第2話
身体が水の中に沈められた様な感覚だ。そのくせ全く息苦しくない。
酷く気怠い。このまま何もしたくない。木の葉の如く流されていたい。目を開けるのすら億劫だ。
「……………」
それなのに、先程から俺に向かって何人かが声をかけている気がする。今は放っておいてほしい。俺はお国の為に命を使い、今まさに地獄に堕ちようとしているのだ。……うん。地獄とは堕ちるものであり、決して漂うものでは無いはず。さては偉そうな糞坊主め、嘘を吐いていやがったな。これはあの糞坊主も地獄に堕ちるはずだ。次に会ったら説教してやる。
「……………」
ああ、五月蝿い。誰だ、死人にまでこうも語りかけてくるのは。地獄の獄卒か、はたまた閻魔大王様か。いや、どちらも居ないに決まっている。糞坊主の語る内容にあったことだからな。
「……………」
しかし、本当に閻魔大王様であったならばどうするか。シカトをこけば舌を抜かれるやもしれん。ううむ、舌を抜かれるのは怖い。ここはまあ目ぐらい開けてみるか。
恐る恐る目を開けると、そこには何も無かった。俺はただ闇の宙空をプカプカと浮いているだけだった。声の主はどこにもいない。
「……………イエ。……………イエ」
何だ。どこだ。人様を呼ぶのに姿を現さないとは不届き者め。そもそも何処の国の言葉だ。聞き慣れぬ言葉だ。聴き取れない。メリケン語か。いや、何か違う。支那でもないな。何なんだ。
次の瞬間、閃光と共に世界が一瞬で変貌した。
俺は特攻時の飛行服のままの格好で、全く訳の分からない場所に居た。
赤い絨毯。金色の椅子。大理石の柱。白亜の壁。見た事のない紋様の描かれた垂れ幕。巨大な壺。馬鹿でかい絵画。立派な彫刻。その手の物にてんで疎い俺でも分かる。これは全ては超一級品だ。
周りには全身金属の甲冑を着込んだ奴が俺を囲む様に十人。顔まで隠してる所為で面が拝めん。それに金色の椅子に踏ん反り返っている彫の深い髭面の短躯肥満。頭に王冠なんぞ乗っけている。それに、目の前にいる金髪の女。顔が明らかに大和民族とは違う。何というか鼻が高くて彫りが深く、雪の様に肌が白い。ひと目見て美しい。しかし、何故かその表情は不気味な笑みを浮かべていた。
「イラカナイエ。ポウ、ポウ、イラカナイエ。ル、エンペス-ノウライエ。ラ、クルナラクルク-サヘイノ?」
何語だ。何だこの状況は。
俺が惚けていると、どうやらその態度が気に食わなかったのか、女が顔をしかめる。
「ラ、ペルトイノ?ル、スフェル-ウ。ラ、クルナラクルク-サヘイノ?」
わからん。何もわからん。
推測するに、俺はあの特攻に奇跡ながらも生き長らえたのだろう。とすると捕虜として捕まったのか。ここは連合国軍の何処かしらの国で、きっと今尋問を受けているに違いない。
いや、無理があるな。何故なら俺は飛行服のままだからだ。あの状況で例え五体無事となっても服まではどうする事もできまい。何故か綺麗になってるから新品を着せた線も考えたが、無駄な上に腰に付けた御守りがしっかりと付いたままになっている。
全くもって理解不能だ。
「ル、ペルトドス!ラ、クルナラクルク-サヘイノ?」
む、あの女かなりトサカに来ているようだ。
しかし先程から同じことを聞かれている気がする。
「我は大日本帝国海軍神風特別突撃隊曹長の神童典行と申す。貴女らが先程から何を申しているか分からぬ故、国際条約に基づき……うお!?」
伝わったと思えぬが念の為身分を伝えようとした所、右手の甲が突如光りだした。こ奴、妖術使いか。しまった油断した。
「貴様、何をした!」
「ああ、やっと言葉が通じたわね」
俺の怒声の気迫に押されたか、女は少し後ずさりながら、それでも努めて冷静に話しかけてきた。
しかし、うん、言葉がわかる。しかし何だ、何なのだ!口の動きと聞こえる言葉が合わない。気味の悪いことだ。
「あいにく妾とお主しか言葉が通じないが、されど言葉が通じるという事は妾の使い魔になる事を了承したのであろう」
な、何なのだ!使い魔だと!
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