第6話 ~ビリニュスの正体~
「おい! どうなっているんだ!」
あれから女性がメイド姿の私を気に止めずに立ち去った後、服装は元の制服に戻った。
そして今回の真相を突き止める為、ビリニュスを電車の中まで引っ張って連れて来た。ボックス型なので小さい声で話すと周りの人に聞えにくくて助かる。
「どうなっているって、メイドになった事ですか?」
「当たり前だ! いきなりメイド服着せられて武器持って女に向かって雷なんか落としたんだぞ! しかも最後、女は何事も無かった様な態度になってさ!」
はぁ……はぁ。
焦ってたくさん話したせいか息切れしてきた。
「大丈夫ですか? いきなり慣れない事をさせてしまった事は謝ります。朱火さんの質問にすべて答えるには一つ聞いてもらいたい話があります。」
ビリニュスは落ち着いた声でいきなり真剣な顔つきになった。
「最近物騒な事件が多いと思いませんか?」
「そういえばニュース番組を見ていると人が殺されたって言うような話題を聞かない日は無いな」
「そうなのです。最近、人間達が残忍な事を簡単にするようになったのです。それはなぜだと思います?」
「さ、さあな。まさかさっきみたいに突然暴れだす人が増えたとか?」
「そうなんです」
テキトーに言ったら当たった。
「さっきの女性があのようになってしまったのは僕達にしか見えない蟲が取り付いていたのです」
「虫?」
「はい。漢字の虫を三つ書く蟲です。あれに取り憑かれると理性を失い、人に襲い掛かってくる事があるのです」
恐ろしいな。
「自分で追い出すことはできないのか?」
「無理やり追い出すことはできません。克服する事はできますが、かなり難しい事なので成功した例は聞いた事が無いです」
「へー」
ん、待てよ!
「さっきから『僕達』とか『聞いたことが無い』とか言っているけどさ、お前の他に同じ仲間でもいるのか?」
「はい。見たことはありませんが……いますよ」
『仲間でも見たことが無い』……か。
言い方からしてなんだか訳ありの感じがするが突っ込むと迷惑そうだからやめておこう。
「話を戻します。さっき話した蟲を浄化するのが僕の様な執事とメイドです。僕達は人には見えない為、見つかる事無く活動できます。さっき朱火さんもメイドになった為、女性からも見えなかったのです」
「見えない!? ……お前、幽霊……なのか?……」
衝撃的な発言に私は恐る恐る聞いた。
「違いますよ! まあ人間の言葉で言う『妖精』みたいな存在だと思って下さい」
信じ難い話だ。
聞いていると『見た目といい、話している事といい、こいつ頭おかしいんじゃないの』と誰だって思うだろう。
しかし、私はコイツが言っている事は本当の事だと信じるしか無かった。
連れてくる事に必死でビリニュスの乗車券を買わずに自分の定期券だけで自動改札機を通っても駅員が気に止めなかった事。加えると朝に起きた出来事。
これらを踏まえると、ビリニュスは明らかに『人ならざる者』だ。
待てよ……。
なにかすごく気になる事がある。
「とにかくお前が人間じゃないという事はわかった。しかし一つ聞きたい事がある」
「何でしょう?」
「お前は人には見えないって言ったな。だが私は普通に倒れているお前が見えた。これは一体どういう事だ?」
「……僕も朝から考えていたのですが、どうしてもわからないのです」
ビリニュスは少し黙ってから答えた。
もちろん自分でもわからない。何で見えるようになったのかも。
「そうか……」
「あ! わかりそうな方ならいます!」
「だっ、誰なんだ?!」
「僕達のご主人様『キサラギ ツバキ』様です」
「ご主人?」
執事服にはちゃんと意味があったんだな。
「はい! ツバキ様はすべての人間達を救う為に僕達をお創りして下さったお方です」
「お創り? 親みたいな人か?」
「そうとも言えます。さらに人間達を幸せにする為に日々研究しておられる御方です。僕達にとっては神様の様な存在でもあります!」
どんな人物かは知らないが話を聞く限りビリニュスはその『キサラギ ツバキ』に聞けばわかるみたいだ。
「じゃあ今日中にでも聞けるか?」
「む、無理ですよ! ツバキ様は高貴な方です。普段は人前にお見えになりません。僕達の前でも顔は見せませんので簡単にお会いする事はできません!」
「そ、そうか……」
なんだ? 急に怒りだしたな。
気軽に聞いたのがまずかったのか?
「あ、すみません突然怒ったりして。とにかくお会いできる日はわかりません」
「ああ。わかった」
「という訳で……これからお世話になります。どうかよろしくお願いします」
「おい……まさか私の家で暮らすのか?!」
「御安心ください。何も食べなくても生きていけますから。寝床が欲しいですけど」
「食べなくても? おい、お前腹が減っていて倒れていたんじゃないのか?」
「すみません。本当はあの女性に一度やられてしまい、その後に探していていたら倒れてしまったのです」
やっぱり。
話し方からしておかしかったんだよな。
「まあ、とにかく別に一緒に暮らさなくてもいいんじゃないか?」
「うーん。……朱火さん。その指輪外せます?」
「ああ、そういえばまだ外してなかったな」
私は左手で右手の薬指にはめている指輪を取ろうとした。
「嘘だろ……」
外れない。
両利きで握力平均四十五の私の力でも抜けないとは……。
「指輪はどうやらあなたの事を気に入ったみたいです」
「気に入った?!」
「その指輪には意思があるのです。気に入った人の指の大きさに合わせて、どんな時でも外れないようにする事ができるのです。戦闘中に外れたら大変ですからね」
あの時本当に指輪が動いたんだな。
「まさか…あの怪物化した人とまた戦うのか?!」
「はい! 僕も朱火さんのパートナーとして精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」
「……」
電車で衝撃的な話をしていたら、いつの間にか降りる駅に着いていた。
降りると、ビリニュスと一緒に家まで歩いて帰り私の部屋まで連れて来た。
ビリニュスの寝床は私のベッドの横の下に敷いているカーペットにした。
ちょうど大人一人分寝られる大きさで、なにも置いていなかったのですぐに決められた。
ビリニュスもお礼を言っていたので満足なのだろう。
ハプニングな出会いは、これから私をメイドとして働かせるきっかけとなってしまった。
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