脱走
寝返りを打った時に左腕を動かしてしまって痛みで目が覚めた。嫌な寝覚めだ、早く治らないだろうか、前に顔の骨をやった時って治るまでどの位掛かったっけ? 小学校の鉄棒前でズッコケて顔面強打で眉間の辺りを骨折、間抜け過ぎて大爆笑された嫌な思い出だ。あの時は場所が場所だけに出来る事はないから放っておけって言われて治療らしい治療はなかったな、でも今回腕だし、これ骨がズレてたりしたら変形して繋がるんじゃないか? 考えると不安が増した。まともな治療をしてくれる所に連れて行ってくれたりはしないだろうし、どうしたものか…………。
「また変な顔してる」
いつの間にかフィオが傍に居た。
「変な顔って、お前毎回失――お前の方が変な顔してるぞ、大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
なんか凄く苦しそうなんだが、なにかあったのか?
「朝からお腹が痛い」
腹痛か……。
「お前もしかしてまたグミを一気食いしたか?」
「? したけど、どうかしたの」
やっぱりか…………注意してやらなかった俺が悪いって事になるよなぁ。
「あ~、グミは食べ過ぎると腹痛になることがあるんだ、気を付けろ」
「…………もう遅い」
ですよねー。腹痛のせいかガン飛ばしも少し控えめな感じだ。
「まぁそれは置いといて、なにしに来たんだ?」
「食べ物持ってきた」
トレーっぽい物に干し肉とパンと果物? が乗っている。
「虜囚でも食べ物くれるのな」
「まだ死なれたら困る。ワタルはなんで変な顔してたの?」
まだ、ね。いずれは殺すと……。変な顔って何度も言われると結構凹むなぁ。
「折れた骨がズレてくっ付いたらどうしようかと思ってな、まともな治療とか受けさせてくれないよな?」
「それなら大丈夫。ワタルが気絶してる時にズレは治しておいた」
「は?」
ズレを治した? レントゲンとかないのにか? どうやって? というか本当に治ってるのか?
「ちなみにどうやって治したんだ?」
「折れた所を触りながら無理やりに――」
「あー! ストップ、ストップ、やっぱり説明しなくていい! 聞いてたら気分悪くなってきた」
あ~、想像したら気持ち悪くて身体から力が抜ける。
「聞いたのはワタルなのに…………軍に居た時に同じ方法で治した事があるから大丈夫」
医者は居ないのかよ軍医とか、骨折のズレを自分で治すってどうなってんだよ! 気持ち悪くて身体に全く力が入らん。
「食べないの?」
「いや、もらうよ。ありがとう、それと一応怪我の手当もありがとう」
本当に大丈夫かどうかはかなり不安だけど、添え木して包帯巻いてあるのは正しいと思うしな。
「! 初めてお礼言われた、変な感じ」
昨日から初めてばっかりだな。
「仲間と普段の会話でありがとうとか言ったりしないのか?」
「しない、あまり話さないし」
…………それは仲間って言うのか? 多少交流があればありがとうとか普通に使うと思うけど。
「フィオは普段なにしてるんだ?」
「訓練か寝てる、最近は寝てる事が多い」
訓練はともかく、寝てるって…………引きこもりだった俺と大差なくね?
「それは楽しいのか?」
「別に楽しくはない」
だろうなぁ、日本は娯楽が多かったけど、この世界の娯楽ってなにがあるんだろう?
「退屈じゃない? なにかして遊んだりしないのか?」
「今はそんなに退屈じゃない、ワタル見てると面白い」
…………俺はそんなに面白い人間の自覚ないんだが、フィオの感性わかんない。
食事を済ませるとすることもなくなった。
「他の奴らはなにしてんの?」
ここの連中はフィオとヴァイス、ツチヤ、カイルとダージしか見たことがない。そんなに人数がいないのか? だとしたら逃げられるチャンスもあるかもしれないけど。
「攫ってきた女で遊んでる」
「あぁ、そう」
聴くんじゃなかった、気分が悪くなった。でも逃げるチャンスはありそうだ。
「ずっとそんな感じなのか?」
「うん」
なら簡単に逃げられるんじゃないか? 見張りは立てないって言ってたし、今は縛られてるわけでもない。
「なに考えてるの?」
「あ? あ~、水浴びしたいなと」
誤魔化す為に適当に言ったけど、そういえば少し身体がべたつく気がする、気付かなけりゃ平気だったろうに、気付いたら気になってしょうがない。
「なぁ、タオルと水もらえないか?」
風呂とか水浴びは無理でも身体を拭きたい。
「なにに使うの?」
「身体を拭くんだよ、ベタベタするし少し臭い気もするから」
「臭い? みんないつもこんな感じだけど」
みんなってこの盗賊団のことだよな? 風呂入らないのか? もの凄い不潔な集団じゃないか、気持ちわりぃ。
「もしかしてフィオもあんまり水浴びとかしないのか?」
「面倒だからしない」
おいおい、マジかよ…………野郎はこの際どうでもいいとして、お前は女の子だろ、しかも見た目美少女、なのに凄く汚いやつに見えてきた。
「あのなフィオ、水浴びくらい毎日しなさい」
「なんで?」
なんで? ときた、え? なに、この世界って風呂とか水浴びしないのが当たり前なの? だとしたら、どう説明すればいいんだよ。
「女の子が不潔なのはよろしくない、それにフィオは可愛い容姿をしてるんだから綺麗にしてた方がいいと思う」
「男はいいの?」
「いやよくない、だから俺さっき身体拭きたいって言ったろ」
「ふ~ん、やっぱりワタルって変なの。みんなそんなの気にしてないのに」
みんなって盗賊団? それともこの世界全部? 俺の方が正しいはずなのに、なぜかここでは変な奴扱い……納得いかねぇ。
「って、どこいくんだよ」
フィオが立ち上がって出て行こうとする。
「水汲んでタオル取ってくる」
聞いてくれるのか、言ってみるもんだな。
「そっか、ありがとう」
「ん」
フィオが桶に汲んだ水とタオルを持ってきてくれた……のはいいんだけど、腕折れてるからタオル絞れねぇ。
「あの、これ絞ってくれない?」
黙って受け取り絞ってくれた。
「見られてるとやり辛いから出てって欲しいんだけど」
「……わかった」
また、なんでとかどうしてって聞かれるかとおもったけど、あっさり出てってくれたな。
さっさと済ませようとしたけど、片腕使えないからかなり辛苦して、どうにか身体を拭き終わり着替えも済ませた。片手使えないってかなり面倒だな、早く治ってくれないだろうか。
その後フィオが戻ってくることもなかったので、この日はそのまま眠った。それから一週間くらい、フィオが持ってきてくれる物を食べて、そのあとフィオと少し話して、寝るという生活が続いた。
今日で何日経ったんだろ? 日数ははっきりしないなぁ、洞窟の中だし。あとどのくらい生かしておいてもらえるんだろう。
「ワタル、今日の分」
「ああ、ありがとう」
流石に同じものばっかりで飽きてきたなぁ。米が食べたい、丼ものとか寿司、うな重もいいな…………虚しい。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
食えるだけマシだ。こっちの世界に来たばかりの頃は食い物無くて死にかけたんだから、でも今もいつ殺されるかわかんない状態…………生き辛い、相変わらず特殊な力に目覚めるってこともないしな。
「そうだフィオ、ヴァイスが欲しがってる能力ってどんなのか知ってる?」
「触った人の体毛をコントロールする能力」
「ぶふぅぅ!」
思わず吹き出した。そんな能力あるのかよ、というか俺が生かされてるのはハゲ対策か…………悲しい。
「おー本当にフィオがそいつの世話してたんだな、誰かに関わるとか珍しいな」
ツチヤがそう言いながら入ってきた。
「見てると面白いから」
「へ~、随分と懐かれてんな、俺が誘った時は無視するのに。お前ってロリ好きなの? 今日また村を襲いに行くから何匹か攫ってきてやろうか?」
ニヤニヤしながら聴いてくる。また人を殺しに行くのか。
「要らない、お前らと一緒にすんな」
「あっそ、つまんねぇやつ。フィオ、ヴァイスがそろそろ出発するってよ」
「わかった」
二人とも出て行った。全員出て行くんだろうか? だったら逃げる絶好のチャンスだけど、捕まえてるやつを縛り付けもせず全員出て行くなんてあるわけないか。
しばらく逡巡して歩き回ってみることにした。人が残ってるとしても普段よりは少ないはずだし、殺すのはヴァイスの許可がいるだろうから見つかっても殺されることはないはず。あわよくば脱出してさよならだ、そう思ってリュックを持って歩き回る。通路を一つずつ確かめていく、通路の先は寝台があるだけの質素な部屋があるばかりだな。
「はずればっかりだ。あいつらが戻る前に脱出出来るか?」
今度は木箱や樽が積んである物置みたいな場所に出た。食い物ないだろうか、脱出出来ても食い物がなかったらどうしようもない。樽は酒でも入ってるのか? 部屋の奥に行くと肉と芋? の様なものが吊るしてあった。
「ラッキー」
ここからいくらか貰って行こう。吊るしてあるのをはずしてリュックに入れていく、食料の確保は出来たしさっさと出口探そ。
「迷路かよ」
結構な時間歩き回ったけど、大抵個人の個室らしき場所ばかり。
「この通路確かめたっけ?」
少し上り坂になってる通路を進む。そういえば結構歩き回ったのに誰にも会ってない、おかしくないか? 盗賊は全員出てったとして、攫ってきたって言ってた女の人すら見てないぞ? もしかして用が済んだら殺してる? 考えると気が滅入ってきた。
「その上通路は行き止まりかよ」
行き止まり? フィオはここはツチヤの能力で作ったって言ってた、わざわざ行き止まりなんて作るか? 部屋みたいに広い空間があるわけじゃなく通路がプツリと途切れてる感じ。
どうしたものかとその場に座り込んだ。地面をよく見ると踏み均してある様に見える、こんな行き止まりをなんで行き来する必要が?
…………もしかしてここが出入り口で、俺が逃げないようにツチヤの能力で塞いで行った? 一度考えるとそうとしか思えなくなった。出入り口さえ塞いでおけば逃げられないから俺を縛る必要もないし、たぶんここが出口だ。戻ってなにか掘るのに使えそうなものを探してこよ。
結局いいものは見つからなかったから、木箱を壊して木片で掘る事にした。ひたすらガリガリと木片で壁を削る、片手なのは辛いな、これちゃんと外に繋がってるだろうな? 掘り損とか嫌だぞ?
掘っても掘っても外に繋がる気配はない。右手も疲れてきた。なにやってんだろこんな所でガリガリと。
「結構掘ったな」
掘った場所に手を入れると肘辺りまで入った。これフェイクとかじゃないのか? そう思うとやる気が一気になくなっていく。これだけ掘ったんだからそろそろ外に出られてもいいのに、面倒になってきた。これでダメなら諦めよう、そう思って木片を穴の先に突き立てて思いっ切り蹴りつけた。
「おお!」
手応えあり、ボコッっと鈍い音がした。慌てて木片を引き抜くと穴から光が入ってきた。外に繋がってる、あとは無我夢中で掘り進めて、どうにか這って出られるくらいの広さにした。先にリュックを押し込んで外に出した。次は自分、左腕を庇いながらだから出るのにかなり時間を食った。それでもどうにか外に出られた。
「やっと出た~」
右腕はパンパンになってて今日はもうまともに動きそうにない。一休みしたいけど、こんな所に居たんじゃあいつらが戻って来た時に即捕まる、急いでこの場を離れることにした。
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