他国の異界者と体当たり
秋広さんが言ってた分かれ道ってこれだよな? 俺は報復を済ませ、町を出た後夜通し歩いていた。適当に道を外れて野宿しようとしたが気持ちが落ち着かず眠れそうになかった。人を傷付け殺した事にショックを受けているからではない、ショックだったのは寧ろ殺したのに何も感じない事だった。やっぱり自分は壊れてしまっている、それが辛かった。
「左、だったよな」
左、左、目的の一つは達成した。次は日本に帰る方法、当てもなく知らない世界を歩き回るのか…………まぁ、向こうの世界だって引きこもりの俺にとっては家の外は知らない世界だったが、だとしても公共交通機関が使えるだけあっちの方がマシの様に思える。他の国に放り出されたら言語の壁があるけど――。
「そういえばこの世界の他の国って言葉はどうなんだ?」
この国の人間の言葉は理解出来るし、俺の喋った事も伝わっている。でも他の国は? しまったぁ…………村でそういうの聞いとけばよかった。どうしよう? 運良く他の国に行けても言葉が通じなかったら言葉の勉強か?
「うわぁああああああ、絶対無理だぁああああああ…………」
引きこもっている間全く勉強をしようとしなかったわけじゃない、心配する母さんの不安を減らそうと少し教科書を開いてみた事もあった。すぐに飽きてやめたけど、その時に特にダメだったのが英語だった。ローマ字を小学校で習っていたせいで英語が全く訳の解からないものになってしまっていてすぐに投げ出した。
「他言語の学習とか無理…………」
いきなり壁にぶち当たった。歩く足も重くなる、あぁ空が白んで来てる。
「朝か」
他国と交流のある港町なら交易とかしてるんだろうし、港町に行く人も港町から他所へ行く人も多そうだ。人との接触を避けるなら日のあるうちは道を外れて隠れていた方がいいかもしれない。
「寝るか…………」
言語の勉強とか考えたせいで気が重い、人を殺した事より勉強の方が負担に感じている…………やっぱり壊れてる。
道を外れて木の陰で休む事にする。
なんとなくスマホを弄る、村を出る前に撮った写真…………俺が人を殺したと分かったらみんなはどう思うだろう? …………関係ないか、どうせもう戻れない。
気が付くと辺りは暗くなり始めていた。かなりの時間眠っていたようだ。
「野宿したな…………」
村で、布団で寝れてたからもう野宿に戻れないとか思ってたけど、疲れれば結局どこでも関係ないのか。
「行くか」
昼夜逆転だと体内時計狂いそうだけど、昼間に歩いて見つかって、面倒になるのは避けたいから夜歩くしかない。
猪鹿の干し肉を齧りながら夜道を歩く。醤油での味付けがこれまた美味い、食料の不安がないのは有り難い。本当に村の人たちには良くしてもらった。だから恩を返せてない事が心苦しい。
「はぁ~あぁ~」
一人には慣れてる、慣れてるはずなのになんだか妙な気分だ。寂しい? なにを今更…………今まで散々人と関わる事を嫌って逃げてきたのに。考えを振り払って歩く。
「流石に少し飽きるな」
スマホで音楽を聴きながら歩いていたけど、ずっと聴いているのだ。ランダムで再生しているけど流石に二回目、三回目の曲も出てくる。二百曲位は入ってるはずだけど。
「もっと入れとけばよかった」
パソコンがないから追加で入れる事も出来ないし、ダウンロードも無理、パソコンとネット環境が少し恋しい。
曲を聴きながらぼんやりと歩き、朝が来たら眠る、それを五日程繰り返した頃風に潮の香を感じるようになった。
「あと少しかな?」
さて、もう少しで港町に着いてしまう、運良く他国に行けたとして言語はどうしよう? まだ行けるとも限らないのに、言語についての不安でいっぱいだった。積極的に異界者を保護してる国はどうなんだろ? いや、その国の人と話せなくても保護された人たちがその国の人と話せれば通訳してもらえるか。
「なら、別にいいか」
町が見えた。やっと着いたか、あの町も壁で囲われている様に見える、夜の内に町に入るのは難しそうだ。野宿して朝を待ってから町に向かおう。
朝が来た、それにしても完全に野宿が平気になってしまったなぁ、こんな国じゃ異界者は野宿か檻の中がデフォルトだししょうがないか。
町に向かって歩き出した。フードと前髪で瞳は見えないと思うけど、門を上手く素通り出来るだろうか? 他国に行くために船に乗らないといけないんだから、騒ぎを起こすわけにはいかない。門が見えた、門番が二人立っている。平常心、平常心、少しでも挙動不審なところがあったら止められてしまう。大丈夫、大丈夫、門を潜るだけ、簡単、簡単な事だ。
「おい、お前」
「ひゃ、ひゃい」
うおい! 変な返事になった! なんだ? なんで声を掛けられた? 普通に歩いて門を潜ろうとしただけだぞ? 少し俯いて顔を見られないようにする。
「随分な大荷物だな、行商人には見えないがその荷物どうしたんだ?」
荷物…………確かに結構な荷物だ。どうしよう? 勢いで喋ってしまえ!
「あ、あの、これは、仕事をせず引きこもってたら少しは外の世界を見てこいって村の人に追い出されました」
…………半分事実みたいなもんだから言ってて情けなくなった。
「ぷっ、あっははははははは! そうか! 村人に追い出されたか! はっはははははは! それでその大荷物というわけか! ふはっはははははははは!」
滅茶苦茶笑われてるし…………やっぱり引きこもりって普通の人には笑われる様な存在なんだな…………。
「くっふふふふ、ジョージ、そんなに笑ったら可哀想だろ? その位にしといてやれ、お前、もう行っていいぞ」
「くっくくくく、はっははははははは! だってよう! 村から追い出されたとか傑作だろ! ふっはははははははははは! いい酒の肴が出来た、夜飲む時に他のやつにも教えてやろうぜ! はっはっはっはははははは!」
大笑いする門番の横を通り過ぎて町へ入った。
まともに町に入ったのは初めてだな、最初は殺されかけて、次は人を殺しに、どちらもまともじゃない。まずはどこに行けばいいだろう? 船に用があるんだから港か? とりあえず港に行って他国に行く船を見つけるか。
門から続く大通りを歩く、たくさんの人が行き交ってるしこれならわざわざ俺を気にする人なんて居ないか、賑わってるなぁ。
「ったく、胸糞悪い! なんで異界者が居るんだよ!」
「っ!?」
横切った二人組の男の片方がそう口にしたのを聞いて足が止まった。バレた!? そんなまさか!? フードはちゃんと被ってる、片目は前髪で隠れてるし余程近づかないと判別なんて出来ないはず…………。
「そう言うなよ、仕方ないだろ? 他国じゃ普通に民として扱ってるんだ。それが仕事で他国と交流のあるこの町に来る事だってあるさ、昨日クロイツの船が着いたんだ、船長や船員が港近くの酒場に居るのに不思議はないだろ、だからあの店に行かなけりゃいいだけだろ?」
なんだ、他の異界者の話か、はぁ~、ビビった。
「俺はあの店がいいんだよ! メアちゃん可愛いしよぉ、新しく入って来た娘も美人で胸もデカいしよぉ、お前だってあの店がいいだろ?」
「そりゃ店員が断トツに可愛いのはあの店だけど、異界者見て不愉快な気分になるなら別の所でいいよ」
港近くの酒場に他国の船の船長か船員が居る…………上手く接触出来れば船に乗せてもらえるかもしれない。
「先ず港に行って、それから酒場を探そう」
「この世界の海も青いんだな」
港には着いた。大きな帆船が何隻か停泊している、この中のどれかが他国へ帰る船。
「酒場を探そう」
早く他国に行って帰る方法を探さないと…………。
酒場を探して港付近をうろつく、酒場って昼間からやってるのか? う~ん、さっきから同じ場所を回ってる気がする。
「おい、お前」
「っ!?」
怪しまれたか? 髭の濃いおっさんに声を掛けられた。
「さっきからこの辺りをうろついてるが何か探してるのか?」
どう答えよう? このおっさんに酒場の場所を聞いてみるか?
「あぁ~えっと、港近くの酒場に可愛い店員が居るって聞いたのでちょっと行ってみようかと」
正直に他国の船の船長とか異界者と言うよりこっちの方が怪しまれないだろ。
「ああ~なるほどな! メアちゃん目当てか、それならそこの路地に入って突き当たりを右だ。でもいくらメアちゃんが可愛いからって、手を出そうとか絶対に考えるなよ? もしそんな事をすればこの町の男共が黙ってないぜ!」
メアというその店員さんはかなりの人気の様だ。俺は興味ないし、用があるのは他国の人間だ。
「あ~はい、大丈夫です。俺は女の子に声掛けるとか出来ないヘタレなんで」
「ん? あっははははははは! そうか! それなら問題ねぇな! あっはははははは!」
今日は笑われてばかりだ。俺は凄い人間じゃないし、卑屈だけど笑われるとやっぱりムカつくし気分も悪い。さっさとおっさんから離れるべく教えてもらった路地に入った。突き当たりを右…………少し進むと騒がしい建物がある。
「あれか…………」
よく考えたら酒を飲むような場所に入るのは初めてだ。酔っぱらいには良いイメージなんてないし、出来れば関わりたくない。関わりたくないが、今は行かないとダメなんだ。覚悟を決めて店の扉を潜った。
中は雑然とした感じだ。適当にテーブルが並べてありそれを顔の赤い連中が囲って食事をしている。殆どのやつの顔が赤い気がする、昼間からそんなに飲んでるのか…………店の入り口で呆然としてると一人の男が近付いて来た。マズい、慣れない空気にぼーっとしてた。
「ねぇ貴方」
「は、はい?」
「ちょっと失礼」
っ!? しまった!? 急に距離を詰められてフードをめくられた。マズい、騒がれる前に気絶させて逃げるか?
「あら~、やっぱり可愛い顔してるじゃない、でも手入れしてなくて少し酷い状態ね。勿体ない! それに少しやつれてるわ、目も妙に怖い目をしてるわね。笑っていたらもっと可愛いでしょうに」
頬に触れてクネクネしながら喋る男…………こ、こいつ、もしかしなくてもオカマじゃねーか!? うぇぇええ、触るなよ! 頬を撫で回すな! 背中がぞわぞわする! に、逃げないと! 用事が済んでないけどしょうがない、目だって見られたし出直すしか――。
「うん、これでいいわ。アタシこういう者なの、機会があったらまた会いましょうね。それと今のはサービスって事にしておくわ、貴方可愛いから。それじゃあね」
紙切れを渡し意味の解からない事を言いながらオカマが店を出た。なんだったんだ? サービスとか意味解からんし、俺にはオカマに撫でられて喜ぶ様な趣味は絶対に! 無い! 紙切れには俺には全く読めない文字と、漢字で風神秀麿と書かれていた。これあのオカマの名前? 風神秀麿?
「あ!?」
あいつ日本人!? だから騒がなかったのか! 普通に店に居たって事はあのオカマが他国の異界者か!?
追って他国へ渡るのを助けてくれと頼めば良かったんだろうけど、突然の日本人との、それもオカマとの接触に唖然としてその場に立ち尽くしていた。
「メアちゃ~んこっち追加ね~」
「は~い! 少し待っててね~」
「おい! メアちゃん今忙しそうなんだからこんな時に注文すんなよ!」
「うっせぇ、ならお前が注文取り消せ!」
酒場って、うるさいな…………これからどうしよう?
「メアさんお待たせしてすいません」
「おお~、やっと助っ人が~! とりあえずあの入り口で突っ立ってるのを除けて来て! 他の人に迷惑だから!」
突っ立てるのって俺の事か、本当にこれからどうしよう? 今から走ってオカマを捜すか? それともここで船長か船員を捜すか?
「あのすいませんお客様、ここに居ては他のお客様のご迷惑になりますのでお席にご案内――」
他の国の人間って言ってもこの世界の人間だ。ならオカマでも日本人と話した方が話が早いかもしれない、追いかけよう。
「すいません、案内はいいです。店出るん――ぐほっ」
急に体当たりされた、ってしまった!? 今フードを被ってない、バレ――。
「え!?」
体当たりの勢いのまま抱き付かれて押し倒された。押さえ込まれた!? 今捕まるわけにはいかない、しょうがない、感電させて――。
「……かった」
は? 何か言ってる?
「よかった」
よかった? 何がよかったっていうんだよ?
「おい、リオちゃん大丈夫か? てかなんでお前はリオちゃんに抱き付かれてんだよ!? ふざけんな!」
はい? リオ? リオってあのリオ? それとも同じ名前の人?
「無事でよかった! ワタルぅ、私ずっと心配してたんですよ! でもワタルがどこに行ったのか分からないから捜せなくて、だから港町に居たらまた会えるかもって、思ってずっと待ってて…………」
抱き付いて俺の胸に顔をうずめていて見えなかった顔をあげて、涙で濡れた瞳でこちらを見ながらそう言った人は、間違いなく俺の知っているリオだった。
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