第10話

兎の耳を生やした謎の少女ポノラ。随分と捌き方の指示だとか野草の採取だとかが手慣れていたが、これはこいつが凄いのか、現地民なら子供でも当たり前なのかの判断に困る。それに、どうやって火を起こした。外套の中に何かを隠し持っていたのか。


さて、まだ陽は高い。この内に山を一気に下りたいが、ポノラをどうするか。言葉が通じない以上わからない事はわからないで済ますしかないが、再びあんな獣に襲われでもしたら目覚めが悪い。流石に一緒に飯を食ったわけで、情ぐらいわく。


余った肉の一部を馬鹿でかい葉っぱで包んでいるポノラをどうしたものかと見ていると、あいつの兎の耳がピクピクと動き出した。仕切りに辺りを見回す。敵か?いや、気配はない。

ポノラは俺に先程肉のついでに捌かせた内臓を掴み、茂みの方へ走って行った。あそこは俺が飛び出した所だな。とすると、先程喉を潤した沢の方へ行ったのか。


小柄な為木々の間をスルスルと進むポノラ。かなり速い。が、それでも俺の方が速い為すぐに追いつけた。

ここは……やはり先程水を飲んだ沢だ。ポノラは一心不乱に水を飲んでいた。元々喉が渇いていたのか?それとも肉を食べたから喉が渇いたのか?まあ良いか。

十分に水を飲んで満足したのか、次に手に持った内臓をジャバジャバと洗い出した。形からして胃袋か。しばらくすると水の濁りが無くなってきた。洗い終わったのか、次に両端に付いている管みたいなのの片方を結び、もう片方から水を入れている。


「ダ、ズー-トッタイエ。ズー-トッタ」


水でパンパンに膨らんだ胃袋を指しながらポノラは言う。なるほど、水筒か。……生の内臓をそのまま水筒にして良いものなのか?

ポノラはそこらから細い蔦を拾ってきて、器用に入口を縛り自身の外套の中に仕舞い込んだ。


その後もポノラは再びアグノーの死骸の所まで戻り、そこからあの脇差程もある鋭い爪を俺にとらせた。残った死骸には流石に肉もまだまだあるし毛皮も勿体無い気もするが、まあ持ちきれないから置いておこう。他の獣が喰らうだろう。


「ラ、グラ、モレーンイエ。ホウホウホーウ!」


爪を布で包んで再び外套の中に仕舞ったポノラはもうそれは嬉しそうな顔している。

駄目だな。もう完全に情が移ってしまった。こうも短時間で情が移るのか。やはり、言葉を交わせるのは大きいのだな。

こうなってしまっては仕方ない。ポノラの住処まで送るか、それが難しくてもせめて下山ぐらいは手伝ってやろう。


「ポノラ」


「パン?」


「俺、向こうから来た。お前、どこから来た?」


「パン?」


身振り手振りで説明するが、どうも伝わらないな。そもそも俺自体が逃走中で、どこから来たも糞も無いのだが。

何度か同じ説明を、同じ身振り手振りを繰り返すと、ようやく何となく伝わったのか、俺が来た方向とは逆方向を指差した。


「バッチョ!」


バッチョ?集落の名前か何かか?

ただ、指差した方には何もない。というより空を指している。本当に方角だけ指したのだろう。まあ、十分だ。

ただ、指差した方角を中心に凝視しても集落らしき物など全く見えない。俺は飛行機乗りだから目はかなり良い。視力だって2.0は余裕であった。しかも今の身体なら双眼鏡いらずよ。その俺の目をもってしても何も見つけられない。


もしもこの目の届かぬ先に住処があるとすれば、恐ろしく遠いだろうな。とても女子供がそう簡単に移動できる距離ではない。何かキナ臭いな。


「俺、あっち、行く。ポノラ、どうする」


再び身振り手振りで説明する。しかしこう動作を交えて説明すると何故か片言になってしまうな。

するとポノラは先程指差した方向へ走って行った。まあ流石にさっき知り合ったばかりの人間が付いてきたら怖いか。

と思ったらポノラはこっちを見て手招きしている。


「ル、コイイエ!コイコイ!」


コイ……来いって事か?もしかしたら住居まで案内してくれと勘違いされたのではないか。


大人しく付いていく。ポノラは時々耳をピクピクとさせて辺りを警戒するくらいで、かなり速いペースで山を下っていく。


ただなあ。


「ポノラ、乗れ」


遅い。勿論俺と比べて。流石に追われている身だ。さっさと行かないと追いつかれる危険がある。

俺はポノラの前で屈み背中を指差す。これはすぐに伝わったのか、すぐにポノラはピョンと飛び乗ってきた。


「ホウホウホーウ!ラ、シャイエー!」


そこからは速かった。右手には忍者刀を持ち、左手で背中のポノラを支える。多少の崖とかは飛び越え、蔦だとか小枝だとかはバンバン切り払っていく。山を下るというよりも転がり落ちるような速さだ。こう駆け抜けていると自分が天狗にでもなった気分になる。

ポノラはポノラでかなり興奮している。何か奇声を発している。臆さないあたり、こいつはかなりの大物だろう。逆の立場なら正直御免被りたい。


獣の気配は流石にチラホラと感じるが、一向に襲われる気配が無いな。どちらかというと逃げられている。まあ驚いて近付かないんだろうな。


こうして特に何事もなく山を下りる事が出来た。下りた先には先程山頂付近から見えた川があった。ポノラは川の流れの先を指差している。日はまだ高い。ポノラもまだ元気だ。

俺はポノラを背負ったまま、川沿いを辿って下流を目指すのだった。

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