厄介な相手

「これ、私たち必要だったのかしら?」

 必要はなさそうではある。俺たちが着いた時には殆ど片付いている状態で、後はオークが数匹残ってる程度でしかない。にしても、凄い血の量……道路のアスファルトが真っ赤になってしまっている。

「ハイオークが居ない場合は警察とかで対応できるのが確認できただけでもよかったよ。ハイオークって何体位がこっちに来てるんだろう?」

「封印が完全に壊れてない状態で外に出て来てた奴等だからそんなに数は居ないはずよ。居ても強力な能力を持っている個体は居ないと思うわ。それでも身体能力は高いでしょうから人間にとっては脅威でしょうけど」

 そんなに数は居ない、か……魔物処理が早く終わったとしても能力が戻らないと帰れないんだよな…………どうすれば戻るんだろう? 精神的な疲れや傷って言われてもなぁ、また通院でもしろってのか? 治る気がしない。


「なんだこいつは!? 銃弾を弾いてるぞ!?」

 はぁ!? 銃弾を弾くってどんな硬さの体だよ?

「あれって、オーガ? 前に見た奴より更にデカい気がするんだけど」

「そうね、突然変異なのか、それともあれも混血なのかしら?」

「混血って……オーガも他種族を犯すのか?」

 気持ち悪い、魔物気持ち悪い!

「基本的にはそんな事を考える頭を持ってないはずだけど、他の力のある魔物に従うって場合があるみたいだから、その魔物が意図的に混血魔物を作ろうとしていれば、そういうのが居てもおかしくはないわね」

 マジかよ…………意図的にって事は、混血の方が強い個体が生まれるって事なのか? キモい! 魔物こんなんばっかりじゃないか、魔物はヴァーンシア以外の世界から来た物だったよな? こんなんが溢れた世界が存在しているのか……俺その世界に生まれなくてよかった。

『ガアァァァアアア!』

 っ!? 滅茶苦茶うっせぇ!

「頭部への狙撃も効いてないぞ!? どんな硬さの頭してんだ!?」

 殺るか、せっかく被害無く終わりそうだったのに、こいつ一体に引っ掻き回されるのは面倒だ。

「って、フィオ、放してくれ」

「だめ」

 駄目って……俺の剣なら斬れるかもしれないのに、レールガン撃てるのが一番いいけど、能力が戻ってない以上剣で対処するしかない。

「ワタル一人でやる気なの?」

「まぁ一応、訓練にもなるかなと」

 早く慣れて強くならないと、フィオをもう泣かしたくないし、護りたいものを護れるだけの力を付けたい。

「私が殺してくる。訓練がしたいなら後で私とティナがやる」

「あ、ちょ――行きやがった」

「まぁフィオなら平気でしょ、あの強さだもの」

 それは、そうなんだけど……待ってるだけってのは酷く情けない。

「お、おい! 君! あの娘一人で大丈夫なのか!?」

「平気よ、あの娘は身体能力だけなら魔物なんて簡単に凌駕するわ」

 そんな問答をしている間に、フィオはオーガの股下を抜けて跳び上がり、背後からオーガの首を斬ろうとしている。相変わらずはっやいなぁ、強化をもっと増やせば追い付けたりするだろうか?

「っ!?」

 ギィンッという音がして、フィオの放った斬撃がいとも簡単に弾かれた。あんな音がするとか、どんな皮膚してるんだあのオーガは!? やっぱりこの剣でやった方が――っ!? 俺も突っ込もうとしたらすっげぇ殺気を放ちながら睨まれた。大人しくしてろって事らしい、でもどうするんだ? 刃が通らないような硬さなら打撃だって効かな――。

『グォオオオオオオオッ!?」

 オーガの首に脚を絡めて、オーガの顔の正面に回り込んでナイフを両目に突き立てた。なるほど、いくら皮膚が硬くてもああいう場所は弱いか……ナイフを抜いて今度はオーガのデカい口へ突っ込み内側から斬り裂いた。銃弾を弾くほどの硬さの化け物をナイフ二本であっさり倒しやがった。戦い慣れているから何かあっても機転が利いてすぐに対応出来るんだろうな…………。


「終わった」

「あ、ああ、凄かった。流石フィオだな」

 撫でてやると少し誇らしげにしてる。機嫌が直ってきたか――また服の端を掴んだ。まだだな…………当分はこの状態なんだろうか?

「ワタル、私だってあのくらいなら簡単に倒せるのよ?」

「ああ、うん。分かったわかった」

「信じてないでしょ~」

「ワタル、汚れたから着替えたい、オーガの唾液、臭い」

 なんか臭いと思ったらお前が臭いのかよっ!? さっき思いっ切り口に手を突っ込んでたしな…………そんな手で俺の服を掴むなよ!?

「分かったからフィオ、少し離れろ」

「嫌」

 両手で掴むなー!? あ~あ、俺の服にも唾液と血がべっとり……というか微妙に俺の服で汚れた手を拭ってるなお前。

「あの~、見つかった魔物って今ので最後ですか? 俺たちって帰ってもいいんですか?」

「あ、はい、魔物は今ので最後でした。ですが帰るのは少し待ってください、上に確認しますので、許可が出ればそのままお送りしますから」

 ハイオーク以外も厄介な奴が居る、日本で魔物討伐か……あまり時間を掛けてられないけど、能力が戻らないとヴァーンシアに帰れないという……この鬱屈とした気持ちはどうにかならんものか…………。


「フィオ、それ袖が長過ぎだろ、他のに変えればいいじゃないか」

「面倒……」

 まとめて取ったからサイズが違う物も紛れてたらしく、今はだぼだぼの猫耳パーカーを羽織っている。袖から手が出てないんですけど……お前は意図的にそれをやっているのか?

「はぁ、暇ねぇ。拘束されている時よりは自由だけれど、こうしてごろごろしているのももう飽きたわ」

 あの後、警察とかでは対処できない物が現れた場合に備えて都内の旅館に留まっているように言われて五日が経った。その間に魔物が現れる事はあったけど、俺たちが呼ばれる事は無く、警察と自衛隊だけで処理出来てたようだった。その他にもニュースで小型の魔物の死骸発見の報道が何度か流れてたが、俺たちに何か連絡が来るという事も無く、国の研究機関に持ち込まれて色々調べているという事もニュースでさっき知った。べつに俺たちへの報告義務なんて無いし、報告されても困るんだけど、このまま放置された状態が続くのもなんだかなぁ…………俺たちが呼ばれるような危険な物が現れていない事は喜ぶべき事なんだろうけど、家賃の事なんかもあるから一度家に帰りたいんだけど、許可、出ないかなぁ。

「暇だなぁ、俺たちこんな事してていいんだろうか? ずっとエアコンの効いた部屋でごろごろしてばっかり」

「ここに居ろって言われてるんだから、居るぶんにはいいんじゃない? でも流石に飽きたわ」

「寝てばかり」

 俺が寝ている布団に二人が倒れ込んで来た。

「自分の布団で寝ろよ。狭い」

「またそんな事言って~、本当は嬉しいくせに~、こんなに可愛い娘と美女が添い寝してあげてるのよ? もっと他に言う事があるんじゃない?」

「嬉しくて死にそうだから離れてくれ」

 旅館に引きこもってる間ずっとこの調子だ。フィオは少しずつ調子が戻ってきているみたいだけど、傍に居て服を掴んでいる状態はまだ治らない。ティナは甘える宣言の通りにべたべた引っ付いてくるし……今も俺の脇に収まって肩を枕にしていて反対側ではフィオが同じ事をしている。苦手でもなんでも、これだけ引っ付かれ続けたらいい加減慣れる。

「よかった、やっぱり嬉しいのね。邪険にされる事があるから嫌われてるのかも、って心配だったのよ?」

 嫌ってはいないけど、過剰なスキンシップは厄介だからどうにかしてほしい。慣れてはきたけどやっぱりびっくりするし……その、色々困る。それにそれをフィオが真似するのが更に困る。

「私は知ってた」

 何を知ってたんだよ。今のは皮肉だぞ?

「ふ~ん、付き合いが長い分そういうのも分かるのね」

 付き合いが長いって……全然長くないぞ? 出会ってからまだ半年も経ってないし、一緒に居る時間なんかはもっと短いはず。

「引っ付いた時は優しい顔になる」

 そんな顔をしてるんだろうか? 自分の表情なんて見えるわけないし、よく分からない。優しい顔ね……嫌な顔って認識されるよりはいいんだけど、う~ん。

「へぇ~」

「止めろ、これ以上くっ付くな」

 ティナが面白い物を見つけた猫の様な目をしたのに気が付いて、起き上がって逃げ出す。勘弁してほしい、俺だって男なのにこんな事続けられたらしんどい。

「どこに行くの?」

「散歩」

 とりあえず動いて気分を変えねば――。


「なんで付いて来る…………」

「一緒がいい」

「一人で部屋に居ても暇だもの」

 気分を変えたいから部屋を出たのに、一緒に来られたら意味が無い。パソコンかスマホがあればネットを覗いて時間を潰せるのに……ここから出るなって言われてるから買いに行くわけにもいかないし、そもそも身分証が無いからスマホ買えないし…………買える様になったら二人の分も買った方が良いだろうか? 文字は駄目でも通話くらいには使えるだろうし、この世界に居る間は持っておいた方が良いかもしれない。

『きゅぅ、きゅぅ』

「もさと遊んでればよかったじゃないか、最近ほったらかし気味だろ?」

 俺に引っ付いて回るから自然ともさを構う時間が減っていて、もさは少し寂しそう。今もフィオじゃなくて俺の頭に乗ってるし。

「…………」

 自覚があるのか黙り込んでしまった。あんまり言うのも可哀想か、元はと言えば俺が原因なんだし…………思い出したらへこむなぁ。訓練したいけど、ここじゃそんな事も出来ない、何かしらの変化が欲しい。

「如月様、お電話が入っております」

 旅館の庭をぶらついていたら旅館の人が知らせに来てくれた。部屋に居たらそのまま出る事が出来たんだろうけど、捜し回ったのか旅館の人は額に汗を浮かべている。悪い事したなぁ…………。

「わざわざありがとうございます」

「いえいえ、お気になさらずに」


 連絡の内容は一時的になら帰宅しても良いというものだった。この五日の間に現れた魔物は警察と自衛隊で充分に対処出来ていて、他県でも同様に対処出来ているから、一応一般人である俺の助力は必要ないらしい。一般人に武器を持たせて戦わせるのも問題があるらしい、今更過ぎる気がするけど…………それでも魔物に対して不安を抱く者も少なくないから一時的な帰宅で、用事が済んだら戻れと言われたんだけど……まぁ帰っていいって言われたんだから戻ってさっさと用事を済ませてしまうか。

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