次の目的
最初に見えたのは土の天井、あぁ、気絶したのか。リオはどうなたっただろう? 結局大した時間を稼げなかったように思う、あれじゃあ逃げ切れてないかもしれない、俺は結局なにも出来てないのか?
「なに変な顔してるの?」
声のした方を見ようと身体を起こそうとしたら、左腕から激痛が駆け巡った。
「っぅ~!」
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ! 滅茶苦茶痛い! ジリジリとした痛みが左腕から伝ってくる。
「左腕折れてるよ」
フィオにそう言われて左腕を見ると、添え木のような物をあて包帯が巻いてあった。あの回し蹴りの時に頭を庇ったせいか、そういえばあの時感覚がなくなっていた。骨が折れてるって事は頭を庇ってなかったら即死だったんじゃないか?
「そんなに痛いの?」
「っっ!! 突くな! 滅茶苦茶痛いわ! っぅ~!」
大声も響く、最悪だ……これでリオを逃がすのにも失敗してたら俺は大間抜けじゃないか。
「! そうだ! フィオ、リオはどうなった!? ヴァイスに捕まったのか!? 酷い目に遭わされてるのか!?」
「あの人なら逃げた」
逃げた? 本当に? 無事に逃げ切ってくれたのか?
「それ本当か? 俺を憐れんで嘘ついてるとかじゃなく?」
「本当、なんで私がワタルを憐れまないといけないの? あの人が逃げたせいでヴァイスの機嫌が悪い」
面倒くさそうにフィオがそう言う。機嫌が悪いのは俺が散々虚仮にしたからな気がする。それにしても、本当、なのか…………リオを助けられた? こんな俺が誰かを助けられた? やろうと思ったことをやり遂げられた?
「はは、あはははははは」
「壊れたの?」
壊れてねぇよ! 失礼な! 腕は壊れたけど、でも、やった! 俺なんかでも出来た! 引きこもってた時は自分の事を役立たずの穀潰しのゴミ屑だと思ってた。それなのに、やった! やり遂げた! 化け物みたいな奴相手にやってやった!
「そっか、リオ無事に逃げ切ったのか……よかった、本当によかった」
これで思い残す事とか何もない、こいつらにいつ殺されようとどうでもいい。リオが平穏な生活に戻れたなら満足だ。
「なんで泣くの?」
「え? 泣いてないよ」
「泣いてる」
フィオが頬に触れて覗き込んでくる。血を思わせる真紅の瞳に映った俺は泣いていた。
「なんで泣くの?」
フィオが同じ質問を繰り返す。なんでだろうな?
「嬉しいからじゃない?」
「ワタルは嬉しいと泣くの?」
正直わからない、こっちの世界に来ていろんな事が有り過ぎた。山で死にかけた時にも泣いたな、心が壊れてるとか思ってたのに、リオが無事でいてくれることが心から嬉しいと思える。まだ、壊れてなかったのか、それともこっちに来たせいで直ったのか、どっちだろう?
「わからない、でも今は嬉しいって気持ちしかないと思う」
「ふ~ん、やっぱり変わってる、変な人。そんなに他人の無事が嬉しいの? 自分は殺されるかもしれない状況なのに?」
恩人の無事を喜ぶのはそんなに変な事か?
「嬉しいよ、俺なんかが人の役に立てたんだから、それに死ぬのはあんまり怖くないし、リオに助けてもらわなかったら疾うに死んでたはずだから、恩返し出来てから死ぬなら本望だ」
そうだ、やりたいことはやった。だから後はどうなろうと構わない、特にしたいことがあるわけじゃないし、こんな生き辛い場所で苦しんで生きるのも面倒だ。
「まだ泣いてる、変なの、子供みたい」
本当に子供みたいな奴には言われたくない。
「っ! 痛い! 止めろって言っただろ、いいもの遣るから突くな」
こいつは勘が良いの忘れてた……。もう死んでもいいとは思ってるけど痛いのは極力避けたい。
「いいもの?」
お? 反応した。やっと突くのをやめてくれた。何もしていなくても痛いのに、突かれる度に激痛が走るから最悪だ。麻酔か痛み止めでも有ればいいんだけど、有ったとしてもこの世界の薬物が異界者の俺にとって全部安全とは限らないから、この痛みとは殺されるまでかしばらく付き合うしかないんだろうなぁ。
「俺のリュック有るか? それに入ってるんだけど」
「リュックってこれ? この中服と変な物だけだったけど?」
フィオがリュックを持ってきてくれた。変な物って…………まぁビニールの包装とかないだろうから変の物に見えるのかも。
「この中に俺がいた世界の菓子が入ってるんだ、っ!」
どうにか起き上がって右手でリュックの中を漁る。片手使えないって不便だな、気を付けてないと普段の感覚で左手も使おうとしてしまう、その度に激痛が走るのは辛い。
「お菓子で釣られるのは子供だけ、私は子供じゃない」
必殺ガン飛ばし……目が凄く怖いんだが…………でも突いて来ないって事は興味はあるんだな、やっぱりこ――危ない、また思いそうになった。学習しろ俺、わざわざ痛い思いをしたいわけじゃないんだから。
「でも、この世界じゃ手に入らない菓子だぞ? それを考えると結構いいものだと思うけどなぁ」
「ふ~ん、そうかもね」
必死に興味ないのを装ってる感じがするな、きょろきょろしながら結局視線がリュックに行ってる。適当に箱を掴んで引っ張り出した。小粒のフルーツグミか、これで機嫌が直ればいいけど。
「ほれ」
ビニールの包装を剥いて渡した。
「これが食べれるの?」
箱をまじまじと見て、疑いの視線をこっちに向ける。
「食えるのは箱の中身だからな、あけ口って書いてある所を開けて中身を出して食べるんだぞ」
「これが箱だって事くらい分かる、でも異世界の文字なんて解らない。それにこんなつやつやの食べ物に見えない」
そうか、普通に話してるから解ると思ってたけど文字はダメなのか、ということは俺もこの世界の文字は理解出来ないってことになるのか、まぁこんな状況だし文字を読むことが必要になるなんてないだろうし意思疎通さえ出来れば別にいいか。
「ここが開くんだよ。味と食感はそれぞれ好みがあるだろうから何とも言えないけど」
「ん~」
箱を開けてやると、一粒出して悩み始めた。
「これ美味しいの?」
「俺は食感が気に入ってるけど、この世界の人がどう感じるかはわかんないな」
「そう…………」
そんなに悩むほどフィオには変な物に見えるんだろうか? 悩んでるからさっきの不機嫌はどっか行ったみたいだし食べても食べなくてもどっちでもいいんだが。
「味は? どんな味がするの?」
「味は甘くてそれぞれ違う果物の味がするな、色が違うだろ、色毎に味が少し違うよ」
「本当に甘い?」
なんでそこ疑うんだ、もしかして辛いの苦手とかか? 味覚も……またやらかすとこだった。あ~見た目のせいでどうしても、そう思ってしまう。
「甘いよ、菓子なんだから」
「わかった…………」
覚悟を決めたみたいで口に放り込んだ。不安なら食べなきゃいいのに。
「…………」
黙ってもぐもぐしていらっしゃる。こうして見ると普通の可愛い女の子なんだけどなぁ、最初の出会いが強烈過ぎてなんか複雑な気持ちだ。
「美味しい、私もこの食感気に入った」
「そりゃよかった。その一箱はフィオに遣るから好きに食べたらいいよ」
「! 本当に? これいっぱい入ってるけど」
盗賊なんてしてるくせに、貰うことには控えめなのな。
「本当に、縄を解いてくれたお礼って事で」
最初は機嫌を直すのが目的だったけど、よく考えればフィオが縄を解いてくれなかったらリオを助ける事なんて出来てないわけだし、危ない奴ではあるけどお礼はしないとな。
「人からなにかを貰うの初めて…………」
ん~、初めての贈り物が駄菓子というのは申し訳ないような気も…………でも他に何かあげられるような物は持ってないし、何かしてやれる特技が有るわけでもなし、俺って何もないのな……。
「……ありがとう」
消え入りそうな声でお礼を言われた。お礼を言うのが恥ずかしかったのか、はにかんで少し頬が赤くなってる。こんな表情もするのか、う~、複雑だ、この娘が人を一瞬で肉片に変えたんだよな? あの時は何も感じてない能面のような表情だった。それが今はこの可愛らしさ、別人? んなわけない。
「変な顔してる、お礼変だった?」
「いや、変じゃないけど少し意外だった」
俺が何してても変って言ってくる気がするんだが…………。
「そう、お礼なんて初めて言ったから、何か変なのかと思った」
物を貰うのも礼を言うのも初めてか……。酷い環境にいるんだな。
「フィオは盗賊やめたいとか思わないのか?」
「どうして?」
「どうしてって、町で普通に暮らしてみたいとか思わない? 他の奴みたいに人を傷つけるのが楽しいのか?」
この環境に居続けるのはよくないように思う、フィオの事ちゃんと知ってるわけじゃないし俺の勝手な考えだけど。
「ワタルは自分を蔑む人たちと一緒に暮らしたいの? 私は今のままでいい、闘って殺すのは必要だからそうしてる」
今のままでいい、か…………。確かにこの国の町じゃ普通に暮らせないからそうか、でも他の国なら違うんじゃないのか?
「俺もこの国じゃ普通には暮らせないな、でも他の国に行ったらいいんじゃないのか?」
「どこだってきっと同じ」
消極的だな、引きこもりの俺が言えた事じゃないけど、こいつも俺と同じで人を信じられなくなってる? だとしたらどうするのがいいんだろ……。ってなに考えてるんだろ、一応俺を拘束してる側の人間だぞ? やめやめ、めんどくさい。フィオに遣ったのと同じグミを口に一気に流し込んだ。
「! …………」
なんだ? じっと見られてる、グミを頬張ってもごもごしてるのがそんなに不思議か? とか思ってたら、フィオも一気に口に入れてもごもごし始めた。なんだこの状況、二人してグミを頬張ってもごもご、フィオはなんかリスみたいになってるし…………なにこれめっちゃ可愛い、持って帰りたい。帰る家ないけど。
「なんで急に一気食いしたんだ?」
「おもひろほうだったから」
まだ、もごもごしてるし……というか面白いか?
「それで、どうだったんだ?」
「食感が増していい感じ」
おお、同士発見! 一気食いすると行儀が悪いとか変だとか言われてたけどこんな所に同士が。
「よし、もう一箱遣ろう」
「あ、ありがとう」
なんか野良猫とかに餌付けしてる気分。
「なぁ、処分ってどの位の期間で決まるの?」
「適当、ヴァイスの気分次第」
適当かよ、散々虚仮にしたし結構早く殺されるかもなぁ。
「ぷふぅ」
「ん?」
思い出したらまた笑いが……不思議そうにしてるけど、フィオはあれを見て笑った事ないんだろうか? あれがリーダー…………変な集団に思えてきた。
「フィオはヴァイス見て笑った事ってある?」
「ない。ワタルはどうして笑ってたの?」
いや笑うだろあれは、あんなに笑ったの数年ぶりだぞ。フィオは笑った事ないのか、なら説明は難しい気がする。
「ヴァイスをもっとカッコいい感じで想像してて、想像と現実のギャップに笑ったというか…………」
「よくわからない」
わかんないか、カッコいいとか悪いの概念がないのかも? やっぱり説明は難しそうだ。
「飽きたからもう部屋に戻る」
「ああ、わかった…………?」
立ち上がったのに出て行こうとしない、どうしたんだ?
「お、お菓子、ありがとぅ」
言うだけ言って走り去った。お礼を言うのが慣れないのか顔が赤くなってた。それでもちゃんと言うんだから根は良いやつなんだろう、普通に暮らせる環境があればいいのにな…………。
することなくなったな、引きこもってる時は何もしてなくても、暇とか考えることはなかったけど、今は暇だと感じる。することがないのって落ち着かないな。寝るか、ずっと左腕の痛みを感じてるのも辛いし。
これからどうなるのかなぁ、ヴァイスが惨たらしい死とか言ってたけど痛いのは勘弁願いたい、逃げることを考えた方がいいかな? 左腕こんななのに?
あーめんどくさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます