賭けと恋人権限

「ワタル……ワタルぅ…………本当に無事でよかった。本当に、うぅ…………」

 リオが泣きながら抱き付いたまま離れようとしない、本当に心配してくれてたんだな。それなのに俺はリオの事はすっかり忘れていた。無事逃げたと聞かされて、もう二度と会う事もないと思ってたから。それはそうと、さっきから大きくて柔らかい二つのものがグイグイ押し付けられてくる。この状態はちょっと…………色々マズい、それに店の酔っぱらい達がすげぇ怖い血走った目で見てくるんだが。

「っ!」

 おっさんが一人近づいて来ているのに気付いて慌ててフードを被った。さっきのオカマの異界者は普通にしてたんだし、気にし過ぎかると反って怪しいかとも思ったけど警戒するに越したことはないはず、それにあいつは他国の異界者って証明出来る物を持ってたのかもしれないし、もしそんな物を提示しろと言われても俺は持ってないから騒ぎになりかねない。

「おい、お前! 俺たちの心の癒しであるリオちゃんにいつまで抱き付いてるつもりだ! いい加減離れろ、そしてこっちに来い、俺たちと少し話をしようじゃないか」

 いやいやいやいや、酔い過ぎてちゃんと見えてないのか? 抱き付いてるのはリオだろ? 俺は手を触れてないぞ! 目が滅茶苦茶怖いよ! 話ってなに話すんだよ!? 絶対に会話する気ないよな?


「ほほ~、君がリオちゃんが言ってた人かな? ついに待ち人来たれりって感じかな? リオちゃんずっと心配してたんだよぉ~、もっと早くに来れなかったの?」

 忙しそうにしていた店員さんがニコニコしながら近づいて来た。もっと早くにって、約束してたわけじゃないし、俺の中ではお別れしてもう二度と会う事はないって思ってたんだからどうしようもない。

「メアちゃん、そんな暢気な事言ってる場合じゃないぜ! この店の、フェフィメリアの新しい看板娘に手ぇ出されてんだぜ!? この変質者さっさと追い出さねぇと!」

「そうだぜ! メアちゃんやリオちゃんに手を出す奴は俺たちがタダじゃ置かないぜ! 特にこんな変質者はな!」

 店の酔っぱらい達からボロクソに言われる。おい、変質者ってなんだよ、俺は異界者で覚醒者だ! って訂正したい…………。

「え~、恋人ならこの位普通でしょ? やっと会えたんだから抱擁くらい良いじゃない」

 店員は変な勘違いしてるし、リオに対して俺じゃあ器量不足だろ。

「なっ!? こんな奴俺たちは認めないぞ! こんなひょろっちぃ弱くて、男として情けなさそうな奴がリオちゃんの恋人だなんて俺たちは認めない!」

 お前らは娘を嫁に出したくないお父さんかよ! リオに俺が合わないってのは分かるけど。

「でもリオちゃんの話だと、混ざり者の盗賊に捕まったリオちゃんをこの人が助けたんじゃなかった? だとしたらおじさん達よりこの人の方が強いんじゃない? ねぇ?」

 ねぇ? ってこっちに振られても…………あんなの運が良かっただけみたいなもんだし、俺が強かったとかそういう事じゃない。

「いいや! こんな奴が強いはずねぇ! きっと運が良かっただけに違いない! でないと化け物みたいに強い混ざり者の所から人ひとり助けた後無事に生きて帰って来れるはずがねぇ!」

 なんて答えようか迷っていると、騒いでるおっさんの一人が真実を言い当てた。その通りです、運が良かっただけです。ただ、腕折られたから無事ではなかったけど。


「リオ、そろそろ離れて」

 小声でリオにそう言ったけど、顔を振っていやいやをするだけで全く離れてくれない。この状況じゃなかったら少し嬉しい状態だけど、おっさん達の目がヤバい。って、ほら! 特に厳ついおっさんが近付いて来た!

「お前、俺と力比べで勝負しろ! もしお前が勝てたら認めてやるしこの店での飲み食いを俺が奢ってやる」

 おっさんがテーブルの上で腕を構えた。腕相撲って事か、俺が絶対に勝てないと思ってるから気前のいい条件を出してきた。

 でも認めるもなにも、恋人じゃないんだけど…………。泣いていて聞こえないのかリオは反応しないし。

「ただし! お前が負けたらリオちゃんを諦めろ、そして俺はリオちゃんのおっぱいを揉ませてもらう!」

 は? はあ!? 流石におかしな内容が聞こえたのかリオがビクリとした。

「はい? あの、なに言ってるんですか?」

「それ位いいだろ? お前の恋人権限で」

「うおー! それいいな! その賭け俺も乗った!」

「俺もだ!」

 そこかしこで俺も! という声が上がる。いや、あんたら恋人として認めないって言ってたんだから俺に恋人権限なんてないだろ、実際恋人じゃないし。

 みんなかなり顔が赤い、飲み過ぎで頭おかしくなってんじゃないのか? 店員がこの場を静めてくれないかと店員に視線を向けると。

「頑張ってね! うちの店の売り上げの為とリオちゃんの為に! そして勝ったら鱈腹注文してね」

 そう言ってウインクされた。ノリノリじゃねぇか! 止めろよ! 同僚で同じく看板娘の胸を触られていいのか!?


「面白そうな事になってるな、俺もその賭け乗らせてくれ」

「おっ! 船長さんもかい?」

 船長? もしかして他国から来た船の?

「あの、船長って他国の船のですか?」

「ああ、そうだが?」

 ラッキー! もうオカマが店を出て結構経つ、ならオカマを捜すより発見出来た船長に話す方が楽だ。

「船長さん、俺が勝ったら国に帰る時に船に乗せてもらえませんか? 俺他の国を見てみたいので」

 積極的に異界者を受け入れてる国の人間だから本当の理由を言った方が簡単だろうけど、ここじゃ言えないからこう言うしかない。

「それはいいがおめぇ、渡航許可証を持ってるのか?」

「え゛!?」

 なにそれ? そんなの要るの? 村じゃ教えてくれなかったぞ? リオからも聞いた覚えがない、はず。正直色々有り過ぎて覚えてない。

「え、って、この国の人間は国外に出るのに許可証が要るだろう?」

 マジかよ!? いや、向こうの世界でもパスポートが要るし普通なのか? 海外なんて行った事ないからパスポートがなんなのかは知らんけど。

「国外に出るやつなんて稀だろうから、この事を知らんやつも多いがなぁ。他の国じゃ必要としない事の方が多いし、まぁいい、お前が勝ったら許可証の発行手数料を俺が出してやろう」

「いいのかよ船長さん!? 許可証の発行って結構な額なんだろ?」

 そんなに驚く程の金が要るのか? 源さんに持たせてもらった金貨で足りないだろうか?

「ああ、いいさ! ただし賭けに勝てたらだが」

 よし! 絶対に勝つ! 他国に行くためとリオのおっぱいを死守するために!


「あの! 俺一人でこの人数の相手は不公平なので誰か代表の方を…………」

 どんな人が出てこようと一勝負なら絶対に勝つ自信がある、電撃ブーストだからインチキではあるけど、背に腹は変えられない。

「なら、あいつだな」

「ああ、あいつしか居ない」

 あいつ? おっさん達が自信満々な顔で店の奥を見る。

「アラン! 出番だ! 俺たちの代表としてこいつと勝負してくれ!」

「おう! 任せとけ!」

 うっわぁ~、さっきのおっさんよりも厳ついし、ガタイも…………デカ過ぎじゃね? これニメートル位あるんじゃないか? 手も俺の手より一回り以上デカい気が…………。

「ははっ、こいつビビってるぜ! アランはこの町一番の漁師だ。力だって半端じゃない」

「よう! 坊主、そんな細腕だとへし折っちまうかもしれないが大丈夫か? 負けを認めて棄権でもいいぜ!」

 んなこと出来るわけないし! リオの為にも、船に乗る為にも! インチキ使ってでも勝たせてもらう。

「おじさんの方こそ棄権しなくていいんですか? 腕怪我したら仕事になりませんよ?」

 挑発には挑発で返してやる。加減はしないから本当に怪我させるかもしれない、それにあれやると俺も痛いんだよな…………廃坑で一回やったっきりだけど大丈夫か? 普段から身体に電気を流す様にはしてたけど、どれほど効果が有るのかもわからんし、ヤバい不安になってきた。これ勝てるよな?

「おいおい、デカい事言ったわりに顔はビビってないか?」

「あっははははははは、確かに! 口だけは達者みたいだな!」

 一人笑い出すと伝染して店中が笑い出す。

 ちょっとムカついた。全力でやってやる!

「リオ、離れて」

 また、いやいやをして離れない…………なんでこんなに? 森でお世話になったけどそんなに親しかったわけでもないはず、リオが優しいのは知ってるから心配しててくれたってのも分かるけど、本当になんでこんなに?

「リオちゃん、リオちゃん、やっと会えたから離れたくないのも分かるけど、もう勝手にどっか行ったりもしないだろうから今は離してあげたら? もしくは背中に抱き付くとか、とりあえず勝負させたげて、み――」

 店員さん今最後に店の為に、って付けようとしなかったか…………?


「本当にどこにも行きませんか?」

「え? あ、うん」

 思わずそう返事をしてしまった。うるうる涙目で見つめられて他にどう返事をしろと? というかさっき船長に船に乗せてくれって頼んだばっかり…………。

「分かりました…………」

 やっとリオが俺の上から降りたので立ち上がる。…………凄く柔らかかった。

「んじゃあ、さっさと始めようぜ! まぁ一瞬で終わって俺の勝ちだろうがな」

 アランが近くのテーブルに腕を構える。はいはい、確かにそのままやれば速攻で終わるだろうさ、そのままやればね、テーブルに着きアランと手を組む。

「よし、じゃあ俺が手を放したら開始だ。二人ともそれでいいな?」

 近くに居たおっさんが俺とアランが組んだ手の上に手を乗せてそう言った。俺もアランもそれに頷く。

「いくぞ~、開始!」

 手が放された瞬間に自分の身体に電気を流した。

「はあっ!」

「なあっ!?」

 速攻でアランの手の甲をテーブルに叩き付けた。勢いでテーブルが少し割れてしまった。アランは何が起こったのか解からないという顔をしている。開始直後アランは大して力を入れて無いようだった。たぶんすぐに倒さず、この程度かと馬鹿にする為にワザと力を抜いていたんだろう。それもあって楽勝だった。だったけど、それにしても…………。

「いってぇぇええええええ!」

 ああ、くそ! 滅茶苦茶痛い! 右腕を押さえたまま転げ回る。これ折れたりしてないよな? 左が治ったのに、今度は右が折れたとか笑えない。

 周りは予想外の結果と、なぜか勝ったやつが痛がって転げ回るという状況に唖然としている。

「わ、ワタル! 大丈夫ですか!? どこか怪我をして――」

「あ~、大丈夫、怪我じゃない」

 たぶんだけど折れてはない。物凄く酷い筋肉痛みたいな感じだし、それにしてもこれ痛い、やっぱりもっと身体を鍛えないとダメだ。

「よく分からないけどリオちゃんの恋人の勝ち~!」

 静まり返った店内に店員さんが俺の勝名乗りを上げた。そこから一気に騒ぎになった。なんで負けたんだとか、おっぱい揉みたかったとか、なんであいつが痛がってるんだとか、喧しい…………まぁ、勝ったからいいか。これでこの国から出る事も出来る。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私たち恋人同士じゃないですよ?」

 リオの言葉でまた静まり返って、酔っぱらい達は今度は喜びにわく。

「あれ~? あんなにぎゅっっと抱き付いてたのに? 本当に違うの?」

「抱き付いたのはワタルが生きてたのが嬉しくて、本当に恋人じゃないです。普通の、大事なお友達です」

 友達ね…………あっちの世界じゃ友達すら居なかったのに、異世界に来て随分と知り合いが増えた気がする。

「ふ~ん、勿体ないなぁ、誰かを助けるために混ざり者に立ち向かって行ける人なんて珍しいと思うし結構カッコイイと思うんだけどなぁ?」

「っ!?」

 そう言って店員さんが顔を近づけてくる。だ、大丈夫だ、フードは被ってるし、転げ回ったから前髪が下りて来てて目は完全に隠れてる。

「う~む、髭が全く無くて肌も綺麗、ねぇ髪上げて顔をよく見せてくれない?」

「い、いや、俺人見知りなので、今日会ったばかりの人にはちょっと…………」

「え~!」

 店員さんブーイング。にしても、髭がない? 歩いてる間処理なんてしてなかったぞ? そう思って自分の顔を触る、確かにチクチクとした不快感が全くない。どうなってるんだ? …………!? もしかしてさっきのオカマ!

「ちょ、リオ、ちょっと、これなんて書いてあるか読んで」


 騒いでるおっさん達からリオを引き離してさっき渡された紙を見せる。

「あなたの毛の悩みを解決します。カザカミヒデマロですね。こっちのは私には解からないんですけど、ワタルの世界の文字ですか?」

「ああ、うん」

 毛の悩みを解決します、か…………フィオの言っていた能力を思い出した。触れた相手の体毛をコントロールする能力、あの時は吹き出したけど、本当にあるんだなこんなの…………。

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