第26話

「すまない、無理だ」


「ほう、それはどうしてかねぇ」


即座に断りを入れてもスターリッヒ殿は全く意に介した様子もなく、とりあえず理由だけでも聞いてやろうたいった風だ。


「……ポノラにもキチンと話をしていなかったな。スターリッヒ殿、すまないがゴブリン族の魔法を使えるのならば使って欲しい」


言葉を覚えたと言っても難しい言い回しや知らない言葉らまだまだある。話の腰を折りたくないので、ゴブリン族の意思疎通の魔法を用意してもらいたいところだ。

スターリッヒ殿はメイ殿に目配せをすると、何かをぶつぶつと唱え始めた。その間にメイ殿は後ろの棚から水差しと人数分の杯を取り出し、そこに赤みを帯びた液体を注いだ。

各々に杯を回されるが、ポノラはこの魔法を知らない為に飲み干すことを躊躇していた。そこで手本として俺が率先して飲み干すと、意を決したのか目を瞑って一気にあおった。すると机の上にゴチャゴチャと置かれた物が光り出した。成る程、使うことを見込んで予め設置していた訳か。


「ねえスターリッヒ様、この魔法は?」


おお!ポノラの声が日本語として聞こえるぞ。魔法は成功か……いや、何か違うな。何だったか……


「ゴブリン族の秘術、精神感応テレパシーの頒価版といったものかねぇ。被術者の心の内を読み心に語りかける原版とは違い、相手の言葉を翻訳する魔法だ。流石に原版の再現に至るには時間が足りなかったが、取り敢えず会話には問題ないはずだねぇ」


おお、そうだった。あの魔法は心に語りかけてくるような魔法だった。しかしこれは耳で聴き取れる。


「凄い魔法。それに、原版は恐ろしい魔法。心を読むなんて……」


「魔法なんて多かれ少なかれ恐ろしいものだ。……さて、聞かせてくれるかねぇ。何故メイを連れていけないのか、ポノラちゃんに何の関係があるのか」


「俺はこの国から追われている身だ。召喚された時俺はマリティ……いや、マリティルトアップルキット姫か、その姫を人質に取り城から脱出した。マリティルトアップルキット姫は俺を必ずしもべにすると言っていた以上、必ず追っ手を向けられているだろう。だから連れて行くわけには行かない。ポノラも、ここまで連れてきておきながら申し訳ないが、ここで解散しよう」


そうとも、一国の姫にあんな事をしてしまった以上、俺は犯罪者だ。ポノラを送り届けると思っていたが無理だ。俺の都合に巻き込むわけにはいかない。

そう覚悟を決めて申し明かしたのに、周りの反応は俺の考えていたものとは全く違っていた。


「なんだ、そんなことかねぇ。知っとるよ、手配書だって回ってきている。捕らえたものには金一封をとねぇ。ただ、ノリユキちゃんはこの村に莫大な富をもたらしてくれた。恩人だ。この村には恩人を売るような人間なんていない」


「ノリユキ、追われてるのはこの国だけでしょ?一緒にラビリラビアに行こうよ。それに言葉の通じなかった時、ノリユキは私の家まで送ってくれようとしてたよね?招待するよ。一緒に行こう!」


「お祖母様もポノラさんもそう言っているならば、あなたは何も気にすることなどないかと」


いや、犯罪者に着いて行くというのはそんな軽いものなのか?この世界の常識というものが分からん。大丈夫なのか?

腑に落ちない様が顔に出ていたのか、メイ殿はそれにと話を続ける。


「近々私もこの国を出てラビリラビアに向かうつもりでしたので、脱国が早いか遅いかの差しかないかと。脱国は犯罪かと。ならば犯罪者同士、仲良くしたほうがよろしいかと」


脱国?国を出て行くということか。成る程、敵対国に向かうならば確かに犯罪者の烙印を押されるだろうな。

国を出る理由を問えば、スターリッヒ殿の占いの結果だという。


「結婚を迫られている殿方がいて、かなりの権力を持っているのではぐらかせこそすれ、断るのはかなり難しいかと。それにはぐらかしもそろそろ限界かと。だからお願いします。私を連れ出してください」


美人にこんなお願いをされるなんて、中々来るものがあるな。糞、ポノラの視線が冷たい。


俺が返事をしようとした時、建物の玄関を叩く音が聞こえた。


「……ああ、問題がやってきたのだと」


メイ殿は大きく溜息をつき、玄関へ向かって行った。

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