第38話

もとの世界の虫の中には新鮮な葉っぱを食うものや、腐葉土を分解するものなど色々なものを餌とする虫がいた。勿論虫を食う虫もいた訳だが。

だがもしその様な食性の虫ばかりなら、虫と植物による食物連鎖があるとすれば、果物を探す行為など無意味では無いか?

疑念が頭をよぎる。それと、もう一つの悪い可能性も。

近くに生えていた、まだ俺の背丈程しか無い若木の根元を掘る。この予感は外れて欲しい。だが、俺の予想は明察であった。


若木の根元は果たして一本の太い別の根っこと繋がっていた。これの意味するところは、この森の木々は種子による繁殖を行わないという事だ。竹の様に地下茎から繁殖するのか。糞。


行動指針を改めなければならないな。食料はいっその事諦めて、ポノラとメイを探そう。二人が近くにいれば気配で何となく分かる。つまりこれまでの道中よりも移動速度を上げられるという事だ。


そう決めた時だった。遥か後方からガサガサと落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。もしや二人か。期待を込めて振り向き目を凝らす。二人では無い。男二人。手に槍を持ち、鉄の胸当と兜と鉄甲を装備している。何故か背中に冷たいものを感じる。もしや、昨日話に出た街道の警護隊か。

隠れ様にもあちらも既に俺の姿を捉えてやがる。仕方ないと、アグノーの爪を握り直す。

距離にして40m程といったところで、そのうち一人が話しかけてきた。


「こんな所で何をしている。この森は国境であり蛮族を隔てる重要拠点であり超危険区域でもある所だぞ。ほら、一緒に森を出るぞ」


うむ、至極まともな意見だ。連行するだとか言わず、あくまで保護だと匂わせる。

だが、騙されない。もう一人の男は手元の紙と俺の顔を仕切りに見比べているし、話しかけてきた方も口元のニヤケを抑えきれていない。

おそらく手元の紙は手配書だろう。街道警備中に怪しい奴等を追ってみれば、そこには大手柄が待っていたと言った所だろう。


呼び掛けに応じないのに痺れを切らしたか、間合いを更に詰めてきやがった。


「大人しくお縄につけ!貴様は大日本帝国海軍神風特別突撃隊曹長の神童典行だろう!国から保護命令が出てる。安心しろ、手厚く保護しろとの事だから、悪い様にはしないぞ!」


「そうだ!俺達の出世の為にも大人しく捕まれ!怪しい奴がいたからとこんな森にまで踏み込んだ、職務に真面目な俺達の為に!」


余計な事を言うなと頭をどつかれた手配書を持った男。全く冗談の掛け合いなら他所でやって欲しい。まあだがやはり予想通りだったな。

しかし何故か冷や汗が止まらない。この二人、それ程の手練れなのか。あまりそう見えないが。


「キキ……」


金属の削れる音がした。未だ掛け合いをしている男達からでは無い。そもそも気付いたそぶりを見せない。音と共に体温が一気に下がる。まるで細胞単位でここから逃げろと叫んでいる様だ。


大気が動いた。次の瞬間、男達は何かに頭から串刺しにされていた。それの正体は判らない。しかしそれが何かは判った。頭上に伸びる太い触手。その先を辿ると、巨大な樹木にへばり付く、巨大な蠢く何かであった。


トンボの様な目。キリギリスの様な長い触覚。観音開きの鋭い歯の付いた口。その中から飛び出す無数の触手。頭のすぐ付け根からは、細く長い蜘蛛の様な脚が左右に八本。体はまるで脚のないムカデだ。それを樹木にグルグルと巻きつけたいた。土色をした体の全長はロブロジャーラの半分程、つまりは20m程か。十分でかい。


そいつは串刺しにした男達を飲み込むと、俺に一瞥だけして去って行った。食うつもりはないらしい。臭いがお気に召さなかったか。

脚で樹木にしがみ付きつつ、体を別の木に巻きつける移動方法。不気味な程に音がしない。先程の金属の削れる様な音はあれの警戒音だったのか?


姿が見えなくなり、ようやく寒気が引いた。あれがダ・ブーンだったのか。それともああいったのが無数にいるのか。全く判らんが、俺はようやくこの森の危険度を実感したのだった。

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