アポカリプス Apocalypse
秦 元親
【前日譚】国偲びの歌
前日譚
「はぁはぁ」
此処を抜ければあと少しで大和だ。
彼の手足の感覚が段々と無くなっている。それでも彼は体に鞭打って前に進まなければならない。
「こんなところで死ねるか……」
体のどこもかしこもガタがきている。それでも彼は決して歩みを止めることは無い。
普通なら動かないはずの彼の体を突き動かせているのは彼の心に大きく鎮座する復讐心ただ一つ、彼はこの心により生かされているのだ。
「殺してやる、殺してやる」
心に思い続けていたことをいつの間にか口にしていた。
憎い…… 自分が……
何故あのような慢心をしてしまったのだろうか。普通なら、あの剣があれば俺はあいつを殺すことが出来たのに……
「大和に辿り着けさえすれば…… 俺が王になれさえすれば」
遂に彼は膝を地に付けてしまった。
これが神通力というものなのか。全く攻撃を受けていない内臓までもがめちゃめちゃにされたような痛みを覚える。
地面が朱く染まっている。彼は恐る恐る口元を拭ってみる。
血だ……
「まだ死ねない」
彼は全身の力を振り絞り立ち上がろうとした。
カランッ
彼の持っていた杖が手から離れ転がっていく。
待ってくれ…… ああ待ってくれ……
お前までも俺を置いていく気か。
動こうにも、彼の体はピクリとも動かない。
血を吐き過ぎたせいか。そんな訳があるものか。
これは全てあの伊吹の神にやられた。長い長い東征もあと少しというとこ、俺の慢心さえなければ、俺は浮かれていた。懐かしの大和にあと少しで帰れると。
この旅で彼の失ったモノは大きすぎた。愛しき人を神に奪われ、仲間を神に殺され。
「何故俺が神に諂わなければならない。大和は鬼の国だ。神なんぞに、荒ぶる神なんぞに大和は渡さない」
もはや彼の声は弱弱しく、今にも消えそうだった。
あんな雪玉如きに屈してなるものか。俺は出雲、熊襲を平らげた男だぞ。
彼は醜くも過去の栄光にすがってまでも己の内なる、秘めたる力を出そうとしている。
(そんなものはねぇよ…… なぁ抗う者よ)
心の内から自分ではない、明らかに他人の声が聞こえてくる。
「俺はもう死ぬのか。まだ死にたくない。コロス コロス あの伊吹山の神だけは、あの海神だけは あの神全てを俺は……」
(お前はじきに死ぬ。これはもう決められたことなのだ。お前の憎む神によってな)
イヤダ。 シニタクナイ。 オレハオレノナスコトヲマダナシテイナイ。
彼の心で恨みの言葉が虚しく木霊していく。
(ならば俺が力を貸してやる、神を殺せる力を。だからお前の全てを差し出せ)
お前は誰だ?
(生まれ持っての神通力により生まれてすぐさま母を殺してしまい、それによりすぐさま父に殺され、喜びも知らぬまま、復讐心だけを身に纏い、今も霊体となって生き延びている。神に仇名す鬼神とでも言っておこう)
彼の住む大和は鬼の国だ。鬼は万物に憑依し人々に恵みをもたらしてきた、だが近年それを良しとしない神が我が真の人間の救世主だと名乗りを上げ各地で、大和で活動を始めていた。
正義感が強い彼は、兄が神を信仰することを許せなかった。
若気の至りであろう、彼は兄をこの手で殺してしまった。そして彼はこの世で唯一の人間にして鬼神と信じられている父に恐れられ遠ざけられた。
それ以来彼は大和に仇名す神とそれを信じる者たちを喜々として狩り殺していった。
そして狩り続けた結果沢山のモノを失ってしまった。
それもついこの前までの話、今まさに彼は自分自身を失おうとしている。
(どうした殺したいのであろう? 神をあの憎き神々を)
ソウダ……
意識が朦朧とする、死というものが近づいてきていることが自分でも分ってきた。
手足が動かない、地面が目の前にある。
暗黒。遂に彼は力を失った。
(汝が力が欲しければ我が手を取れ)
何処かも分からない、何もなく廃れ切った暗黒の世界に氷漬けにされた鬼が立っている。
その周りには小さな鬼が祈りをささげていた。
彼は必死に立ち上がり、その手を…
・・・・・・・・・・・・・・・
彼の周りに突如煉獄が生まれた。
殺してやる、絶対に神を皆殺しにしてやる。
幾百、幾千、幾万年かかっても必ず成し得て見せる。
彼は大きな大きな誓いを打ち立てた。
鬼がいずれこの地を支配する。俺はその国の王になる。
そのためにも協力者が必要だ。
空には大きな大きな、白鳥が一匹羽を広げて大和の方へ羽ばたいていった。
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