第24話

村の中央にそびえる一際大きな建物に入ると、巫女装束の様な服を着た若い女に案内され奥へと向かった。

奇妙な部屋だ。六角形の部屋の窓は全て暗幕で塞がれており、灯りと呼ぶには心許ない蝋燭が揺らめいている。何か香でも焚かれているのか鼻が上手く利かない。まあ幸い目は良いので、部屋の中の様子はよく分かる。四つある棚には何に使うのか分からない乾燥させた植物や何かの頭蓋骨、蝋燭の火を反射し微かに光る鉱石、分厚い本の様なものなど怪しげなものが所狭しと並べられている。

そして中央にはゴチャゴチャと物の置かれた大きな机と重厚な椅子があり、椅子と比べて随分と小さな何者かがゆったりと腰掛けていた。


「よく来たねえ。あたしゃあこの村で占い師をやっておるドラゴネルト・スターリッヒと云う者だ。突然呼び出して悪いが、少し聞きたいことがあってねえ」


名乗りをあげるとともに指を鳴らす。すると天井の辺りに人魂みたいなのが現れて部屋一面を照らした。裸電球ぐらいの明るさか。魔法とはまあ、便利だな。


部屋が明るくなったことによりドラゴネルトと名乗る者の顔がよく見える様になった。婆さんだ。かなりの婆さんだ。ちんちくりんな婆さんな巫女装束を着ている。顔には歌舞伎者の隈取りよ様な化粧を施し、鉄匙の先の様な丸い耳飾りを着けていた。


「……ノリユキ、この人名字持ちだよ。偉い人だよ」


ポノラがコッソリと教えてくれた。名字か……どっちが名字だ。まあ、困った時は階級で呼べば良いと聞いた事もある。


「占い師殿よ。聞けば命を救って頂いたそうで。感謝します」


「良い良い。十分すぎる対価は貰った。まさかあの怪鳥を仕留める人間がいるとはねぇ。あと、スターリッヒというのが名字だよ。所で聞きたい事だが……」


朗らかに笑っていた顔を強張らせ、スターリッヒ殿は話を続けた。


「ポノラちゃんからゴブリン族からの手紙は貰った。彼らは一体どうなったのか教えてくれんかねぇ」


手紙か。すっかり忘れていたが貰ったのは地図ともう一通あったな。それの事か。


「それを話す前に、手紙には何と書いてあったか教えて欲しい。俺もポノラも読めなかったんだ」


ゴブリン族の字は特殊だからと言うと、スターリッヒ殿は俺達の後ろに控えていた若い女に手紙を持って来させた。


手紙の内容は概ねこの様なものだった。


森に住むゴブリン族の大半は散り散りになって逃げた。もしそっちに来たら保護して欲しい。

この手紙を預けた男(俺か)は異世界より来た人。ゴブリン族の勇者でも手も足も出ない。連れにトト族もいる。できる事なら力になって欲しい。

お願いばかりで申し訳ないので秘術をこの手紙に記す。


「もう大分前になるかねぇ。国の調査隊がゴブリン族の秘密の通路を見つけて、そこから森の開拓拠点となる村を建設しようという計画があったのさ。今の所王都からこの村まで来ようとすると何ヶ月もかかるが、森を直通できれば格段に早くなるだろうと夢見た若者が何人もいたねぇ。そうすれば、この村はもっと豊かになると信じてね」


懐かしむ様に遠くを見るスターリッヒ殿。ただ、と頭につけて話を続けた。


「後で知ったが、調査隊の隊長は生粋の人間主義者。ゴブリン族とかち合ったらどうなるかと心配していたのだ。案の定、時々は来ていたゴブリン族はパタリと来なくなった。しかしこの手紙だと、そうか……」


「……彼らは立派な戦士だった。村を奪われ、同胞の死は辱められ、何とか女子供を逃しながらも、最期は己の矜持の為死地へと向かっていった。遠く村から離れた先で見た煙はきっと彼らの意地の狼煙だったのだろう」


そうかい、と言ってスターリッヒ殿は俯いてしまった。

長い沈黙が、俺には黙祷の様に思えた。

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