キレちゃった…………

 おいおい、みんなこっちを見てるよ? こんなに注目を浴びたのは生まれて初めてだよ。どうすんだこの状況…………。

「ちなみに全員船首にぶら下がってるハルピュイアを見てるって可能性はないだろうか?」

「ない、全員こちらを視界に捉えているから。…………? これハルピュイアって言うの? ワタルは見たことがあったの? ワタルの世界の魔物なの?」

 質問が一気に出たな…………なんて説明しよう、とか考えてる場合じゃない! この状況をどう切り抜けるかだろ!

「これが何なのかは後で考えるとして、まずはこの状況をどうにかしよう、フィオに何か案はあるか?」

「全部殺す」

 それやったら俺たち詰んじゃうから!

「却下で」

「なら無い」

 きっぱり言い切ったなぁ…………どうすんだよこれ? 全員こっちを見て――エルフたちの気が逸れてる間に混血者が林に逃げ込もうとしている。

「船は後だ! 先にこちらを終わらせろ!」

 女エルフはこちらを後で処理する様だ、その間に逃げる、ってのは無理だよな、逃げ切れるとしたらフィオだけだろう。逃げ切っても敵しか居ない土地で生きていくのは過酷なものになるだろうな、見つかった以上逃げれば悪化する。この場で話をつけないと追い込まれて混血者たちと同じ末路だ。

「フィオ、あの指示を出してる女エルフを捕まえられるか?」

「捕まえてどうするの? 私たちじゃ能力を封じる方法がない」

「俺の電撃で気絶させようと思うんだけど、俺が狙って撃ってもあっちの方が反応速くて避けられそうだから捕まえてもらおうかと」

「…………ワタルを投げてあの女にぶつければいい?」

 なに過激な事言ってんの!? 投げ飛ばされた俺に反応して剣を振るってきたらどうすんだ!?


「出来れば俺も安全な方法で…………」

「…………ん」

 今の間はなんだろう…………? 無茶苦茶しないといいけ――。

「っ!」

「どぉおわっ!? 何すんだいきなり!」

 急に右手を引っ張られてフィオに抱き付くような状態に、これ傍から見たらロリコンの変質者に見えるのでは?

「矢」

「や? って矢!」

 さっき自分が立っていた場所に矢が三本刺さってる。全然分からなかった。

「まだ狙ってる」

「っ! フィオ! ここじゃ駄目だ! 船内にはリオ達が居る、あの女エルフが紅月と同じ事を出来るなら船に火を付けられたらヤバい! 船を降りてどうにかあの女エルフを捕まえて人質にするんだ」

 セコいし卑劣だが攻撃を止めさせて話を聴いてもらえる状態にしないと、今の状態じゃどうしようもない。指示を出してるんだからあいつがリーダーなはず、リーダーを人質にされたらいくら何でも戦闘は一時止まるだろ。


「分かった」

「ってぇええええー! やるならやるって言えぇえええ!」

 俺の腕を掴んで急に船を飛び降りるもんだからバランスを崩して海へダイブ、スマホを置いてきていてよかった。それにしても海面に叩き付けられるのって結構痛いな。

「お前のせいでからだぁあああああ! 今度はなんだ!?」

 急に俺の服の襟部分を掴んで走り出した。

「降りたから狙い易くなってる」

 さっきまで俺たちの居た場所に矢が降り注ぐ。また助けられた、俺かっこ悪い、今だって疾走するフィオに襟部分を掴まれて、猫のように運ばれてる。

 速いなぁ、これが普段フィオが体感してるスピードかぁ…………気持ち悪い、真っ直ぐに動くわけじゃなく、攻撃を回避する為にあちこちに移動するから自然と俺は振り回される、襟を持たれてるから首も締まる。駄目だこれ辛い…………。

「フィオ、持つならせめて手にしてく――」

 ギィンという金属を打ち付けた様な音がしてフィオが止まった。

「今度はなに――」

 エルフが持つ大剣をフィオがナイフで受け止めていた。

 大剣とかエルフのイメージに合わないんだけど……エルフが両手で大剣を持ってるのに対してフィオは片手でナイフ、なのに少しフィオが押してないか?

「っうわぁ! 今度はなんなんだよ?」

 鍔迫り合いで押していたフィオが急にそれをやめて走り出した。今度は襟じゃなく手にしてくれた。さっきもそうだったが引っ張られるのが速すぎて、身体が浮いて凧みたいだな、変な浮遊感が…………。

「ナイフが折れた、ワタルの剣貸して、私のはもう無い」

 あぁ、一本はハルピュイアの額に刺したままにしてきたのか。

「あ、ああ、ほら」

 空いている右手で長剣を抜いて渡した。

「ワタルも雷で戦って」

 戦えって言われても…………。

「こんなに激しく動かれたら狙いが付けられんわ! あ、あと、剣渡したけど斬ったり殺したりすんなよ、気絶に止めろ!」

「こんな状況じゃ難しい、殺した方が簡単」

「お前はやれば出来る娘だ、どうにかしてくれ、殺すのは絶対に駄目だ!」

 殺したら話し合いなんて出来なくなる、それじゃあ駄目なんだ。俺たちが生き延びる為には話しをしてこの土地に居てもいいという承諾を得ないと。

 言うだけ言って俺が何もしないわけにはいかない、どうにか電撃を当てて動いてる奴らを減らさないとあのエルフに近付けない。


「っ!? ワタル! 脚曲げて!」

「? こうか? ――っ!?」

 今見えない何かが足を掠めていった気がする、なんだ? エルフの能力なのか?

「あいつ」

 フィオの視線の先に一人のエルフが居る。

「あいつって、あいつ何も持ってないぞ」

 弓どころか剣も持ってない、武器らしいものは何も持ってない様に見えるけど、こちらに手を突き出してる。

「っ!」

 フィオがあいつの手の動きに反応して何かを避けている。

 やっぱりあいつが何かしてるって事なのか、ならまずあいつを気絶させてやる。

「うわっ!」

 フィオが急に止まったり、曲がったり、反転したりで全然狙いをつけられない、何度か撃ったが全部外れ。

「ワタル、もっとちゃんとやって!」

「やってるよ! お前が動きまくるから狙いがつけられないんだ」

「動かないと狙い撃ちされて終わり」

 確かにそうだが、これじゃあ当てられない、もっと練習しておけばよかった。自分も相手も動き回ってる状態なんて考えてなかった。猪鹿狩りの時は奇襲ばっかりだったし、クラーケンの時は船が動いていたけど大したスピードじゃなかった。こんな状況初めてで、どうすればいいんだよ。

「ならワタルは矢を潰して、ほら来た」

「矢って、うへぇ、なんであんなに!」

 大量の矢が山なりの弾道で飛んできていた。

「クッソがぁあ!」

 電撃を空に向かって撃って矢を撃ち落としていく。切りが無い、撃ち落としてもすぐに次が飛んでくる。こんなんじゃダメだ、電撃である一点の矢を撃ち落とせても他の撃ち落とせなかった物が降って来る。


「だいたいなんで俺たちがこんなに狙われてんだよ!」

「混ざり者が殺られてもう殆ど残ってない、それとこっちの方が厄介だって気付き始めてる」

 フィオの言った通り立っているのはエルフと獣人ばかりに見える。これを俺たち二人で何とかするのか…………?

「っ! 鬱陶しい!」

 矢の雨が止んだと思ったらハルピュイアが上空から襲ってきた。手加減無しの電撃で黒焦げにしてやったが、また断末魔で注目を集めてしまった。

「…………ワタルもやらかした」

「分かってるよ! 悪かったよ!」

 今度はまた矢が降って来る、弓矢とハルピュイアの波状攻撃、どうにか撃ち落としているけど、エルフたちからは遠ざかっている、フィオも見えない何かを避けるのに必死で思うように動けないようだ…………なんでこいつは見えないのに避けてんだ?

「フィオは見えないのになんで避けられるんだ? お前には何か見えてるのか?」

「勘!」

 うわぁ、言い切った。そういえばこいつは勘が良かったんだった…………。

「ワタル、鳥」

「分かってるよ!」

 ああ鬱陶しい、あと何匹だ? というか来るのを待たなくても全部撃ち落とせば問題ないじゃないか…………間抜けだ、こんな命の掛かった状況で間抜け過ぎる。

「落ちろ、クソ鳥!」

 旋回していたのを五、六匹を撃ち落とした。また断末魔がうるさかったが、もう今更だ。仲間が撃ち落とされた事でこちらを狙うのを断念したのか残りは死体を攫って飛び去っていった。

 これで残ってるのはエルフと獣人…………まだ全然じゃん、結局気絶はさせる事は出来てないから減ってない、混血者との戦闘で負傷した奴は林の方へ退いて行ってるけど…………。


「さっきからチョロチョロしてるのが居るとは思っていたけど、こんな小娘とひ弱そうな男か、この程度の奴に能力を使って何故仕留めていない? エレッフェラ」

「い、いや、こいつらは中々強くて――」

「言い訳するな、お前は戻ったら負傷した連中と休まず訓練だ」

「え、それはちょっと…………」

 見えない何かで攻撃してきていた人が怒られてる…………。

 負傷した連中も休まず訓練とか鬼だな…………エルフってこんな熱血な感じなのか? 静かに森で暮らす民ってイメージだったんだが、なんか変なの。

「この程度の人間なんて剣一本あれば充分だ!」

 言い終わると同時に一瞬でこちらに近付き打ち込んで来た。

 速っ! そしてそれを普通に受け止めるフィオが凄い…………。

「止めたか、中々面白い小娘だな、今まで来た人間は打ち合いにすらならなかったんだけど、これは愉しめそうだ」

 後に跳んで距離を取って本当に楽しそうな表情をする。楽しむって…………この女エルフ人殺しをゲーム感覚でやってるのか? って!

「痛い! 痛い! 強く握り過ぎだ! 骨が折れる!」

 力は緩めてくれたけど、ムスッとしてこちらを見ない、もしかして小娘発言でおかんむり? …………だよな、どう見ても。

「フィオ、殺しは無しだぞ。それと本気で動くつもりなら俺は放し――てぇええええええええ!」

 俺の話はガン無視して今度はフィオが一瞬で距離を詰めて斬りかかった。

 本気のフィオの動きで振り回されたらとんでもない事になるだろうから巻き添えにならない様に放して欲しかったのに…………こいつもう俺の話聞いちゃいない。

「速いな、そっちの男が殺しは無しなんて腑抜けた事を言うからお前も腑抜けかと思ったが、小娘のくせに力も中々強いじゃないか。愉しいぞ! この感覚は久しぶりだ」

 エルフは完全に楽しんどる、対するフィオは過小評価が気に入らなかったのか、またも小娘扱いされたのがムカついたのか、初めてあった時の、仲間を肉片に変えた時の様な感情の無い表情をしている。

 こっちは完全にキレてるな、これ、本当にどうなるんだよ…………。

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