三人で

「うぅ…………」

 なに? 揺れてる? それに頭が痛い。なんでこんな痛みが……? ワタル……ワタルはっ!? ――っ!? 飛び起きようとしたけど、身体が上手く動かせずに失敗に終わった。拘束されてる、普通の枷じゃない。この色だとたぶんオリハルコン、手枷も足枷も、それに入れられてる檻も全てがオリハルコンで出来てる。私が壊せない様に対策されてる。

 身体を捩って向きを変えると、隣にもう一つ檻があってそこにワタルが入れられていた。無事? ここからだとよく見えない、でも息遣いは聞こえるから絶対に生きてる。よかった、生きてるならあとはここから逃げ出せばいいだけ、馬車でどこかに運ばれてるようだけど……捕まえた異界者を連れて行く場所なんて収容所しかない。収容所に着いたらこの檻から別の物へ移されるはずだから、その時にどうにかして逃げ出して枷の鍵を探さないと……こんな状態じゃワタルを助けられない。

 ワタルに付いて行くのは護る為でもあるのに、今何も出来ないのが凄く悔しい。あの時ワタルを陸に上げた事に安心して気が抜けてたせいだ。周りは私とワタルの事を混ざり者と覚醒者だって気付いてたんだから軍の人間が来ていてもおかしくなかったのに、ちゃんと警戒してればこんな間抜けな事にはなってなかった。自分に対してこんなにイライラしたのは初めてだ。

「すげぇ殺気だな、流石超兵最強ってところか? 怖い恐い、しっかりと拘束されててよかったぜ」

 御者の一人がこっちを見てへらへらと笑ってる。

「睨んだところで、オリハルコン製の枷を付けられて檻の中に転がされてるお前に何が出来るんだ?」

「…………」

「怖いねぇ、眼光だけで人を射殺せそうだ」

 本当にそんな事が出来たら楽なのに、私にそんな力は無い。


 隣の檻に入れられてるワタルがもぞもぞと動き始めた。よかった、動けなくなる様な大きな怪我はしてないんだ。

「やっと起きた」

「フィオ! 無事なのか!? 怪我は? どこも怪我してないか?」

 声を掛けたら振り返って私を見てすぐに心配してくれる。

「怪我はしてないけど無事じゃない、捕まってる」

「フィオ、リオはどうなった?」

 リオ? ワタルが会わない方がいいって言って、あれから会ってないんだからリオが今どうしてるかなんて知ってるはずない。

「知らない」

「なぁフィオ、この檻蹴破れないか?」

 出来る事なら既に檻を壊してワタルを助け出してる。

「ワタルの入ってる檻と同じなら出来たけど、私が入ってるのは無理、それに私は足も自由じゃない」

 ワタルの方に足を向けて足枷を見せる。足が自由でもどうせオリハルコンは壊せないけど。

「暢気だなぁ、お前ら。お前らを捕えてる奴がすぐ近くに居るのに暢気に逃げる相談か? こっちはまる一日働き詰めなのにいい気なもんだぜ。ったく何時まで走り続ける気だよ隊長は」

 さっきのへらへらとした笑いをする御者がそう言ってきた。

「新しい玩具が手に入ったから早く収容所に戻って遊びたいんだろ、どうせもうすぐ着くんだ、我慢しろ」

 もうすぐ着く……絶対にワタルと一緒に逃げ出す。

「っ!? 玩具ってリオの事か! リオは無事なんだろうな!? もし何かしてたら――」

 もう一人の御者の言葉を聞いたワタルが血相を変えて叫んだ。玩具? リオ? なんでリオの名前が出て来るの?

「あ~、確かそんな名前だったなあの女、まぁ今はまだ無事なんじゃないか? 馬車の中じゃ犯らんだろ、隊長は落ち着ける状態じゃないと犯らんと言ってたし、収容所に戻ったあとにどうなるかは知らんがな」

 リオも捕まってる……? どうして? あれからリオには会ってないのに。

「おい、そんな事教えていいのか?」

「問題ないだろ、力を使えない覚醒者なんてなんの役にも立たないんだから、混ざり者の方もしっかり拘束してあるんだし」

 またこちらを見て見下した笑みを浮かべてる。

「フィオ、どうしても壊せないか?」

 今は無理、もう少しだけ待って、リオも捕まってるなら私だってリオも助けたいけど、この檻は壊せない。

「む――」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ、無理むり、いくら混ざり者が身体能力に優れてようがオリハルコンはこの世界で一番硬い金属だ。それを道具無し、それも拘束された状態で壊せる奴なんて居ねぇよ!」

 答えようとしたら御者の気持ち悪い笑いに遮られた。むかむかする、何もしてない事にもイライラする。出来るか分からないけどやるだけやるっ!

「なにしてる?」

 檻を蹴り始めた私をワタルが不思議そうに見てる。

「逃げたいんでしょ、逃げる努力」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! 何が努力だよ、壊せるわけねぇっつの」

「…………」

 ここを出たらあの御者に絶対に一撃打ち込む。

「チッ、ガンガンガンガンうっせぇぞ! 静かにしてろクソガキ!」

「…………クソ、ガキ? ワタル、許可」

 ワタルは何も答えず、諦めた表情をしながら手枷から手を抜こうと動かしてる。むぅ~、許可が無くても出れたら絶対打ち込む。


 日は暮れて辺りは暗いけど、道の先に建物が見えてきた。

「やっと収容所が見えてきたな、これでこのガンガンガンガンうっさい音から解放されるのか」

 何もせずにいるのは落ち着かなかったから、音が嫌がらせになればと思って、あれから檻を蹴り続けてた。多少の効果はあったみたいで御者はぐったりしてる。ワタルの元気も無くなってるけど…………やり過ぎた?


「やーっと着いたな、いい加減に止めねぇか! うっせぇっつてんだろクソガキ! ずっとガンガンガンガンガンガンガンガン頭おかしいんじゃねぇのか」

「ふんっ!」

 文句を言いながら私の入ってる檻を掴んだ御者の手を思いっ切り踏み付けた。

「っ!? いっぅう! このクソガキやりやがったな! クソいってぇー、これ骨が折れてんじゃないのか!?」

 折るつもりでやったから当然、ここから出たあとにももう一撃。

「何を騒いでいる、さっさとそいつらを地下牢へ連れて行け! 絶対に普通の牢へは入れるなよ、覚醒者は覚醒者用の牢へ、混ざり者はオリハルコンの牢へ入れろ」

 後ろの馬車から出てきた兵士が怒ったように御者をやってた奴らに指示を出してる。やっぱり入れられるのはオリハルコンの牢……移される時しか機会はない。

「リオ! リオ! 無事か! 何もされてないか!?」

 ワタルの叫び声で振り返ると前の馬車からリオが出てきた。本当にリオも捕まってた……どうしてこんな事になってるの? こうならない様にリオに会わない様にしてたのに。

「ワタル! ――」

「お喋りは無しだ、お嬢さん。すぐにでも私の私室に行こう」

 リオが何か言おうとしたのを遮って赤い髪の男がリオを連れて行った。

「リオ! 待ってろ! 絶対に助けに行く! 絶対にだ! だから諦めるな!」

「くっくっくくはっははははは、何が絶対に助けに行く! だ、この檻からも抜け出せない奴がどうやってあの女を助けるんだ?」

 今度はワタルの檻を掴んで見下ろしてる。

「がっ、つぅ~、このやろ――」

 私が潰したのとは反対の手を怒ったワタルに踏み付けられている。馬鹿だ、学習してない。

「相手にするな、さっさと牢に運んで仕事を終わらせて酒でも飲もう、何時までもこいつらの相手なんか俺は御免だ」

「チッ、分かったよ、ならそっちの異界者は任せたぜ」

 イライラする方の御者に、檻ごと台車に乗せられて運ばれる。

「ああ、キクチ! 一緒に来てくれ」

 ワタルの方には変な頭をした黒髪の男が付いて行ってる。異界者? …………ワタルが能力を使おうとしなかったのはあれのせい? それともリオが人質になっていたから?


「ほら、さっさと牢に入れよ。俺はいつまでもお前の御守をしてるほど暇じゃないんだ」

 牢の入り口を檻の入り口とくっ付けて牢へ移れと言われてるけど、素直にそんな事するつもりはない。

「チッ、おい看守! なんか棒はないか? なんでもいいからこいつを押し遣るのに使えそうな物を取ってきてくれ」

 何人かが離れて、檻を押さえる事から気を散らせたのを見計らって、牢の格子を蹴ってその勢いで檻をひっくり返した。

「っ!? この――ぎゃぁぁあああああ!?」

 上に向いた檻の入り口から飛び出して御者をしていた男の腕に噛み付いた。

「ぺっ! 鍵はどこ?」

 気持ち悪い、血が少し口に入った。床に手枷を打ち付けてその反動で立ち上がって御者を見下ろしながら鍵の場所を聴く。

「こ、こいつ俺の腕の肉を噛み千切りやがった! おい看守! 混ざり者呼んで来い! 一人二人じゃねぇ、とにかく大勢だ!」

 っ! 看守の腰に鍵束がある。あれを捕まえないと――っ!?

「へへへっ、逃がすかよっ! そんな状態で頑張ったんだろうがお前は逃げられねぇん――」

 御者に足を払われて転けた。この状態じゃ動き辛くてしょうがない。二人を助けないといけないのに、こんな所で転がってる場合じゃないのにっ。

「ふんっ」

 御者の腕目掛けて足枷の付いた足を振り下ろした。

「ぎゃぁぁぁあああああああああああっ!? 腕がぁ!? 腕がぁ! 俺の、俺の腕ぇ!」

 狙った右腕は完全に潰れて変な方向に折れ曲がっている。私の邪魔をするからそうなる、早く看守を追わないと――。

「かはっ」

 いきなりお腹を蹴り上げられて牢の格子に身体を打ち付けた。

「やれやれだな、お偉い人間様は捕まえた奴を牢に入れる事さえ満足に出来ないらしい」

 混ざり者……超兵、邪魔、邪魔しないで、ワタルもリオも助けないといけない。二人とも特別な、大事な、失いたくない人、それを護る邪魔をしないでっ!

「おいおい、元最強様は枷の付いたままで俺たちと戦う気でいるみたいだぜ?」

「自由に動けないガキなんて怖くねぇんだよっ」

 顔を狙って振るわれた拳をしゃがんで避けて、そのまま跳び上がって頭突きを食らわす、跳び上がった状態で身体を回転させて天井を蹴って別の奴を狙って体当たりをして、ぶつかった反動で上手く立ち上がる。こんなの相手にしてられない、ワタルは牢に入れられるだけかもしれないけど、リオは男に連れて行かれた。早く行かないと――。

「まったく、恐れ入る。拘束されてるってのに超兵二人を気絶させやがった」

 まだ居る。後七人…………急がないといけないのに。

「まぁ、後ろを取って牢に放り投げれば終わりなんだがな」

「っ!?」

 この地下牢の入り口は一つじゃなかったの? 私が入ってきた時の入り口側の敵に気を取られてる間に、後ろから近付いた奴に放り投げられて牢に入れられてしまった。

「強いと言っても体格がこれだから軽いもんだな、もうお前はそこから出られないぞ。処遇が決まるまで大人しくしてるんだな」

 捕まった。もう何も出来ない…………? 大事なもの、護れない…………さっきのが最後の機会だったのに。


 さっきから上で大きな音と兵士の騒ぐ声が聞こえる。

「なんだ貴様――」

 っ!? 看守の声が聞こえたと思ったら、大きな音がしてそれを掻き消した。何が起こったの? 何かが焼ける嫌な臭いがする。

「何してるの、おいてくわよー」

 女の声? でもリオのじゃない、聞いた事のない声。

「うっぷっ」

 こっちの声はワタル? ワタルが来たの?

「あたしの捜してる人は居ないみたい、あんたの捜し人は居る?」

「フィオ! 無事か? 怪我はしてないよな?」

 ワタルが、私を助けに来た。嬉しい……これでリオを助けに行ける。でもなんでリオが居ないの? ワタルならリオの所へ行くと思ってた。

「怪我はない、でもこの枷が鬱陶しい、早く外して」

 早くしないとリオが酷い目に遭う。

「これ壊せるのか?」

「無理、鍵を探して、たぶん看守が持ってる」

「鍵なんて要らないわ、あたしが焼けばいいだけだし」

 紅い、女? 髪も瞳も燃え盛る炎の様な紅。

「待てマテまて! これはさっきの鉄格子と違って別の金属だ! もし溶かせたとしてもその前にフィオが焼け死ぬ、ここは自分で何とかするからあんたは人捜しを続けてくれ」

「…………そうね、頼まれたのは牢から出す事だけだったわね。まぁ、こっちの用事が終わったらまた助けてあげるわ」

 助けた? さっきからしてた音の原因はこの女?


「鍵あったぞ、もう少し待ってろ」

「ワタルは、なんで来たの? リオを助けに行くと思ってた」

「お前だって俺の恩人だろ、海から引き上げてくれたのもお前だろ? だから助けるよ。それに俺一人じゃリオを助けられそうにない、助けてくれ」

「…………リオの為に来たの?」

 来てくれただけでも嬉しいのに、なんか、ついでみたいで……少し、変な気分。

「怒ってるか?」

 ワタルが困った顔をして聴いてきた。

「別に…………」

 怒ってない……たぶん、でも、もやもやする。

「あ~、別にフィオを蔑ろにするつもりはないんだけど、その、なんだ…………どっちも恩人で大事なんだ! ただ、覚醒者の力を無効化出来る奴が居るから、確実に三人で逃げる為にフィオが必要なんだ! だから先に助けに来たんだ」

 どっちも大事…………ワタルが、私の事、大事って言った。私の事を怖がらないのは知ってたけど、大事って思ってくれてるのは知らなかった。ワタルにとって私はリオと同じ? ……嬉しい。それに三人で逃げるならリオも一緒、軍に目を付けられたなら一人にしておけないからこれからもずっと一緒。

「そう、なら早く外して」


「やっと外れた」

 ワタルが枷を外してくれて、自由になった手足を伸ばしたりしながら身体を動かして状態を確認する。特におかしなところはない、身体が自由に動かせるってこんなに気持ちがいい事だったんだ。

「それで、どうするの?」

「俺はリオを捜す、フィオはキノコ頭を捜して気絶させてくれ」

「キノコ頭?」

 なにそれ? どんな頭?

「あ~あ~えーっと、あ、さっき俺を馬車から運ぶ時に呼ばれてたのが居ただろ、丸い感じの頭をした奴、あいつが自分の周囲の覚醒者の能力を使えなくする能力を持ってるんだ、だからあいつを気絶させておいてくれ、護衛に混血者が二人付いてるんだが、頼めるか?」

 あぁ、さっきの異界者の事……あの頭をキノコ頭って言うんだ…………変なの。護衛二人、今なら二人どころかここに居る混ざり者全員だって倒してみせる。

「分かった。ワタルは一人で平気?」

「能力が使える限りはなんとかなるだろ」

 ワタルが今は能力を使えるのを確認する様に腕に雷を纏わせてる。つまり私がキノコ頭をしっかり気絶させておかないとワタルに危険が及ぶ……絶対にそんな事させない。

「あぁ、あと捜してる途中で荷物を見つけたら回収を頼む、荷物も剣も大事なものだから。それじゃあ、そんな感じで行動開始」

「了解」

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