石ころ使いの気ままな日常

なんとかさん

第1話 便乗して異世界

何事をこなすにしても、最も目立つヤツはだいたい決まっている。生まれた時からそういう運命であったとしか思えないような、そんなヤツらを総じて僕らはこう呼ぶ。『主人公』と。


『主人公』というのは、並大抵の努力をせずに色んなものを掻っ攫っていってしまう。

そのうえで、努力までして『ヒロイン』を助けるもんだから、僕らのような平凡を極めた『モブ』には手を伸ばそうにも届かない所に常にいやがる。

これら全ての『役割』は生まれた瞬間...いや、生まれる前から世界に刻み込まれているのだろう。きっと死ぬまで覆せやしない。


いつだって、どこにいたって。

僕は僕のままで、『モブ』のままで生きていくしかないのだった。


そう。それが例え、放課後に忘れ物を取りに来た教室に入った途端異世界に飛ばされたとしても、だ。


まず、勘違いしないでもらいたいのだが、この物語は僕を起点にして起きたものじゃあない。

むしろ僕は、『主人公』たる資格を持って生まれた誰かの物語に便乗したに過ぎない『モブ』なのであった。



教室のドアを開けた時襲ってきた光が晴れ、あたりの景色を眺める事ができるようになっている。

明らかに室内ではないのは何となくわかっていたが、いざ目を開けば予想以上の光景が広がっている。

見渡す限り砂と青い空が、そして双頭の犬っぽいのやらワイバーンっぽいのやらが我が物顔でそこら中にいた。


幸か不幸か、こちらには気づいていない様子だ。


ふむふむ...


地面に足がついているという謎の安堵感によりやっとのことで状況を飲み込んだ僕は試しにボヤいてみた。


「モブの異世界転生とか、誰得だよ...」


もちろん、返答を期待した訳では無いけど、少しだけ虚しさを感じる。

あぁ、誰か。

元の世界のように僕に話しかけておくれ。


「君に話しかける人なんて元の世界にも居ませんでしたよね?」


こんな不躾に人の心を覗き込んでくる輩は1人しか知らない。だから、振り返らなくても誰だかすぐにわかった。


「失礼な事言うなよ、委員長。あんたが知らないだけで、画面の向こうには結構いたぞ。」


「あなたが知らないだけで、画面の向こうには一人もいませんでしたよ。」


「え、マジか。」


「もちろん、冗談です。」


この物語の『主人公』の資格を与えられた人物が顔見知りだった事により一層の安心感を得た僕と、知らない土地で知っている顔を見つけ胸をなでおろした委員長は、元の世界よろしく寸劇を繰り広げる。

ちなみに、委員長とは僕が付けたあだ名で、彼の役職を正しく表記するなら生徒会長だ。

二年生にして生徒会長の肩書きを持つ彼のことだから当然のように教師受けがよくリーダーシップがあり、皆に好かれている。生真面目を絵に描いたような人間、と誰かが評していた。これは、なかなか的を射た、あるいは、当を得た意見と言える。つまり、生真面目さを絵に描いている人物もまた存在し、それは、委員長本人であるということにほかならない。

素の委員長は、真性のオタクだ。

僕から見てもそうとは思えないほどに上手に化けているあたり、家でもそうなのではないか、と勝手に邪推してたりするのは内緒。


「ともかく、これからどうします?」


委員長が言い出さなかったら僕が言っていだであろうセリフを委員長が言う。僕らは生きる為に次の行動を起こさないといけないのだから、当然といえば当然の結論を、具体的には、この世界の基準がどうだか知らないけど、『始まりの村』に向かう必要がある。そして、ここがどこだかわからない以上、どの方角へ行くか、それこそ命懸けで決めなければいけなかった。


「僕ぁあっちの川らしきものが見える方へ行くべきだと思うがね。」


「ほう。しかし、それでは怪物達の横を通ることになると思うのですが?」


「んー、なんとかるっぺ」


「...根拠はないのですか」


口にはしないが根拠ならあった。

なにせ、『主人公』がついているのである。物語の序章で死んでしまっては続かない。だから、大丈夫だ、なんて他力本願がすぎて、とてもじゃないが言えやしない。


語らぬ僕に何を感じたのか委員長は覚悟を決めたように僕と並ぶ。


これから始まる異世界ライフに踊り狂う心を必死に抑えて、僕らは一歩、足を踏み出した。

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