第46話

(まずい、羽化寸前だ。蟲達は我が引き受ける。貴様は繭を壊せ)


そう言うとダ・ブーンは俺から離れ、単身蟲の蠢く巨大な球体へと突撃して行った。

見た目は単なるカブトムシなのだが、蟲の王と呼ばれる存在だ。大丈夫であろう。


問題は繭だ。ピキリピキリと音を立てて、亀裂は徐々に広がっていやがる。

今まさに変態を遂げようとしている。ヒビからは強い生命力を感じ取れる。急がねば。


魔力を高め、速度を一気に上げる。ぐぅんと恐ろしい圧力が身体にかかるものの、耐え切れない程ではない。瞬く間に近づく繭に対して、何故かこっちの世界にくる直前の、あの特攻の事を思い出していた。


そうだ、あの時はションベンをちびる程恐怖していた。未練を羅列しながら死に逝く状況に近いからか。確かに今死ぬ訳にはいかん。未練はある。

だが、あの時程恐怖している訳では無い。前の世界の飛行機棺桶よりも、この蟲の鎧の方がよっぽど丈夫だと思うからか。果てさてそれともこの身体より滾る魔力こそが自信の根源なのか。

理由はわからん。しかしあの繭がいくら硬かろうと、アグノ・バルクは間違い無く貫く。これは確信だ。俺自身の魔力とアグノ・バルクの魔力が混じり合うのを感じる。あの繭より感じる力よりも、圧倒的に強い力だ。


更に加速すると、見えない何かにぶつかり、同時に森が揺れた。それより刹那、繭を貫いた。


(やったか)


ダ・ブーンの声が頭に響く。今あいつは何をしているのだろうか。ポノラとメイを救出できたのだろうか。確認はできない。今そっちを見る訳にはいかない。


糞、確かに繭は貫いた。だが中身は貫いていない。何か硬いものにぶつかり吹き飛ばしたように感じたが、果たしてどうなのか。


一度着陸する。視線の先で堆積された落ち葉が舞い上がっている。それに隠されているが、間違い無く何かいる。


その時だった。落ち葉を切り裂き俺目掛け何かが高速で飛来する。鋭い木の枝だ。それを避けようと動くと、糞、軌道を修正してきやがった。

改めてそいつをかわす。幸い二度曲がる訳ではないようだ。しかしこれで確定だ。


「ダ・ブーン!生きていたぞ!しかも魔法使いだ!」


枝を曲げたのは間違い無く魔法だ。俺がマリティを人質にして逃げていた時、城の衛兵どもが使った魔法だ。食われた二人も使えたのか。

糞、よくよく考えれば国境付近の上にあんな危険な森の近辺を警備する人間が単なる下っ端な訳無いか。


舞い上がった落ち葉は全て落ち切った。そこには尻餅をついた人影が見える。そう、人影だ。

あんなに馬鹿でかい繭の割に、そいつはひどく小柄であった。といっても立ち上がると身長タッパは二メートル近くありそうだが、前の姿から思えば随分と小さくなっていやがる。


推定マレフィセント・ブーン。そいつはのっぺりとした人の頭にハエのような真っ赤な目を持ち、口はカマキリの如く悍ましく、バッタのような長い触覚をたなびかせている。

人と似た背格好ながらも腕は四本。太く逞しい脚が二本。そのうち二本の腕はひどく損傷している。おそらくあの腕で受け止めたのか。紫色の体液がボタボタと滴り落ちている。

凹凸のない鎧のような体は濃い緑色で、うっすらと濡れたように怪しい光沢を帯びていた。僅かに覗く尻に当たる部分にはクモの尻に似た膨らみがあった。


前の姿はごちゃ混ぜの不安定感があったが、今の姿は蟲を上手く人型に落とし込んだ印象だ。


「おいダ・ブーン、あれこそ蟲の王ではないか……」


……返事はないか。とするとポノラとメイを救出している最中なのだろう。するとあいつは一人でやるしかないか。

糞、しかしあの突撃でも腕の損傷ですむのか。生半可な攻撃では通じないかもしれない。


ならば空中で牽制しつつ、隙を作って大技を決める他ないな。


覚悟を決め、再びアグノ・バルクを握り直す。奴も立ち上がり体制を整える。吹き飛ばしたことにより多少距離はあるものの、相手は蟲だ。一瞬で詰められるかもしれない。


再び浮上する。それに合わせたかのように奴は4本の腕を挙げた。魔力を込めてる。何をする気だ。

何かするというのであれば、何かする前にやるまでよ。一気に加速させる。今度こそ貫いてやる!


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