第8話 ~才能と反省~
「俺がメイドさんを好きになったのは去年の事なんだけどね」
あーそうですか。
「学校のテストの結果が悪くて家に帰りたく無かった時、寄り道していたらメイド喫茶の前にいたの。腹が減っていたし食える所ならどこでもいいやって思って入って行ったの」
なんでこんな男の過去に私が付き合わなくちゃいけないんだ?
場所を移そう、と言われて賽銭箱から少し離れた所にある、岩を削って造られた様な椅子に案内されて「座って話そう」と誘われた。
ビリニュスが近づいて『蟲に取り憑かれた人の話を聞いてあげるのも仕事のうちですよ』と言われた。私はすごく帰りたいが『蟲が取り憑かれている人をそのままにすると取り返しのつかない事になってしまいますよ!』と、強く言われた為こうして話を聞く事になってしまった。
持っていた武器をビリニュスに預け、私は先に座っていた男の隣に座った。
ビリニュスは椅子のすぐ隣に植えてある木の陰で見守っている。座った私からみて右側に植えてある木なので武器をすぐに貰う事ができる。
そして聞いている話の内容がこれだ。
「そしたら天国だよ! 可愛いメイドさん達が俺の事を本当のご主人様の様に優しく丁寧に扱ってくれるんだよ!」
そりゃ商売だからな。丁寧に接待するほど給料が上がっていく仕組みだからじゃないか。きっと。
「それから俺はメイドさんを尊敬するようになったよ! 可愛くて華奢で美しいメイドさんに」
ずっと話を聞いていると帰りが遅くなって親が起きそうな気がする。
部屋に私がいない事がバレるのは避けたい。
「でもそのメイド喫茶、潰れてしまったんだ。だから今は会えなくなってしまって」
「そうだったんですか」
同情はしない。
「そういえばどうしてこんな早い時間から神社でお祈りしているんですか?」
「人目に付かないからだよ。昼間にやると声も聞えるし、たまに参拝客も来るんだよ。最近は前より来なくなったけど」
『こんな朝っぱらからやるのも近所迷惑だ!』と、言ってやりたいが無理やり怒らせると暴れ出してしまうかもしれない。
強気な事をあまり言えないのは自分より年上を相手にケンカばかりしていた私にとって屈辱を味わっているような気持ちだ。
「朱火ちゃんは本当に可愛いな~。美人だし、俺の話を聞いてくれるし。お袋や同級生の女子達とは大違いだ」
お袋さんに謝れ。
そしてお前から「可愛い」と言われると寒気がする。
「美人だなんて嬉しいです。生まれて初めて言われました」
一応お礼だけは言っておいた。
「本当かい?! 全くこんな可愛い子を・・・・・・あ、でもメイドさんだからあまり男の人とか会わないのかな?」
「はい。まぁ・・・・・・」
どうやらこの男は私をお金持ちとかに雇われている本物のメイドだと思っているみたいだ。まぁ、喫茶店のメイドが朝早くから神社に来ることなんて無いからだろう。
「なんか話していたらモヤモヤした気持ちがいつの間にか無くなっちゃった。これも朱火ちゃんにであえたからかな? ありがとう!」
そう言って男は神社の鳥居に向かって行った。
なんだかとても嬉しそうだ。
そうだ! 今がチャンス!
「おいビリニュス! 出て来い」
私は武器を使う為、木に隠れていたビリニュスを小さい声で呼んだ。
「ほら、蟲を消すぞ」
「正しくは浄化です。そして朱火さん……あなたはやっぱりすごいです! メイドの才能があります!」
「どういう事だよ?」
「いつの間にか男性から蟲の気配が無くなりました!」
「まだ浄化してないぞ!」
「どうやら……克服したみたいですね。蟲を」
克服? ああ。
「昨日言っていた話か」
「はい。執事やメイドの助けで取り付かれた蟲を克服する話は聞いたことがありません。これは執事・メイド界、初の出来事かもしれません!」
「なんか大げさな言い方だな」
「大げさなんかじゃありません」
「ところでいつから克服していたんだ?」
「朱火さんと話している途中です」
そうか。おとなしくなったのは蟲が消えたからだったのか。
……待てよ。
「ビリニュス……まさかこいつ蟲を克服したせいで私達の事が見えるようになったのか?」
「僕も初めての事だったので知らなかったのですが、どうやらそのようですね。克服するという事は『自分の中に蟲を取り入れる』という事になるそうですね」
「じゃあどうするんだよ! これからこの男の事!」
蟲がいなくなったのはいいものの、メイドの姿が見えるようになってしまった。
さらに私の事を何だか勘違いされたまま知り合いになった。
……これからはコイツに見つからないようにしよう。
そしてこれからは蟲に取り付かれている人物を見つけたら即浄化しよう。
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