奇人の磁力は馬鹿を引き寄せるようで……。

桜雪

第1話 魔女の一撃

 その日、腰痛が悪化した。

 中学生の頃から付き合っている腰痛。

「魔女の一撃」とはよく言ったものだ。


 明日から仕事なのに、どうしたものか……。

『明日から仕事だね…憂鬱だね』

 そんなメールが彼女から届く。

 憂鬱をぶっちぎりに超えて腰痛である。


 翌朝、靴下が履けない…着替えられない…階段降りれない…顔洗えない…。

 なんだろう…よほど魔女に恨まれているのか、あるいは私が思う以上に魔女の数は多いのだろうか、いずれにしても集中砲火を受けているのだ。


 仕事……無理でした。

 午前中で早退。

『早退しました』

 彼女にメールする。

『不謹慎だけど逢えるかと思いました』

 返信があった。


 翌日の夕方……。

「あのね~エナジードリンクのゼリー飲んで」

(元気だせと言いたいのだろうか……)

 会社は休みました。

「ソレ朝飲んで元気出す系のヤツだよ…なぜ、この時間に?」

「クジで当たった、一緒に飲もうと思った」

「いや~ホントに今日逢えるとは思わなかったよ~」

「平日に逢うの久しぶりだね」

「うん」

「実は昨日ね…『通』からもメールがあってね…妹からはLineが入って…結構忙しかった」

「何の用だったの?」

「うん…僕が腰痛だって言ったら、温泉に誘われたよ」

「いいじゃん、行って来れば」

「週末に行くと思う…日帰りだけど」

「腰にいいの?」

「いや…ぎっくり腰は冷やした方がいいみたい…大丈夫かな、温泉…」

「さぁ~」


「あのね…和菓子食べたいって言ってたでしょ」

「うん」

「ダメだったの」

「そうなの…僕、甘いの覚悟して昼、麻婆豆腐と、珍しくつけ麺食べた」

「へぇ~つけ麺嫌いじゃ無かった?」

「うん…久しぶりに食べたけど、やっぱり嫌いだわ」


「イタリアンにした」

(麺、連発か~)

「お昼遅かったんだよね…僕」

「うん…予約した」


 オーナーを呼んで、アレやらコレやら良く聞くわ……。

 慣れたけどね。

 彼女は、ホントにオーダーの際、良く聞く……時折、店員さんが不機嫌になっていくのが解るくらいに時間が掛かる。

 今日は一際長かった。

「鹿肉のなんか~写真に載ってたやつ……えっ鹿いないの、秋だけなの?…う~ん」

 こうなると長いのだ。

 予定の変更に極端に弱いのだ。

 悩んだ挙句に

「エビのクリームパスタ・牛肉の炭火焼き・デザート盛り合わせ(特注)」

(重い…胃に重い…財布の負担が重い…)

「聞きたいんだけど…」

「ん?」

 パスタを取り分ける彼女に聞いてみた。

「エビ好きなの?」

「嫌い」

(なぜ…エビ頼む…)

「なんでエビ?ついでにクリームパスタ好きじゃないでしょ」

「うん…カルボナーラは嫌い」

「僕はエビもクリームパスタも好きじゃない」

「なんか、おすすめしてきたから…」

(そこは、言われるままに、あっさり飲み込んだんだ…嫌いなのに)

「はい」

「うん…僕、こんなに食えないよ」

 彼女の皿を見ると…少ないよね!僕の負担多いよね!

「はい…おかわり、エビ入れとくね」

(いや…エビ好きじゃない…)

「肉美味しいね~」

「うん…美味しい、空腹で食べたら、相当美味しい」

 彼女の肉の食べ方は独特である。

 油とり紙で一度、肉を包んで食べる。

「油…胃にもたれる…怒らないでほしい…」

 たぶん、行儀が悪いことは承知しているのであろう、こそこそ隠れてサッと包んで口に運ぶ。

「これソースなんだろ?」

「バルサミコだよ…」

(あっ…拭き取ってるから解らないのか)

「バルサミコってなに?」

(そういう問題じゃないんだな…)


「6,350円になります」

(これは、これで…魔女の一撃だな)

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