過激な訓練

「はあぁっ!」

「ひぃ!?」

 ナハトの持つ剣がさっきまで俺が居た空間を貫く。こわっ、めっちゃこわっ! これって訓練じゃなかったのかよ!?

 今朝言っていた剣へ付加してもらった身体能力強化の効果の確認ついでに剣の稽古をしてやると言われて今に至る。

「避けるな、打ち込んで来い」

「無茶言うな! 付加されたのは打ち合いする為のものじゃないだろ!」

 剣四本に付加されたのは剣の切れ味の向上と装備者の敏捷性を上げるもの、反応速度や脚力なんかが上がっていて、身体を動かしやすいのが実感出来る。

 ナハト曰く、俺は腕力が弱そうだから強化しても大して変わらないだろうと思ったのと、触れさえすれば電撃でどうとでもなるだろうから相手の後ろを取る等、相手の虚を衝く様に動けた方が良いだろうという事で、四本とも同じ効果を付加してもらい、相乗効果を狙ったらしい。俺自身も真っ向から打ち合うよりもそういう戦法の方が向いている気がしてる。

 剣は抜いていなくても佩剣してさえいれば効果は得られるらしく、さっきの攻撃もどうにか反応して躱すことが出来た。

 さっき攻撃を外した時にナハトが不満そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。絶対今朝と昼食時の事を根に持ってる。目がまだ怒ってるもん、殺すまではいかないだろうけど、確実に痛い目に遭わせるつもりだ。


「うひゃっ!?」

 その証拠に能力を強化されていても避けれるかどうか微妙な際疾い攻撃ばかりをさっきから繰り返してくる。今頭を掠めたぞ!? 髪の毛が何本か散っていく、頭はやめろよ、掠って髪が切れてハゲが出来たらどうしてくれる! そんな事になったらハゲが消えるまで確実に引きこもる自信がある。

「っ!? ちょ、ちょっと待て! なんでフィオまでナイフ抜いてんだ」

「ワタルはもう少し動けそう、ギリギリで訓練した方が成長する」

 ギリギリってなに!? 生きるか死ぬかのギリギリですか!?

「い、いや、俺はもうナハトだけでギリギリ――」

「良い事を言うな小娘、確かに極限状態の方が成長し易いだろうな、ワタルには強くなってもらいたいし二人で相手をするのが良いかもしれないな」

 何言っちゃってんの!? 強化されててもまだ本気を出してないナハトの攻撃がギリギリ避けられるレベルなんだぞ、それなのにナハトを身体能力で圧倒するフィオの相手なんて出来るはずがない、況してや二人同時とか無理ゲーです。

「あの、どっちか一人ず――つぅ!?」

 無理ムリむり! 消えたと思ったら瞬時に背後に回ったフィオが突きを繰り出した。この娘本気で殺る気ですよ! 消えたのに反応して身体を動かしていなかったら確実にナイフが刺さってた。

「ほらほら~、がんばれ~、立派な婿になる為に~」

「特殊効果の付加って凄いんだな~、僕今のフィオちゃんの動き見えなかったよ」

「あたしも何か頼んでみようかしら」

「ワタル~、がんばてくださ~い」

 外野は暢気だ。今俺死にかけたんですけど!

「っ!? あぶ、危ないだろ!」

 フィオを気にしてたら今度はナハトに後ろを取られて斬り捨てられるところだった。

「立派な婿になる為だ。頑張ってくれ」

 瑞原のアホー! お前が余計な事を言うからナハトが俄然やる気になってるじゃないか! こんなのいつまでもやってられない、強化されてても体力自体は元のままだ。引きこもってた頃よりは大分マシにはなってるはずだけど、超人二人を相手に出来る程じゃない。というかこんなのスポーツ選手の人とかでも数分ももたないんじゃないか?


「交互にいくぞ!」

「ちょっとまっ――うわっ!」

 ナハトに一瞬で距離を詰められて斬り上げてきたのを短剣で受けて吹っ飛ばされた。無茶苦茶だろこんなの…………そもそも俺は剣術も格闘術も習った事なんて無いんだぞ。

「考え事して止まってると死ぬよ」

「っ! なあぁあああ!」

 吹っ飛ばされた先に回り込んでいたフィオの一撃を身体を捻って短剣で逸らして受け流す。死んでないからもちろん手加減はされてるんだろうけど、思いやりはない。

 なんでいきなりこんなハードな訓練せにゃならんのだ…………一応敵じゃないと認められてるんだから戦闘をする事なんてないだろうに。

「またぼーっとしてるぞ」

「うわっ、ちょっとくらい手加減しろよ! 怪我したらどうするんだ!」

 刃が身体を掠めて行くというのはかなり気分が悪い、ぞわぞわする。ギリギリで避けなければいいだけの話だが、二人が速すぎて結果避けるのがギリギリになる。

「大丈夫だ、もし怪我をしたら私が付きっ切りで看病する!」

 アフターケアかよ!? そんなのより怪我しない様にしてくれよ…………。

「また気が抜けてる」

「くっ、お前も手加減しろよ! 俺は普通の人間だぞ!」

 常に死角に回り込んで一撃加えようとしてくる、今のは回避が間に合いそうになかったから身体に電気を流す強化も使ってどうにか避けた。

「今のを避けるくらいなら手加減なんて要らない、それにギリギリの方が訓練になる」

 鬼かお前は、昼飯の時の可愛さどこ行った!?


「小娘、今度は同時にだ」

 なにぃ!?

「その呼び方嫌」

 フィオは従わずにナハトの背後を取って回し蹴り、分かり易い娘で良かった……フィオが加減をしてたのか、俺が思ってるほどには二人に差が無いのか、ナハトは難無く防いでいた。

「ならフィオ、今度は同時にだ、私たちでワタルを強くするのだ!」

「ん」

 ん、じゃねぇー! なんでそんなにやる気なんだよ、あっさりナハトの側に付きやがった。

「いくぞ!」

「っ!? ちょっ――いぃ!? がはっ」

 二人の挟撃に慌てて、身体に電気を流して後へ跳んだら思った以上の速度が出て勢いが付き過ぎて、離れた場所に在った大樹に背中から突っ込んだ。

「だ、大丈夫かワタル!?」

「いってぇえええええ! あぁくそっ、脚いてぇー!」

 ナハトとフィオが慌てた様に駆け寄って来たけどそれどころじゃない、流した電気が加減出来てなかったみたいで脚に激痛が走る。背中も痛いけど、そんなの気にならなくなる位に足が痛い! どうすんだこれ、明日許可が出たら出発なんだぞ? ゲルトに乗せてもらえる様に頼んではいたけど、望み薄な感じだったし、そしたら歩きだ。この痛みを抱えたまま旅をするのか!?

「あ、脚? 背中ではないのか?」

「ワタル、今の何? いきなり速くなった」

 フィオは心配してくれてるわけじゃないのかよ…………。

「つぅ~、さっきのは自分の身体に電気を流したんだ。一時的にだけど身体能力が上がる……でも挟撃に焦って加減を間違えた」

「ワタル! 大丈夫ですか!? 怪我はないですか?」

 リオが心配して身体をぺたぺた触ってくる。

「っ!? リオ、脚は止めて、マジで痛い」

「え? 背中じゃないんですか? 凄い勢いで背中から木にぶつかったのに」

「脚が痛すぎて背中はどうでもいい」

「す、少しだけ待っていろ、すぐに治癒能力を持ってる者を連れてくるから!」

 ナハトが血相を変えて駆け出して行った。治癒能力、ヒーリングが出来る人も居るのか、よかった、明日歩きになってもなんとかなりそうだ。ん? …………ヒーリング出来る人が居るなら付きっ切りの看病とか要らないじゃん…………。


「こっちだセラフィア、早く治してくれ」

 ナハトがフィオより少し大きい位のダークエルフの少女を連れて来た。少女と言っても俺より年上の可能性があるけど。

「やっぱり嫌、人間怖いよ」

 怖い、か……ライルさんが村人は人間が入ってくる事を諦めるとは言っていたけど、受け入れるとは言ってなかったもんな、こういう反応の方が普通なのかも。

「大丈夫だ、ワタル達は悪い人間ではない。私たちと戦った時も怪我人や死人が出ない様に気を配っていたほどだ」

「でも怪我した人いたよ、私が治したんだから知ってるよ」

 相当怖がられてるらしくかなり距離を取っている、今まで襲い来る敵だった『人間』って種族が恐ろしくてしょうがないんだろう。

「あれはワタル達の仕業でじゃない、いつもの人攫いたちにやられたものだ。それに人間は人間でもワタルは異界者だ、この世界の人間とは違う」

 剣持ってると余計に怖がられそうだな。

「フィオ、これ持って離れててくれ、リオも一緒に離れてて、人間が固まって居ると余計に怖がられそうだし」

「ん」

「分かりました。セラフィアさーん、私たちは離れてますからワタルの事治してあげてくださーい」

 リオの声にビクリとした。敵意なんて全く無くて、強そうでもないリオにもあれだけ怖がってるから治してもらうの無理かなぁ…………。


 ナハトが二時間近く掛けて説得して漸く治してもらえた。時間がかなり潰れたのと明日出発なのにこれ以上怪我をする様な事は良くないって事で訓練も終了した。

 夕食も済ませて、あとは寝て明日の連絡を待つのみ、なんだけど…………。

「あの…………」

「今日は逃がさない、絶対に放さないからな!」

 寝ようと思ったらナハトが入ってきてしがみ付いて放してくれない。これだけ密着されると暑苦しくて寝られない…………。

「お願いだから放して、暑くて寝れない」

「そんな事を言って、放したらリオの所へ行くつもりなんだろう? 何故私じゃダメなんだ」

「恩人に夜這いなんてしない、というか俺は誰にも恋愛感情を抱いてないって言っただろ、明日からしばらく旅をする事になるんだからちゃんと寝たいんだよ」

 野宿には慣れてしまったけど好んでしたいものじゃない、ちゃんとした寝床がある時にしっかり眠りたい。

「…………どこにも行かないか?」

「引っ付かれなければ、たぶん」

「それなら、手を繋いでもいいか?」

 食い下がるなぁ、手か、手ねぇ…………それくらいならいいか?

「手だけなら」

「そうか、なら今は手だけで我慢しよう」

 眠っ、やっと寝られる。手だけとは言ったものの、傍に他の存在を感じながら寝るというのはやっぱり落ち着かない。

 ナハトは大事な物を扱うかのように両手で俺の右手を包み込んでいる。言い出したら聞かない性格だとはいえ、俺なんかの何がいいのやら…………。




 朝が来た。そして謁見の許可が下りた。

 いよいよだ、日本に帰る方法持つ可能性がある人に会える。ナハトの話だと空間を斬り裂いてそこに入る事で離れた場所に移動できるというものらしいけど、これだけだとたぶん駄目だろうな、何か複合させるか、それとも別の方法を探るか。

 王様や姫様が日本とこの世界を繋いでいる魔物について詳しく知ってれば、それを利用する事が可能かもしれないし、どんな方向で動くとしても、まず会って話をしてみないと方針が立てられない。

 それに帰る事ばっかり考えてるわけにもいかない、リオを平穏な暮らしが出来る所に送る方法も考えないと…………やるべき事があるのに方法が分からないというのはもやもやする。

「ワタル~、出発するぞ~」

「今行く!」

「まずはゲルトに会いに行って協力してもらえるかを確認する」

「駄目だった場合は?」

「歩きだな」

 ですよね…………歩きか、車欲しいわ~。

「会いに行くお姫様ってワープみたいな事が出来るんでしょ? 僕たちを迎えに来てもらえないの?」

「無理に決まってるわね。会いたいと望んでいるのがあたし達なのにわざわざ相手が迎えに来る道理が無いわ」

「便利な力を持ってるんだからそれくらいしてくれてもいいのにぃ~」

 なんというか、優夜と瑞原は緩い……相手に会った時に無礼な事とかしないだろうか? というか俺は大丈夫なのか? 社会にちゃんと出た事のない俺が無礼じゃない振舞いを出来るのか?

 …………不安になってきた。少し会いに行くのを止めたい気分だ。

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