夢中は普通
起きてからずっとお腹が痛い。今までこんな事なったことないのに、なんで? これもワタルのせい? ……そんなはずない、ワタルは私に攻撃なんかしない。それにワタルの攻撃なんか簡単に避けられる。なら、なんで痛いの?
「分からない…………」
そういえば、ワタルに食べ物持って行かないと、一日寝てて昨日も何もあげてない。他の誰かが持って行ったりするはずないし、餓死されたら困る。
ワタルの居る部屋に行くと、また変な顔をして考え事をしてる。
「また変な顔してる」
「変な顔って、お前毎回失――お前の方が変な顔してるぞ、大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
気付かれるほど表情に出てるの? 我慢してるけどずっと痛い。
「朝からお腹が痛い」
「お前もしかしてまたグミを一気食いしたか?」
「? したけど、どうかしたの」
毒だった? 変な物を食べさせられた? ……でもワタルも同じの食べてた。異界者には毒じゃなくても混ざり者には毒?
「あ~、グミは食べ過ぎると腹痛になることがあるんだ、気を付けろ」
…………そんなの早く言ってほしい、美味しくて面白いから昨日部屋に戻った後に貰ったやつを殆ど食べた。
「…………もう遅い」
「まぁそれは置いといて、なにしに来たんだ?」
「食べ物持ってきた」
餓死して居なくなったら困るからいっぱい持ってきた。
「虜囚でも食べ物くれるのな」
「まだ死なれたら困る。ワタルはなんで変な顔してたの?」
もっと私の退屈を変えて欲しい。
「折れた骨がズレてくっ付いたらどうしようかと思ってな、まともな治療とか受けさせてくれないよな?」
そんな事で変な顔してたんだ、ちゃんと治してあげたのに。
「それなら大丈夫。ワタルが気絶してる時にズレは治しておいた」
「は?」
また変な顔になった。不思議そう? びっくり?
「ちなみにどうやって治したんだ?」
「折れた所を触りながら無理やりに――」
「あー! ストップ、ストップ、やっぱり説明しなくていい! 聞いてたら気分悪くなってきた」
治し方教えたら喜ぶと思ったのに。
「聴いたのはワタルなのに…………軍に居た時に同じ方法で治した事があるから大丈夫」
困った顔をしてる。嘘じゃないのに、ちゃんと繋がるように治したのに。
「食べないの?」
「いや、もらうよ。ありがとう、それと一応怪我の手当もありがとう」
お礼…………? 私に言ったの? ……ワタルが、私にお礼、言った。
「! 初めてお礼言われた、変な感じ」
胸が熱い、心臓が煩くなってる。
「仲間と普段の会話でありがとうとか言ったりしないのか?」
「しない、あまり話さないし」
いつも殺すか犯してるから話す事なんて無い。人間は混ざり者にお礼なんか言わないし。
「フィオは普段なにしてるんだ?」
「訓練か寝てる、最近は寝てる事が多い」
寝てれば何も考えないし、何もしなくていいから寝てるのが楽。
「それは楽しいのか?」
「別に楽しくはない」
楽しい事なんか今まで無かった。
「退屈じゃない? なにかして遊んだりしないのか?」
「今はそんなに退屈じゃない、ワタル見てると面白い」
そう、見てると面白い。ワタルと話すのも嫌いじゃない、退屈が変わっていく。
また変な顔してる。私が変な事言った? …………言ってない。
ワタルは持ってきた物全部食べた。やっぱりお腹減ってたんだ。
「他の奴らはなにしてんの?」
「攫ってきた女で遊んでる」
攫ってきてまだ間がないから当分は女で遊んでる。壊れるまで遊んで、壊れたら殺して遊ぶ。いつもの習慣、あれの何が楽しいのか分からない。
「ずっとそんな感じなのか?」
「うん」
盗賊になってからはそれだけを繰り返してる。今度は難しい顔になった。
「なに考えてるの?」
「あ? あ~、水浴びしたいなと」
水浴び? なんでそんな事したいの? 異界者は濡れるのが好きなの?
「なぁ、タオルと水もらえないか?」
「なにに使うの?」
「身体を拭くんだよ、ベタベタするし少し臭い気もするから」
「臭い? みんないつもこんな感じだけど」
ワタルは少し甘い匂いもする気がする。お菓子のせいかもしれない、この匂いは嫌いじゃない。
「もしかしてフィオもあんまり水浴びとかしないのか?」
「面倒だからしない」
答えたらワタルが嫌なものを見る目になった。その目は嫌。
「あのなフィオ、水浴びくらい毎日しなさい」
「なんで?」
面倒だし、水場も少し離れた場所にしかないのに。
「女の子が不潔なのはよろしくない、それにフィオは可愛い容姿をしてるんだから綺麗にしてた方がいいと思う」
変な理由。
「男はいいの?」
「いやよくない、だから俺さっき身体拭きたいって言ったろ」
…………よく分からない。
「ふ~ん、やっぱりワタルって変なの。みんなそんなの気にしてないのに」
でもいい、ワタルがしたいならさせてあげる。
「って、どこいくんだよ」
「水汲んでタオル取ってくる」
「そっか、ありがとう」
また私にお礼、言った。
「ん」
小さい空樽を持って水場に行く。綺麗にしたいって言ってたから汲み置きより新しい水がいいかもしれない。
外に出る時に入り口壊したけど、どうせツチヤがすぐに直すからいい。水を汲んで急いでワタルの所へ戻って、タオルと一緒に渡した……のに、タオルを持って固まってる。
「あの、これ絞ってくれない?」
絞れないなら早く言えばいいのに。
「見られてるとやり辛いから出てって欲しいんだけど」
「……わかった」
もっと居たかったのに。
部屋を出たらすることが無い。
「綺麗にした方が良い、って言ってた…………」
水浴びしてみよう。水を汲んだ所に戻ってそのまま水に飛び込んだ。服も綺麗な方がいいのかもって思ったから全部洗った。
「べちゃべちゃ…………」
着ると気持ち悪い、これじゃ戻れない。
火を起こして、乾くまでここに居る事にした。お菓子持ってくればよかった……裸でいるのは変な感じ、犯されてる女を思い出して気持ち悪くなる。私にそんな事出来る人なんて居ないけど、妙に不安な気持ちになってナイフを握る。武器さえあれば私に何かできる人なんて危険な覚醒者くらい、その覚醒者もこんな所には来ない。
「早く戻りたい…………」
乾くまで待ってたら結局一晩外に居る事になった。全部洗うのは面倒、服は偶にでいい。戻ってもワタルは寝てたから食べ物を置いて部屋に戻って寝た。
次の日はワタルが起きてたから話をした。
ワタルが恩人って言ったあの人の話、怪我の手当をしてもらったとか、荷物を拾ってもらったとか、食べ物を貰ったとか、他とは違う優しい人だ、って嬉しそうに話してた。他とは違う、特別な人…………あの人も私を怖がらない人?
話をした後水浴びをしに行く。毎日しろって言ってた。面倒だけどその方が良いならそうしてみる。ワタルと話して、その後水浴びに行く。そんな日が何日か過ぎた、繰り返しだけど退屈しない。こんな風に楽しいのは初めて。
「おいフィオ! お前毎日毎日いい加減にしろよ、何回直しても次の日には入り口壊しやがって」
「煩い、外に用事がある」
異界者なのは同じだけど、ツチヤと話すのは嫌い。
「用事ぃ~? 今まで毎日寝てるだけだった奴が外になんの用があるん――ん? お前、なんかいい匂いがするな、外で何してんだ?」
いい匂いは嬉しい、でもツチヤに言われたくない。
「水浴び、ワタルが毎日しろって言った」
「は? …………くっ、ふっ、アッハッハッハッ! マジかよ! 今まで何にも興味なさそうだった奴が? 随分とご執心じゃないか、あいつの要望だから毎日水浴びしてますってか? くっふっふっふっふ」
笑われるのはむかむかする。
「ゴシュウシンってなに?」
「あ? あぁ、夢中って事だよ」
夢中、そうだと思う。面白い事、楽しい事に夢中になるのは普通のはず、ツチヤ達だって犯すのと殺すのが楽しいから夢中なんじゃないの?
「普通」
今日はまだ食べ物を持って行ってない。ツチヤなんかに構ってられない。
「ワタル、今日の分」
「ああ、ありがとう」
ぼんやりしてる。何かあった?
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
なにか、諦めた様な表情をした。
「そうだフィオ、ヴァイスが欲しがってる能力ってどんなのか知ってる?」
「触った人の体毛をコントロールする能力」
なんでこんな能力が欲しいのかは分からないけど、異能兵に対抗する力と同じくらいに欲しがってる。
「ぶふぅぅ!」
んん? なにか面白かった?
「おー本当にフィオがそいつの世話してたんだな、誰かに関わるとか珍しいな」
ツチヤがそう言いながら入ってきた。せっかくワタルと話してるのに……邪魔されて少し気分が悪い。
「見てると面白いから」
「へ~、随分と懐かれてんな、俺が誘った時は無視するのに。お前ってロリ好きなの? 今日また村を襲いに行くから何匹か攫ってきてやろうか?」
ワタルはツチヤとは違うから攫ってきても何もしない…………今日襲いに行く? そういえばそんな事を言われてたかもしれない。ワタルの話しか覚えてない……ロリってなに?
「要らない、お前らと一緒にすんな」
やっぱり要らないって言った。
「あっそ、つまんねぇやつ。フィオ、ヴァイスがそろそろ出発するってよ」
「わかった」
面倒だけど、食糧は有った方が良い。ワタルは弱いから薬も有った方が良い。必要な物、盗りに行かないと。
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