

「な、なんで結城一曹がこんな場所に――ていうか見ないでください!」

「い、いや、俺は惧瀞を心配して――」

「消えなさい不埒者ぉおおお!」

「がはぁっ!?」

 っ!? ティナの声が響いたと思ったら、結城さんが廊下まで吹っ飛んできて、更には廊下の壁をぶち破って外に……ここ二階だぞ? 大丈夫なのか? 慌てて壊れた壁の方に行くと中庭の池に落ちてる結城さんが見えた。一応無事っぽい?

「ワタルぅ~、見られたぁ、変な男に私の肌を見られて穢されたぁ~。こんな私でも受け入れてくれる? ――っ!? ワタルに嫌われたぁぁあああ、うっ、うぅ、あんな男のせいでぇ」

 涙目で縋りつこうとしたティナを思わず避けてしまった。だって昨日あんな事があったばっかりなのに、引っ付かれでもしたら……なんか困る。見られただけでこれだけの反応をするって事は、俺って相当心を許した状態で接せられてるって事になるんだよなぁ。うぅ~、これに対して俺はどう返せばいいんだ?

「嫌ってないって、今避けたのはビックリしたというか……とにかく嫌ってはないから」

「なら私の事好き? 受け入れてくれる?」

 うぅ、この人本当に年上だよな? 涙をためてこちらを見上げて、縋りつこうと手を伸ばしてくる様子は少女のような印象を受ける。可愛い……この人にキス、されちゃったんだよな…………うわぁーっ、頭おかしくなりそうだ。

「まぁ何かされたわけじゃないんだし、落ち着いて――」

「受け入れるって言ってくれないんだ…………ワタルに嫌われたぁぁぁ! もう死んでやるぅ」

 っ!? ちょっと、えぇ? なにこれ、マジ泣き? まだ酔ってるとかじゃなくて? って!? 剣を抜こうとしてるし!

「ちょ、ちょっと! 落ち着け、別に嫌ってないから!」

「本当に? 受け入れてくれる?」

「嫌ってない、嫌ってない。だからとりあえず剣を置こう?」

「どうして受け入れてやる、って言ってくれないのよぉ…………やっぱり死んでやるぅ~」

 これ絶対にまだ酒が抜けきってないだろ、近付けないなんて言ってられなくて、剣を抜くのを阻止する為に羽交い絞めにして押さえ込もうとしてるが力が強くて振り解かれそうだ…………フィオ、フィオはどうした? ……この騒ぎの中まだ寝とる。そういえばフィオの悲鳴は聞こえなかったな、まぁフィオだと叫ぶ前にサクッっと殺っちゃいそうなんだけど。

「落ち着けティナ、こんな事で死んでどうするんだよ」

「うぅ……うっ、うぅ…………」

 今度は抱き付いて泣き始めた、落ち着くまで暫くこのままか? 別に嫌ってるわけじゃない、そうじゃないんだけど、気まずいというか……なんか落ち着かない!


「ちょっと取り乱したけれど、もう落ち着いたわ」

 あれがちょっとぉ? 抱き付いたティナを撫で続けて一時間くらい経ってようやく普段の状態にまで回復した。

「ティナ王女、この度は部下が無礼をしましたこと、誠に申し訳ありません。謹んでお詫び申し上げます。今後このような事が起こらぬよう厳しく指導いたしますのでどうかお許しください」

 旅館の壁をぶち破る程の騒ぎだったから、俺たちに不審者が近付いたりしないように見張りをしている隊を指揮している人が騒ぎを聞きつけて謝罪に来ていた。部屋に入って来てからすぐに謝罪をして土下座である。ティナに土下座が理解できるのかは不明だが。

「いきなり女性の居る部屋に入って来て、その上乙女の柔肌を見るなんて、躾が足りないんじゃないかしら?」

「弁解の余地もありません」

「失礼します! 結城を連れてきました」

「ぷふぅー! あっはっははははははははっ!」

 マジかよ、これがさっきのイケメン? 髪は残らず刈られ丸坊主になり、眉毛すらなくなっている。いや、あるにはあるんだけど、極太マジックで書かれたカモメ眉毛が、そして口元にはコントなんかで泥棒役が描いてるような髭が…………イケメン台無し。

「ティナ、許してやれよ。これは酷い状態だぞ? ぷぷぷ、髪と眉毛なんて伸びるまでかなり掛かるだろうし――」

「描いてある部分も特殊な塗料なので、暫くはどんなに洗っても完全に消すことは出来ません」

 結城さんを連れてきた人が補足してくれた。洗っても消えないのか……地獄じゃないか。

「もちろんこれだけではなく減俸等の処分もしっかりと科します」

「…………条件があるわ」


 ティナが言った条件、それは結城さんと剣術で一試合するというもの。本人曰く直接躾けるとのこと。蒼い瞳が怒りの蒼炎で燃えてたから何を言っても無駄と諦めて、やり過ぎるなとだけ伝えた。

「それにしても自衛隊の駐屯地って広いですね」

「まぁ色々施設がありますからねぇ~」

「ワタル、私たちも訓練」

「少し待てよ。ティナがやり過ぎそうになったら止めないといけないんだから」

 広いグラウンドの真ん中で木刀を持ったティナと結城さんが向かい合ってる。普通に考えればティナの圧勝だろうけど、訓練をして鍛えてる人間だから多少違う結果になるかもしれない。

「結城ー、頑張れよ~」

「情けないからあっさり負けんなよ!」

「綾ちゃんとティナ様のあられもない姿を見たんだからティナ様にお仕置きしてもらえーっ!」

 惧瀞さん人気なのかな? 騒ぎの事を言われたせいで顔が赤くなってる。

「それでは、始めっ!」

 どこから持ってきたのか、自衛隊の人がフライパンをおたまで叩いてゴングを鳴らした。

 おぉ、ティナの猛攻を一応捌いてる。でもあれって、ティナが手加減してる状態だよな? 前見た動きよりかなり遅く感じるし――少しずつ速くなってきてる、捌ききれないのが数発身体を掠めている。

「どうした結城ー、防戦一方かー?」

 おっ! 飛ばされた野次に反応して、蹴りや掌底を織り交ぜて打ち返し始めた。もうやけくそだな、ティナが姫とかってのは忘れたかのように鬼気迫る表情で打ち込んでいる。ティナは受けに回ってるけど、遊んでるのか? ……あれだけ怒ってたんだし遊ぶなんてしなさそうなんだけど。

「そういえば惧瀞さん、今って魔物はどの位討伐されてるの?」

「今ですか? ええっと、昨日の夜確認した時はオーク八十八体、オーガ五十三体と如月さん達が討伐したゴブリン三体ですね。夜中から今、まででもう少し増えているかもしれませんね」

 合計百四十四か……ティナが最初の事件の時に、処理した数の十倍以上って言ってたんだから、仮に三百位としてもまだ半分位か……いや、もう半分か? 全部がこっちに来てるとは限らないんだし、飲まれてこっちに出た魔物が全部生きてるとも限らないしな…………オークとオーガだけ?

「あの、ハイオークは出てないんですか?」

「ハイオークって大きさが人間位の顔の怖い奴ですよね? あれが出たって報告は無いみたいです」

 報告が無い? 最初に倒したので全部だった? それとも身を潜めてこの世界の人間の動きを窺っている? ヤバい物がまだ残っていると思うと不安が増すな。

「そうだ、ニュースで魔物の死骸が見つかったってのもそれなりに見ますけど、それの数は?」

「え~っと、死骸の方は……ゴブリンやイヌ科の様な頭部をしたもの等が見つかってるんですけど、珍しいからと勝手に持ち去る方が居たり……内緒なんですけど他国の組織が動いているという話もあるみたいで、正確な数までは……あとで回収出来た物の数だけでも確認してお伝えしますね」

 他国の組織? 米軍とかか? 世界中が異世界に関心を持ってるって言ってたしな。どんなものであれ、異世界に関する物は欲するのか、持ち去られているのが死骸だけだといいんだけど……異世界の情報欲しさにハイオークと接触してたりしないよな? もしそんな事に――。

『おおっ!』

 っ!? ティナの木刀が弾き飛ばされ――。

「去勢ーっ!」

 ティナは自分の木刀を手放した後に結城さんの木刀を回し蹴りで蹴り落として、そのまま股間を蹴り上げた。あれは痛い、結城さんは倒れて転げまわって悶絶している。見物していた他の男性自衛隊員も青い顔をして股間を押さえてる人がいる。やり過ぎるなって言ったのに、というかあれ剣術じゃないし。

「不埒者を成敗したわ」

 幾分スッキリとした表情をしてこちらに戻ってきた。

「あれはやり過ぎだろう?」

「あら、去勢とは言ったけど潰してないだけ温情ある結果だと思うのだけど、それにワタルは自分の女の肌を見られたのになんでそんなに平然としてるのかしら?」

 直りかけていた機嫌を悪くしながらそんな事言われても……ていうか俺のじゃないしっ! 見た方も悪いけど、あんな状態で寝ちゃうほどに酒を飲んだティナも多少は悪いと思うんだけど?


「次はワタル」

 その言い方はやめてっ! 訓練をするって意味だろうけど、結城さんと同じ目に遭うみたいで凄く嫌だ。

「お手柔らかに」

「ダメ、昨日はしてないからその分もする」

 うへぇ~、なんでそんなにやる気に…………結城さんが医務室に運ばれて行って空いたグラウンドの真ん中に向かいつつ剣を抜く、フィオはいきなり始めるから抜いておかないと対処出来ない。

「如月さーん! 頑張ってくださ~いっ!」

 応援されてもなぁ、実力差を理解してるから頑張っても大してもたないぞ?

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