一年ちょっとのなりゆき相談所
瀬縫 純
第1話 宣告
僕の余命はあと一年ほどらしい。
ついさっき医者から宣告された。
体調の変化には気付いていたが、元来の病院嫌い。
それに臆病な性格が相まって放置していた結果がこれだ。
もう手遅れらしい。
なぜもう少し早く来なかったと医者に説教されたが、なんの異常も感じなかったと嘘をついた。
そういう狡い人間なのだ。
そもそも今回だって、会社の健康診断で病院に行くよう言われ渋々来ただけで、出来ることなら来たくなかった。
病院という場所は胡散臭くて大嫌いだ。
医者から余命宣告された直後は、さすがにショックだったのか医者の言葉が一つも頭に入ってこなかった。
身体が冷たくなっていく感覚を味わったのもこの時が初めてだった。
ただ、今ではもうすっかり落ち着いている。
初めこそショックだったが、徐々に冷静になり色々な事を考えられるようになってきた時、何故そんなに死ぬ事を恐れるているんだろうという疑問がわいてきた。
死ぬ事に何か問題があるのか?
いくら自分に問い掛けても、一つとして生きていなければいけない理由が浮かばなかった。
何の問題もなかった。
なぜなら、僕には死んで悲しむような人もいなければ、この世への未練も一つも無いのだから。
だからこそ何の問題もないのだ。
冷静になればなるほど、どんどん余命一年という事実を受け入れられた。
受け入れるというより、諦めがついたという方が正しいのかもしれない。
数分後には、すっかり落ち着いて医者の言葉に耳を傾けられるまでになっていた。
その後、医者から提示された選択肢は二つ。
一つは投薬治療。
薬で病気に対抗する手段である。
ただ、医者が言うには効果は保証できないし、副作用はかなり辛いらしい。
それでもやってみる価値はあると医者は熱弁してくれたが、すっかり冷静になった自分にとってはその前のデメリットな情報の方が強く残ってしまった。
そして、もう一つの選択肢は緩和ケア。
これは病気による身体的、又は精神的な苦痛を取り除く事を目的とした治療。
死を早めたり遅らせる事なく、自然な流れに身を任せ、その中で今まで通りの生活をおくるために邪魔な痛みを取り除いてくれるらしい。
まあ、要は病気による痛みに苦しむことなく残りの人生を楽しもうという事だろう。
この緩和ケアは投薬治療と並行しておこなう事も可能らしく、医者にとってはその方法が一番おすすめなんだろうという事は話し方から伝わってきた。
確かにまだ生きたいと願う人にとっては、その方法が一番理想的だ。
ただ、僕は長く生きる事を諦めたばかり。
そんな僕にとっては一択しかなかった。
医者に緩和ケアだけで、投薬治療はしない事を告げる。
正直、反対も覚悟していたが、医者はその選択をあっさり受け入れてくれた。
そういう患者さんが多いのか、それとも僕に生きる意志がないのを悟ったのかは分からないが、そうですかと言うと緩和ケアの詳しい説明を始めた。
こうして、僕は通院しながら緩和ケアを受け、残りの人生を過ごしていく事となったのだ。
そして、今はその病院の帰り道。
歩きながらこれからの事を考える。
あと一年と言っても、多少短くなったり長くなったりはするだろう。
今日明日じゃないにしろ、半年くらいでこの世からいなくなるかもしれない。
ただ、どちらにしろ今の僕には長く感じる。
いっその事、明日くらいにぽっくりいってくれれば楽なのに......
寝たきりになる前に死にたいな......
そんな事を考えていると、いつの間にか家の前に着いていた。
鍵を開け、誰もいない家に入る。
日も落ちて真っ暗になった部屋の電気を点ける。
そして、仏壇の前に座り、線香に火を灯し、手を合わせた。
僕は母に育てられた。
いわゆる、母子家庭というやつだ。
物心ついた時、父親はいなかった。
何故かは分からない。
その理由を母に訊ねた事はあったが、母は笑ってごまかすだけ。
その時見せた笑顔が、少し悲しそうな笑顔だった事は子供ながらに分かった。
この質問は母を悲しませるんだ。
そう悟ってからは、僕の中でこの質問はタブーとなった。
加えて、母には両親や親戚という存在もいなかったが、それも同じ理由で何故なのかは分からないし、聞いていない。
だから僕にとって身内は母一人だった。
こういうと可哀想に思われるかもしれないが、意外とそれに対してネガティヴになる事は無かった。
母親との関係は良好だったし、決して裕福ではなかったが、母が一生懸命働いてくれたおかげで、不自由ない暮らしも出来た。
大学にも行かせてもらえた。
はっきり言って、幸せな人生だった。
女一人で子供を育てるのは、僕には想像出来ないくらい大変だったと思う。
それでも母は、僕の前では努めて明るく振る舞っていてくれた。
いつでも笑顔だった。
そんな事もあり、僕は心の底から母の事を尊敬していた。
母が大好きだった。
だが、そんな母ももういない。
僕が大学を卒業し、就職も決まりさあこれから親孝行だと思った矢先にこの世を去った。
交通事故だった。
ほんとに世の中は無情だ。
大好きな人に恩返しする事すら許してくれない。
この時に僕は唯一の身内と、大好きな母親に対する恩返しという生きる理由をも失った。
手を合わせ終わると、そのまま床に寝転がる。
ええと、これからどうしようか......
天井を見上げて一人呟く。
こういう時は誰かに知らせておいた方がいいんだろうな。
でも残念ながら誰も浮かばない。
昔から友達との関係は浅く狭くだった。
人と遊ぶ事が嫌いな訳じゃない。
ただ、自分の頭の中でたてた計画がずれるのが嫌だったのだ。
今日中にこれがしたいと思った事を邪魔されるのが苦痛だった。
だから、自分の中で自由な時だけは誘いを受けるが、それ以外の誘いは全て断っていた。
そんな事を繰り返していたから、学生時代に多少いた友達は卒業と共に疎遠に。
まあ、ごくごく当たり前の結果だ。
すべて自分が悪い。
就職してからも友達を作る事はしなかった。
どうせ、同じ結末を迎える事は目に見えていたから。
自分を変えるくらいなら、一人のほうが楽だった。
こうして自分の今までを振り返ると、改めて疑問に思う。
僕は今まで何故生きる事をやめなかったんだろうか?
家族もいなけりゃ友達もいない。
もちろん恋人なんかいるわけもない。
趣味や夢中になっている事もない。
代り映えしない毎日。
何が楽しかったんだろう?
自分でも分からない。
それでも無理矢理答えを探してみれば、おそらく自ら命を絶つ事はいけない事だと教えられてきたから、それを守り、仕方なく生きてきたのだろう。
生きなきゃいけない理由を考えた所でその理由が全く浮かばなかったのも頷ける。
あと一年の命。
僕にとっては、むしろ喜ばしい事なのかもしれない。
ようやく自ら命を絶つ以外でこの世を去れるのだから。
そうなると問題はただ一つ。
明日から何をして死ぬまでの暇つぶしをするかだ。
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