盗賊

「まぁ、いっか……」

 リオが無事にここを離れて、平穏な暮らしに戻れさえすればそれでいい。誰と一緒に行こうが関係ない。


 リオたちに背を向けて土煙を見据える。化け物か……。なにが向かってきてるのやら。手に持った剣を握りなおす。どのくらいもつかなぁ、痛いのとかヤダなぁ、そんなことを思うけど足はその場から動かない。可能性は少しでも上げとかないとな、土煙がこっちに向かってくるスピードはかなり速い、普通に逃げたんじゃすぐに追い付かれる。でも森まで行ければ、小さい頃から森に出入りしてたリオなら何とか逃げ切れるんじゃないかと思った。


 だから今俺がすべきことは土煙を出してる奴の足止め、リオたちが森に入るまでの時間稼ぎ。あんなに速いんだ、俺が走ったところですぐに追い付かれて殺されるだろう、逃げ果せても他国に行けるとも限らない、途中でこの国の人間に見つかればそこで終わり、どうせ死ぬんだ、ならリオに拾ってもらった命、リオが逃げるために使う。武器を奪えたのは丁度良かったかもしれない。

「にしても速いなぁ、どんな化け物がくるんだよ……」

 やれやれだ…………恐怖は少しある、でも足が震えたりはしてない。身体を少し動かしてみる。大丈夫、ちゃんと動きそうだ。

 痛いのは本当に嫌なんだけどなぁ、でもしょうがない、今やりたい事がこれなんだから、そう覚悟を決める。


「ワタル! なにやってるんですか! 早く逃げないと!」

 不意に手を引かれた。振り返るとリオがいた。は? なん、で?

「なにやってる! さっさと逃げろよ! 死にたいのか!?」

 リオの手を振りほどいて叫ぶ。時間稼ぎをするといっても、化け物相手だ。大した時間稼ぎになんてなるはずがない。まだこんな所でグズグズされてたら助かる命も助からない。

「そんなわけないでしょ! ワタルの方こそこんな所に突っ立って死にたいんですか!?」

「リオさん! 奴隷人種なんか放っておけばいいんです! 早く逃げないとすぐそこまで来てるんですよ! 早く!」

 ルシスがリオの手を引くけどリオは動こうとしない。

「俺はやることがあるんだ。だからさっさと行け!」

「やることってなんですか! 友達をこんな所において行けるわけないでしょ! ワタルあの時言いましたよね、もう少し頑張って生きてみるって、あれは嘘なんですか?」

 嘘じゃない、あの時はもう少し生きてみようって思った。でも今は――。


「目的が変わったんだ! どうしてもやらなきゃいけないんだ! だから、その馬鹿と一緒にさっさと逃げろ!」

 そう言ってリオをルシスに向けて突き飛ばす。

「貴様ぁ! っ!」

 また喚き出そうとするルシスを見据える。さっさと行け馬鹿が、そして絶対にリオを守れ! 

「リオさん、行きますよ!」

「ワタル!」

 喚こうとするのをやめてリオの手を引っ張る。俺の意思を汲み取ってくれたか? どっちでもいいさっさと行ってくれ、そして絶対に逃げ切ってくれ、それだけを祈った。


 でも、もうそんな時間は残されていなかった。

 物凄い速さで、何かが俺の横を通り過ぎて行った。

「っ!」

 来やがった! 何かはリオたちの行く手を阻む位置で止まった。土煙で姿はよく見えない。何かに向けて剣を構えるけど、ついさっき初めて剣なんて持ったんだ。相手から見たら素人丸出しだったんだろう、剣を弾かれた。手放しはしなかったけど、弾かれた反動で倒れ込む。無茶苦茶な力だ、受けた時の振動で手が痛い。


 少しずつ土煙が晴れて、そこから姿を現したのは――膝裏辺りまである長い銀髪を靡かせた、血の様に紅い瞳をした――少女だった。

 意味がわからない。この娘が町からここまでの距離を、あの速さで走って来たのか? それにさっきの一撃もこの娘なのか? 無茶苦茶重い一撃だったぞ? 出てきた相手が子供だったから警戒心が解けてしまった……。

「ひっ! ば、化け物………」

 ルシスが顔を引き攣らせてそう言った。この娘が化け物……? 確かに腕力も脚力も普通の人間とは違うようだった。

 でも、見た目は人間のそれと変わらない、というか容姿に関しては物凄く良い部類じゃないか? 白く透通る様な肌、ツリ目で目つきは鋭いけど可愛らしい顔をしてると思う。この娘は美少女です! って自信を持って言える感じ、にしても服装凄いな、上は胸に黒いバンド? のような物を巻いて、白の短いベストのようなのを着ているけど、はだけているからお腹は丸見え、下は黒のホットパンツ、片足だけの白ニーソに黒ブーツ、両太ももにベルトを巻いていてベルトにナイフシースが付いている。


 少女を見ていて手に持っている物に目が留まった。少女が扱うには長すぎる剣、それが血で真っ赤に汚れていた。

 解けていた警戒心が戻ってくる。何人斬ったらあんなに汚れるんだ。少女への認識を改める、同じ人間じゃなく、怪物なのだと。

 どうすればいい? こんなのを相手にどうやってリオを逃がす?


「フィオ! お前いつも速すぎだろー」

「少しは俺らに合わせろよー」

 少女の後ろから更に男が二人現れた。まだいたのか!? 少女に気を取られて気付かなかった。

 一人は軽薄そうな人相の悪い髭面の男、もう一人はフードとマスクで顔をかくしたいかにも盗賊といった感じの風貌の男、どちらの男の瞳も少女と同じ色をしている。そして衣服は血で染まっていて、その手に持つ剣も、少女の持つ物と同じで血で汚れている。


「二人が遅すぎる」

「俺たちはあれで全力なんだよ! お前やヴァイスと一緒にすんな!」

 マスクのやつが少女に怒鳴っている。

「んで、いたのか? 異界者」

 人相の悪いほうがフィオと呼ばれていた少女に聴いている。異界者? 異界者を探しているのか? 俺が狙われているのか?

「いた。当たり」

「マジかよ。お前目ぇどんだけ良いんだよ」

 マスクのやつが驚いている。目が良いって町からここにいる俺を見つけたのか? ありえない、ここから町までそれなりに距離はある、この距離で瞳の色を判別出来るわけがない。


「見えたのは黒髪だけ」

 少女が淡々と答える。髪だけか、瞳の色までわかったのかと思ってビビった。

「はっは~、賭けは俺の勝ちだなダージ」

「うっせぇ! カイル、次は負けねぇ」

 マスクのやつがダージ、人相が悪いのがカイル、そして少女はフィオという名前らしい。

「にしても、本当に異界者を見つけるとは相変わらずフィオの勘は凄まじいな、ヴァイスも喜ぶぜぇ、きっと」

 カイルはかなり上機嫌だ。賭けに勝ったからか、それとも異界者を見つける事がこいつらにとってそんなに良いことなのか? 俺が囮になれば上手くリオを逃がす事が出来るか?


「オマケで良い女まで付いてるしな。あれはかなりの上玉だ」

「っ!」

 リオは怯えて、俺の後ろに隠れている。そう都合よくはいかないか、リオもターゲットにされてる。盗賊たちに向けて剣を構えてはいるけど、勝てる気は全くしない。どうすればいい? どうすればリオを逃がしてやれる? 

 こういう時都合よく覚醒者になったりしないかなぁ、しないよな。何かしらの力を得た様な感覚はない、神様はケチだ。自力でどうにかするしかない、世知辛い…………あの二人がどのくらい強いのかわからんけど、話を聞いている感じだとあの娘より強いことはないと思いたい。なら先にあの二人をどうにかするか?


「にしても、お前!」

 カイルに指さされた。

「なんで俺たちに剣を向けてんだ? 向ける相手間違ってるだろ?」

 は? どういう意味だ? 自分を襲おうとする相手に武器を向けるのは自然なことだろ?

「異界者が剣を向けるべきなのは、この国の人間だろう? それともヴァーンシアに来て間もないのか?」

 ダージにそう言われた。

 あぁ、そういうことか。確かにこの国の奴らの異界者に対する扱いを知っていれば、この国の人間に武器を向けることのほうが自然に思える。なのに俺は、今この国の人間を、リオを背中で庇っている状態だ、それがこいつらには不思議なんだろう。

「ああ~、もしかして今からそこの男を殺して、そっちの女で愉しむところだったか? だったら悪いことをしたな、俺たちは異界者に用があるだけなんだ、お前に危害を加えるつもりはないから好きに愉しむといいぜ! あと終わったら、その女輪姦まわしてくれよな。そんな良い女なかなかいないからな。是非俺たちも食っときたい」

 カイルの下卑た物言いが頭にくる。絶対にこいつらにリオは触れさせない! すぐに反応しそうなルシスは縮こまって震えている。町でそれだけこいつらの酷い行いを見たってことか……。


 さて、どうしたものだろう? 突っ込む? 無意味、三対一なうえに、相手の方が身体能力が圧倒的に上だ。逃げる? これも同じ理由で無理だ。俺が囮になるのも難しそうだ。足止め出来ても精々一人、これじゃあ意味がない。

「用ってのは?」

 とりあえず考える時間が欲しい。

「あぁ、用ってのは俺たちダスク盗賊団に入ってくれ、ってのだ」

 ダージが答えた。俺が盗賊? こんな非力な奴を入れてなにがしたいんだ?

「拒否したら?」

「拒否ぃ? なに言ってんだ? お前この国がどんな所かわかってないのか?」

 カイルがおかしなものを見る目でこちらを見てくる。

「拒否する利点がお前にはないと思うが?」

 普通はダージの言う通りなんだろう。

「条件がある。お前たちに付いて行くから、リオをこの女性ひとを見逃してほしい」

「ワタル!?」

「いいんだ」

 この状況を俺の力でひっくり返すことは、まず出来ない。なら俺がこいつらに従う事でリオを見逃してもらえれば……俺は絶対にリオを平穏な暮らしに戻してやりたい。


 カイルとダージが不思議そうな顔をした後、お互いの顔を見やる。そして下卑た笑みを浮かべた。

「ああ! いいぜ! その条件飲んでやる」

 はぁ、わかりやす過ぎる……こいつら約束を守る気なんて、さらさらないな。ああああぁぁぁぁ、もう! なんでこっちに来てからこんな面倒な展開ばっかりなんだ!? リオに会えたこと以外は全部悪い事ばっかりじゃないか! どうする? 闘うのか? 一対一でも厳しいのに、三人も相手に勝てるはずがない。ならどうしたらいい? こいつらが、自分たちの方が上だと油断している間に一人でも殺せればなんとかなる……か? 

 なんて無意味な皮算用……こんなに自分の無力を恨めしく思ったのは生まれて初めてだ。




 力が欲しい…………。

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