終幕:そして彼らは旅路を行く
「――ほれ、出発と行きますか」
「……いや、あの、師匠? 僕、つい数刻前まで過酷な戦闘をしてたんですけど?」
晴れ晴れとした晴天の下。朝日が昇って間もない時刻。二人の旅人が町外れにいた。
そのうちの一人はクラフティであり、その傍らで街の外壁に背中を預けて座り込んでいるのは、ソルである。彼は疲労困憊といった表情で師であるクラフティに訴えてみるが――続く師の言葉は辛辣にして無情だった。
「そんなのはボクだって同じですよ。オラ、文句言ってないでさっさと立ちやがれ莫迦弟子」
「この人ホントに人でなしだぁー……」
そうぼやき、涙目になりながら、ソルはそれでもどうにか立ち上がって己の荷物である大剣を担いだ。
「ていうか、なにをそんな急いでるんですか。夜逃げするみたいじゃないですか」
「似たようなものですよ。こんな大惨事に巻き込まれた街に居残っていると、ギルドからの要請で復興作業やら慈善活動やらに従事させられてしまうじゃないですか。ボクはなんにもしませんけど、莫迦弟子が毎日過酷な労働に従事するのはさすがのボクも心苦しいんですよ」
「――いや其処はアンタもしっかり従事しろよ!」
思わず声を上げるソルに対し、クラフティは「そんなのイヤに決まってんだろうが莫迦弟子が」と一蹴する。そしてついでにと、物理的に弟子の腰に蹴りを一発打ち込んだ。蹴られたソルは「何すんだこの莫迦師匠」と苦言するが、クラフティは「弟子の口が達者なせいで勝手に足が動いたんですよ」と嘯いた。
そしてクラフティは何事もなかったかのようにソルを見上げて、にやりと口の端を釣り上げる。
「――まあ、ともあれ此処にはもう用事もありませんからね。とっとと旅立つが吉ですよ。あの魔剣を使った莫迦弟子の姿も多数目撃されているわけですから、場合によっては祀り上げられるか、晒し物にされる可能性もありますしね」
「……そんなにマズいですかねぇ。あの魔剣」
「
「そこまでかよ……」
クラフティの指摘に、ソルは何処か遠くを見るような眼差しで空を仰いだ。クラフティはけたけたと笑う。
「どうします? どっちの扱いをされるか試しに行きますか?」
「そんな命がけの度胸試しなんて誰がするか」
「うーん。度胸試しっていうのは、本来命がけだと思うんですがねぇ……」
「――おい」
悪態を零すソルに首を傾げるクラフティ。そんな二人の背に声を掛ける者がいた。二人は振り返って声の主を見る。
「――……トールキン・アランドラ?」
「おう」
いたのは、昨日ソルがギルドで清算をしているときに突っかかって来た、あのおの使いの冒険者だった。全身ボロボロなのは、おそらく〈神ノ影〉たちと戦っていたのだろう。それでも五体満足で平然としているくらいには、やはりこの男は腕利きのようだと、何処か場違いな感想を抱くソルを他所に、クラフティが粟を食ったように跳び上がった。
「ほら見たことですか。莫迦弟子がのんびりしているせいで、もう追手が来てしまったみたいですよ――というわけで、ボクはちゃっちゃか逃げますね。アデュー」
という捨て科白を残すと、クラフティは〈踊り踊らされるもの〉を振りかざすと、巨大化したヨーヨーを車輪に見立ててその上に乗り、まるで玉乗りをする道化の如く凄まじい速度で彼方へと去っていった。
その姿に、ソルとトールキンは唖然としたまま立ち尽くし、やがてお互いを見やると、どちらともなく失笑する。
「お前さんの連れ、随分と
「……あれでも恩人なんだよ。変人でもあるけどね」
そう言って肩を竦めるソルに、トールソンは「そいつは災難だな」と零した。ソルは「全くだよ」と苦笑し、トールソンを見る。
彼は厳つい顔の口元の端っこだけを持ち上げて、佇まいを正して言った。
「街を救ってくれて、感謝する」
「壊して回った気もするんだけどね」
「それでも、あの怪物どもを退けたのはお前だ。だから、礼を言わせてくれ。まあ、謝礼は出ねぇけどな」
「それは残念」と軽口で応じて、ソルは微笑んだ。
「丸投げするようで悪いけど、頑張って」
「言われるまでもねぇ。だから、また来いよ。今度は一太刀くらい入れてやる」
にやりと挑発的に笑うトールソンの言葉に、ソルは目を丸くする。そしてくっくっと声に出して笑い「それは楽しみだ」と応じて、踵を返した。
◇◇◇
「――あれ?」
「どうも。随分早い旅立ちですね」
暫くクラフティが去っていった方向に歩いてみたソルを待ち構えていたのは、なにやら剣呑な雰囲気を纏ったミルドレッドだった。彼女は腕を組み、仁王立ちするようにソルの進路を塞いでいる。
そしてどういうわけか、その足元にはクラフティが転がっている。しかも、操糸で簀巻きになった状態で。
「……なにやってるんです、師匠?」
「おお、これはこれはのろまな亀よりもよっぽどのろまな歩みの莫迦弟子ソルではないですか。とっとと貴方の敬愛し、尊敬し、崇拝するこの師匠を助けやがれ蛆虫君が」
「一生そうしてろ」
随分とふざけた発言をした師なる人物の発言を一言で切り捨て、ソルはミルドレッドを見た。
「……なんか用かな、
「直に、ギルド長が手配した周辺の援軍が来るでしょうから、それはその人たちがやってくれますよ。ですから、私は私の目の前にいる要注意人物二人を監視しようかと思いまして」
「あわよくば、巡回騎士協会にでも連行する?」
からかうように言うと、ミルドレッドは溜息をついた。「出来たらそうしたいですけどね」と苦笑を浮かべ、少女は銀髪を揺らしながら言う。
「どうせなら、貴方たちが自ら飛び込んでくれるように仕向けようと思いまして」
「それは興味深い。是非、拝聴しようじゃないか」
ソルはにんまりと笑って、ミルドレッドに続きを促す。すると、彼女は不敵に笑った。
その表情に、ソルは僅かに警戒する。だが、彼女はそんなソルの態度を嘲笑うように笑みを深め、言った。
「――ユーフィル王国の王都。其処にファーレスの魔剣が一振り、存在します」
その発言に、ソルはぎょっとする。そして慌てて簀巻きになっているクラフティを見た。するとクラフティは暫く中空に視線を彷徨わせた後「あー、そういえば」と相槌を打つ。
――この莫迦師匠が! と、ソルは胸中で毒づいて溜息を零す。
そんなソルの様子を見て、ミルドレッドは勝ち誇った様子で胸を張った。
「どうですか、この情報。貴方たちにとっては大変価値あるものでしょう? ですがもう一つ言っておきますが、その魔剣はユーフィル王国の王城にあって、そしてその魔剣は、ユーフィル最強の騎士が所有していますけど?」
暗にそんな魔剣を確かめられますかね? と挑発されているのだ。その事実に「うわ……この
「私と一緒に足を運ぶ気があるのでしたら、渡りをつけてあげないこともないですけど」
「――……だそうですよ。師匠」
「乗っちゃえばいいのでは?」
どうしたものかとクラフティに訊ねると、いつの間にか簀巻きを脱していたクラフティが、あっけらかんと答えた。「良いんですか?」と視線だけで問えば、クラフティは大仰に頷いて見せた。
「どうせ、そのうち行ってみるつもりではいた場所のひとつですからねぇ。これもまあ縁ってやつですし、渡りに船でもあります。話をつけてくれるなら、それに越したことはないでしょう」
「でも、行った途端拘束される可能性もありますよ」
ちらりとミルドレッドを盗み見れば、彼女は「それは保障しません」と言い切った。そりゃそうだろうと、ソルも思う。こちらは大陸中の人間が欲しがっているファーレスの魔剣を複数確保しているのだ。どうにかして協力を取り付け、その恩恵にあずかりたいと思う人間は、幾らでもいるだろう。
そんな風にソルが危惧していると、クラフティはぽんとソルの肩を叩く。
「まあ、ボクと莫迦弟子にかかればその辺の国の兵士など烏合の衆ですよ。警戒するべきはその魔剣を持っている件の騎士と、女王くらいでしょう」
「え、国主と正面衝突するつもりなんですか、アンタ」
「場合によっては仕方ないでしょう」
「んなことしたら大陸全土に手配待ったなしなのに、躊躇いがないのは何でだ!?」
頭の中に常識が欠如している人は、やはり考えることも口にすることも常識外れという見本のような発言に、ソルは声を荒げてクラフティの胸倉を摑み思いのたけを訴えた。
が、クラフティは「うっさいわ」とソルの眉間に頭突きを叩き込み、物理的に沈黙させる。あまりの痛みに声も発せないソルをよそに、クラフティはミルドレッドに対し右手を差し出した。
「さて、うるさい莫迦弟子は放っておいて――ミス・ミルドレッド。その申し出、受けさせてもらいますよ」
「……ええと、言った側が言うのもどうかと思われるかもしれませんが、よろしいんですか。罠の可能性とかは……」
「あるんですか?」
「へっ!? いや、あの……たぶん、ないかと――」
「なら、問題ナッシングですよ」
クラフティの差し出された右手を前に、逆に及び腰になるミルドレッドの疑問などわずかばかりも慮ることをせず、クラフティはにこりと笑った。だが、その笑みに逆におびえてしまうミルドレッドの様子を見て――気持ちは判ると、ソルは心の中で同情した。
そうしているうちに、クラフティとミルドレッドは握手を交わし、ぶんぶんとその華奢な姿からは想像もできないような勢いでミルドレッドを振り回したクラフティは、悲鳴を上げる少女を無視してソルを振り返る。
「ほれ莫迦弟子。いつまで其処で蹲っているんですか。ちゃっちゃか次の街に向かいますよ。美味しいものが、ボクを待っています!」
「言っておきますけど、僕らの旅の目的は
全くぶれることのない師の発言に、呆れて嘆息するソル。そして――
「――た、助け……っ、目が回ってッッッ」
いつまでも上下に振り回され続けている少女を哀れに思い、彼は助け舟を出すべく、
「あと、そろそろミス・ミルドレッドを開放してあげてください。師匠」
――目を回す少女を見上げながら、そう言ったのだった。
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