砂時計の街 ー番外編ー

紅璃 夕[こうり ゆう]

薄紅色の花々の中で ー再会ー

お花見(1)

 列車を下り、森の中をぞろぞろと連れ立って歩く。

 開けた場所へ着くと、わぁっと歓声が上がった。

 チェルリスの花は満開で、視界を一面薄紅色に染める。

 薄青い空は晴れ渡っていて、パステルカラーが見た目にも春らしい。


 今日は年に一度、家族や友人と集まってお花見をする日だ。


 ルカは早速野原を子犬のように駆け回り、その後ろをレナードソンの双子、アルトの兄の息子が追いかけていた。


 大人たちは敷物を広げ、その上にそれぞれ持参した昼ご飯を並べる。

 食パンやクロワッサンに好きな食材を挟むサンドイッチパーティ。


 他にも、子どもたちと遊んだり、近くで花を見たり、お喋りに興じたりして、思い思いの花見を楽しむ。




「ルカちゃん、みんなと仲良く遊ぶのよ。それと、走るのはいいけど水たまりには気をつけてね」


 ルカの前で膝を折り、にっこり微笑む。

 おっとりとした口調に、無表情のルカが目を真ん丸にした。


「なぁに? ルカちゃん」

「おかーさん、ヘン」


 アルトががくっと頭を垂れる。

 様子を見ていた周りから、くすくす笑い声が漏れ聞こえた。 


 スフィアがふふっと笑う。


「大丈夫よルカちゃん。これはね、お花見の恒例行事なの」


 以前の花見で、アルトに女性的な話し方で喋ってと誰かが言い出して、それが面白かったようで、こうして毎年やらされるのだ。


 しかしアルトにとっては何の罰ゲームか、笑われて恥ずかしい以外の何物でもない。


「ぼくだって子どもの頃は女性口調で喋ってたよ? 何でみんな笑うのさ……」


 くすん、とべそをかく。


 いつもの口調に戻ったアルトに、


「おかーさんになった」


 ルカが喜び、無表情のまま小さく飛び跳ねた。


 ふと、敷物の上に置かれた写真立てに目を止める。


「おねーさん」


 アルトが気づいて写真をルカに手渡す。


「ナナリーさんだよっ。お父さんと仲良しの人。みんなと一緒にお花見してるんだよ」


 普段はダイニングのカウンターの上に、家族の写真とともに並べてあるナナリーの写真。

 毎年花見のときに、こうして持ち出し飾っている。


 ルカは写真を見て目をぱちくりさせた後、


「おねーさんも仲良くする」

「そうだねっ。みんな仲良くね」


 うん、と答えて子どもたちのところに向かって駆け出す。

 その背をアルトが微笑んで見送った。


 妻と娘のやり取りを眺めていたセルシオが、ナナリーの写真を手に取る。


「一緒に花見、か。ナナなら大喜びで来ただろうな」


 苦笑するセルシオに、アルトが笑顔でうなずいて、


「きっとしてるよ。もしかしたらその辺りにいるかも」


 そうかもな、とセルシオが言って、ふふっと笑い合う。


 そして薄紅色の花を見上げた。


 今日はそうやって、ゆっくりと思い出を振り返る日でもある。




 日差しは柔らかく、風が暖かい。


 のんびり心地いい空気に浸っていると、いきなり耳をつんざく声が響いた。


「もーっ! ちゃんと二人分入れといてって言ったじゃないのっ! どうして一人分しかないのよっ!」


 見ると、シエラがレナードソンに向かって喚いている。

 怒られているレナードソンは、しかしそうだけ? とあっけらかんとしている。


 何なに? とセルシオに尋ねると、


「レナードソンが、双子の片方の分しか着替えを入れてなかったんだと」


 まだ三歳なので、転んだり食べこぼしたりしてすぐに服が汚れる。

 アルトも子どもの頃にドレスを汚し、兄の服を着た経験がある。


「そっか。ルカが小さかったら貸してあげられたんだけど」


 双子はどちらも男の子だが、ルカは大抵Tシャツにショートパンツとボーイッシュなので、ちょうどよかったかもしれない。


 シエラに憤慨されたレナードソンが、肩を落としてすごすごとやってくる。

 怒られたな、とセルシオが呆れると、


「うん、まーあれあれ、よく言うじゃん。仲がいいほど喧嘩するって」

「違うと思うぞ」


 バッサリと冷静に切り捨てる。


 あれだけ激しく叱責されたのに、レナードソンはもうひょうひょうとしている。


「喧嘩なんて毎日だし。それこそ付き合う前からだな」

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