無力

 力が欲しい、そう願ったところで得られるものはない、そんなことはわかりきってる。願いの強さでどうにか出来るなら誰だって、いくらでも願うだろう。でも願う以外に何が出来る? 誰か教えてほしい、どうしたらリオを助けられる?


「まぁ、とりあえず、こいつは条件に入ってないから要らないな」

 カイルが酷薄な表情を浮かべて、ルシスに近寄る。殺す気、なのだろう。

「やめて! 殺さないで!」

「ああ? こいつ、お前の男か? なら、どんな表情をするのか見るのも面白いかもな」

 今度はリオに近づこうとしてくる。条件はどうしたんだよ……カイルに向けて剣を構える。

「おいおい、お前は俺たちの仲間になるんだろう? なに、剣を向けてんだよ。俺はその女と少し話をしようと思っただけだぜ?」

 そんなこと嘘だとすぐにわかる下衆な笑顔で近づいてくる。

「っ! り、リオさんに近づくな! この、混ざりものが!」

 ルシスの精一杯の抵抗なんだろう、震えながらも、そう叫んだ。

「うっせぇよ、喚くな、ゴミが」

 呆気なかった。振り向きざまに振るわれた剣によって、あまりにも呆気なくルシスの首が落ちた。首の無くなった胴はその場に倒れ伏した。人は、簡単に死ぬ、そんな当たり前のことを今更思い出して、俺は愕然としていた。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 リオの悲鳴が俺を現実に引き戻した。

 殺しやがった、あんなにあっさりと人を殺した。動きは見えてた、でもあの速さに俺の身体が反応してくれるか、といえばかなり怪しい。こんなのを三人も相手に人ひとり逃がすなんて出来るはずがない。

「あーあ、死んじまった。目の前で恋人がられたら、どんな表情をするか楽しみだったのに」

 頭の中は絶望で満たされる、でも心が、まだみっともなくも足掻いている。このまま終わるのは嫌だ! 恩人一人助けられないなんて、いくら何でも格好悪い。死ぬことは怖くない……怖いのはリオが酷い目に遭わされること。なんで平穏に暮らしてたリオがこんな目に遭わなきゃいけない? こんな奴らに!


「なんだよその目は、今にも飛び掛かって来そうだな。そんなにこの女がお気に入りか?」

 一瞬で後ろに回り込まれて、カイルの汚い手がリオの顔に触れていた。

「嫌! 触らないで」

「きれーなもんだ、染み一つない。そんなに気に入ってるなら、さっさとっちまえばいいのに、なに躊躇って――」

「殺す!」

 俺は我を忘れて、カイル目掛けて斬りかかる。

 それをカイルは後ろに跳んで簡単に躱した。やっぱり速い……こんなのが三人。

「おっせーなぁ、なんだよ今の間抜けな一撃は、俺たちとお前じゃ身体能力に差が有り過ぎるってのがわかんないのか?」

「カイル、あまりからかうな」

「でもな~、こんな良い女に手ぇ出さずに放置とか馬鹿みたいだろ? こいつが食わねぇってんなら、俺たちが食わないともったいないじゃねぇか」

 無茶苦茶言いやがって! 下衆共が!

「条件はどうした! 条件を飲むんじゃなかったのか?」

「あ~、あれ無効な、お前俺に攻撃してきたし、我慢するのが面倒になった。あとあれだ、食える時に食っとかないとな~」

 なんだよその理由は! お前が先に手を出したんじゃないか! 条件を反故にされたこともムカつくが、こいつのへらへらした態度も癇に障る。


 殺す、殺す、殺す、ひたすら心の中で唱える。もう闘う以外の方法なんて思いつかなかった。なら、本気で殺しにいかないと、少しでも人を殺す事を躊躇してたら攻撃が当たるはずない。勝ち目なんてない、でも足掻きもせずこいつらのやる事をただ受け入れるなんて、まっぴらだ!


「死ね!」

 カイルを突き殺そうと剣を構えて突進する。

「さっきよりはマシだが、おっそいねぇ~」

 あっさり躱される。動きは目で追えてる、なのに身体がそれに付いて来ない。その後も何度も斬りつけたけど、紙一重で躱されて掠りもしない。次第に腕が重くなり、精彩を欠いていく。動けよ俺の身体!


「おい、どうしたぁ~、今のはなかなかよかったぜ? ギリギリだったからな。それとも、もう終わりか?」

 嘘つけ! わざとギリギリで避けて、おちょくってる癖に!

「こんなんで終われるか!」

 右下から斬り上げる。

「やっぱ、遅いなぁ~」

 身体を回転させながら躱して、そのまま裏拳を当てられた。

「あぐっ」

「ワタル!」

 滅茶苦茶吹っ飛ばされた。痛みはそれほどでもない、たぶん感覚が麻痺してる。なんだよこの差は、反則だろ。もしあいつを殺せても、まだ二人もいる。あぁ、本当に最悪な世界だ。


「もう、もうやめてください! これ以上は、私なら何でも言――」

「黙れえええぇぇぇぇぇぇぇぇ! はぁ、はぁ、はぁ、黙ってろリオ、俺ならまだ動ける。勝手に諦めるな」

「でも! ――」

 リオを睨み付けた。

 言われなくてもわかってる、身体の動きが鈍くなってきてる。普通に動けてた時ですら、掠りもしなかったんだ。これ以上やったって無駄だろう。それでも、諦めたくない!


「おーおー、かっこいいねぇ~、よくもまぁ、異界者がこの国の人間のためにそこまで必死になれるもんだ」

 うっさい、そうやって馬鹿にしてろ。その方がいい、勝手に油断してくれてる方がマシだ。絶対に殺してやる! 立ち上がって、カイルを睨み付ける。

「カイル、殺すなよ。せっかく見つけた異界者なんだ、殺したらヴァイスがぶちキレるぞ」

 ダージがカイルに忠告している。俺が殺されることはないのか? だとしても、リオに手を出されたら意味がない。

「でもなぁ、何度も何度も勝手に突っ込んで来るんだぜ? こうしつこいと、ついうっかり殺っちゃいそうだぞ」

「殺せば戻った後でお前がヴァイスに殺されるぞ」

「……わかったよ。気を付ける、これでいいんだろう?」

 カイルは手をヒラヒラと振って答えている。

「ああ、そうしろ」

 

「よかったな? ダージのおかげで更に手加減してやるぞ。それとも、もう終わりにするか? 俺はその女をさっさと食いたいから、それでも――」

「まだ終わってない!」

 安い挑発だった。でも今の俺には我慢なんて出来なかった。剣を大きく振り上げて突進して、カイルの首目掛けて振り下ろした。それをカイルはあっさり片手で受け止めた。刃に触れないように、器用に剣の樋を指で掴んでいる。


「だからよぉ、さっきから何度も言ってやってるだろうが。遅すぎるんだよ、こんなんじゃいつまで経っても――」

 目を瞑って、偉そうに講釈しようとしたカイルの股間を渾身の力で蹴り上げてやた。

「ッ! ッ! ッ! てめぇ、卑怯だぞ!」

 知ったことか! こんな状況で正々堂々となんてやってられるか、卑怯でけっこうだ! にしても、異世界の男も弱点が同じでよかった。

 今度こそカイルを斬り殺そうと、剣を思いっ切り振るった。

「調子にのるなあああぁぁぁ! 雑魚の分際で俺に攻撃してんじゃねぇ!」

 振るった剣はあっさり弾き飛ばされ、カイルの持つ剣が俺の顔目掛けて振り下ろされようとしていた。

 あぁ、これは、もうダメなやつだ、死んだ……。


 そう思った刹那、カイルの腕が胴を離れて、あらぬ方向に飛んでいく。なにが起こった? なんでこいつの腕が千切れ飛んでる?

 気付くと銀色の少女が目の前にいた。

「なんで?」

「フィオ! てめぇ、なにしやがる!?」

 この場に居る、少女以外の全員がこの状況を理解出来ていない。こいつはなにをしている? なんで仲間の腕を斬り飛ばした?

「異界者を殺すのはダメ」

 少女はそれだけをポツリと言った。

「フザケルナアアアァァァ! 俺の腕をどうしてくれる!? このクソガキがあああぁぁぁ!」

 一瞬だった。激昂して、そう叫んだカイルが少女に斬り掛かろうと剣を振り上げた刹那に、カイルがいくつもの肉片に変わった。なんだ、これは? なにをしたのか全く見えなかった。俺はルシスの言葉を思い出していた。これが、化け物?


「おい! フィオ! ――っ!」

 抗議しようとしたダージが、少女の顔を見た途端に黙った。

「カイルが悪い」

 返り血で汚れた銀色の髪を靡かせながらそう言った。

「あ、ああ、そう、だな」

 仲間を殺したというのに少女は何事もなかったかのように無表情だった。なんなんだ、このチビは? そう思った時、少女の拳が俺の腹にめり込んだ。立っていられなくて倒れ込む。

「げほっ、ごほっ、ごほっ」

「ワタル、ワタル! ワタル!」


 視界がボヤける、ダメだ! 気絶するな! まだリオを逃がせてないんだぞ!? 少女が今度はリオの方へゆっくりと向かって行く。やめろ! 必死に少女に手を伸ばして、脚を掴んだ。

「やめ、ろ、り、おに、て、ぇ、だす、な」

 少女は脚を掴まれた事なんか気にした様子もなく、あっさり俺を振りほどいて行く。

「ワタル! ワタル、ワタ――」

 リオの声が遠くなって、世界が暗くなっていく。


 少女がリオに手を伸ばしたのを見たところで意識は途切れた。

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