デッドマン・デスゲーム・デストピア
@ikasu
第1話
世界の色が、一瞬にしてモノクロになったみたいだった。
俺はもう、この世界にいる意味がないんじゃないかと思った。
そんな、帰り道。
薄暗がりに、甲高い少女の怒鳴り声が響いたのだ。
「なっ、なんなのよあんたはっ!?」
赤みがかった茶色の長髪をきっちりとツインテールにした少女。うちの学校の制服を着ている。大きな瞳は笑えばさぞ可愛かろうが、今は眉間に皺を寄せ鋭い眼光を放っていた。
その、視線の先には……、
「ふふ、さあ、なにものであろうなあ?」
もう一人、別の少女がいた。
声からのみ、少女だとわかる。相手は、真っ黒なフードで顔を隠していた。
いや、違う。
声以外にも、黒いノースリーブとホットパンツから伸びた華奢な手足と、柔らかそうなボディラインが、その人物が少女であることを雄弁に語っていた。
「尾行にはいつから気づいていたのだ? 屋内に駆け込んだ際には、怯え震えて閉じ篭るかと思ったが……。なかなか見上げた根性であるな?」
不穏なセリフが黒ずくめの少女から次々と飛び出す。
両手をホットパンツのポケットに突っ込み、余裕の態度。
そんな挑発に、
「これを取りに戻ったのよっ! ほかの寮生に迷惑をかけるわけにはいかないでしょ!?」
ツインテールの少女は、もっと物騒な物で応えた。
少女が掲げた両手の先には、左右二本の日本刀が握られていた。
刀を持っているだけでも驚きなのに、銃刀法違反なのに、いやちゃんと届出をして許可証をもらっているなら違反ではないわけだけど。
普通、二刀流といえば、利き手に二尺(六十センチメートル)以上の太刀を、もう一方の手に二尺未満の脇差を構えるものであるらしい。
しかし現在、目の前の少女が手にしているのは、どちらも刃渡り一メートルはあろうかという代物だった。
周囲には、ほかに人の気配はない。
まず、俺。
五メートルほど先に街灯を挟んで、さらに五メートルほど先に、少女が二人。煉瓦で舗装された小洒落た広い歩道。
現実感の湧きにくい光景に、どこかにカメラがあるのではないか、これはなにかの撮影なのではないかという思いが浮かぶ。
だが――。
「はあああああっ!!」
それが演技だとしたらあまりにも迫真すぎる、裂帛の気合を宿したかけ声とともに、少女は少女に打ちかかったのだ。
ちょっ、殺す気か!? 叫びが喉元まで出かかった俺をよそに。
黒ずくめの少女は――ただ避けるのではなく、ふわりと、まるで体重がないかのように宙を舞うほどの高さでバク宙してみせた。
人間か!? 大声でツッコミを入れたいところだが、ぐっと堪える。
そう、驚くことではない。
実は、俺を含めてこのあたりにいる少年少女たちは皆、なんらかの身体能力に優れた者ばかりなのだ。
私立
つまり、この地域一帯にいる人間は、ほぼ全員が譜城山学園の関係者ということになる。
おおかたあの黒ずくめの少女は、次期オリンピックにも出場者として名を連ねるような、新進気鋭の体操選手なのだろう。
……本当に? たとえ金メダリストであっても、あの跳躍はできるものなのか……?
「そうこなくては。そうでなければ、貴様を下僕とする価値がないものなあ?」
さらりと、ショートカットの銀髪が揺れた。
青い瞳。ビスクドールのような整った顔立ち。先ほどのバク宙の際に、黒ずくめの少女のフードは、脱げてしまっていた。
「いきなりストーカーしてきて、何言ってんのっ!? 頭、おかしいんじゃないのっ!?」
日本刀を振りかざし、少女が喚く。
さっきの一撃は、おそらく威嚇だったのだろう。少女としても、本気で斬りつけたつもりはない。相手が恐れをなして逃げ出してくれれば、してやったりだったにちがいない。
だというのに。
殺傷能力の高い凶器を目の当たりにしても、顔色ひとつ変えない相手は、不気味だった。
すると、黒ずくめの少女は、ポケットに入れていた両手を自身の背中に回したかと思うと。
「奇遇だな、吾輩も、二刀流なのだよ」
携帯していたらしい武器を二本取り出したのだった。
「古今東西ありとあらゆる武器を試してみたが、吾輩にはこれが一番使い勝手がよかったのだよ」
それは、ククリと呼ばれる短刀。「く」の字に曲がった特徴的な刀身が、左右で鈍い光を放っていた。
「殺し合いをする気?」
日本刀の少女の声が、いよいよ凄みを増す。
「いかにも。殺せるものなら、なあ?」
ククリを手にした少女も残忍に口の端を歪め、一触即発だ。
「私も、もう手加減できないわよ」
両者は刃を構え、間合いを測る。
リーチのある日本刀のほうが、有利に見える。
息を呑む緊迫した状況に、俺は止めに入るのも警察を呼ぶのも、すっかり失念してしまっていた。
だんっ、と強く地を蹴り、日本刀少女が仕掛けた。
一気に間合いが詰まる。少女は胸の前で両手首を交差させた形で、日本刀を振り抜こうという体勢だ。
ヒュンッ。
そこに、風を切る音。
黒ずくめの少女がククリの一本を投擲したのだ。
距離を縮めにいったところに、正面から高速で飛来する刃。避けられるはずがない……!
「
しかし、少女は――。
キンッ!
常人の域を遥かに超えた反射神経で左手の日本刀を一閃し、空中のククリを弾くと。
ザシュゥゥッ!
間髪入れず右手の日本刀で、黒ずくめの少女の素手になった左腕を斬り上げていた。
ぽーんと、宙に舞い上がる、物体。それは紛れもない、人間の腕。黒ずくめの少女の、左肘から少し先の部分。
「正当防衛だからっ!」
勝ち名乗りを挙げるように、主張する少女。
そんな最中、俺は少女が放った別の言葉に反応する。
永霞無間流……永霞……。
私立譜城山学園高等部普通科一年一組永霞
剣道全国大会七連覇を成し遂げた警視庁警視、永霞健輔の娘にして自身も全国中学校剣道大会を全勝で三連覇。剣道界最強の父娘として名を轟かせる……俺の、クラスメートじゃないか!
クラスメートなのに顔を知らなかった理由は、今は割愛する。
「すぐに止血をして、救急車を呼べばまだ助かるはずよっ!」
相手の腕を斬り飛ばしながらも、気遣う言葉をかける永霞だったが、直後目を見開き、愕然となった。
なぜなら――。
「止血……を……」
黒ずくめの少女の切断された左腕からは――。
血が、一切流れ出ていなかったのだ。
言われてみれば、血飛沫が上がるのも見ていない。辺りに血溜まりもできていない。まるで、その身体の中には、一滴の血も流れていないかのように……。
すると、
「ご苦労だったな。貴様の力、しかと見せてもらったぞ」
黒ずくめの少女は穏やかな表情になり、永霞を労う。
次の瞬間、隻腕となった少女の姿が消えたように見えた。
と思うと、いつのまにか永霞の目の前に立っている。
はっとする永霞だが、突如目の焦点が合わなくなる。手を伸ばせば触れられる位置にいる黒ずくめの少女を見失ったかのように。
「合格だ、今宵はもう、休むがよい」
笑顔で。
ブシュッ。
黒ずくめの少女は、永霞の胸に、心臓に、残った右手に持ったククリを無造作に突き刺した。
ズブズブと、永霞の柔らかそうな、大きめなバストを変形させながら、刃はどんどん埋まっていく。
ゴボッ、と瑞々しい永霞の桜色の唇から、血液が溢れ出した。
胸元から制服は、みるみる鮮血色に染まっていく。
ズシャッ。
永霞が地面に崩れ落ちる。
「永霞あああああっ!!」
俺は、何も考えられなくなって、それでも、ただ駆け出していた。
ズキンッ、と右足首付近が痛むが、気にしている場合じゃない。
「ほほう?」
黒ずくめの少女がおもしろそうに振り返る。
「予想とは逆の方向に走り出したな? 逃げれば見逃してやろうかとも思ったが、そうもいかなくなった。やれやれ、使えぬ下僕は要らぬのだがなあ」
なにか好き放題言われているが、構ってなどいられない。
「永霞! 永霞っ!」
永霞に駆け寄った俺はしゃがみ込み、名前を叫ぶ。
「……
うっすらと目を開けた永霞が、俺の名を口にした。
俺を知ってくれているのか。などと喜ぶ暇もない。
「逃げ……て……」
永霞のきれいな瞳が、急速に曇っていく。生命の光が、失われていく。
「永……霞……!」
知り合えたばかりなのに、数秒で。
永霞の瞳が完全に閉ざされる。
呼吸による胸の上下運動が、確認できなくなる。
目の前で、人が死んでしまった、絶望感。
と同時に、マグマのような怒りが、噴き出す。
「てめぇっ、自分が何したか、わかってんのかっ……!?」
黒ずくめの少女を睨みつけようと見上げた、刹那――。
すうっと、首を横一線に冷たいものが走った。
ブシュウウウウウッ!
赤い霧吹きみたいなものが、視界いっぱいに広がる。
それは……血だ。俺の、血だ。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
ヒュウー、ヒュウー、とあらぬところから空気が漏れる音がする。
あたりが暗くなってくる。赤から、黒へ。
なんだよ、俺……死ぬのか……?
こんなわけのわからない状況に巻き込まれて?
俺の人生って、いったいなんだったのかな……。
もう一度だけでいいから、思いっきり走りたかったな。
いや、それなら今走ったじゃないか。信じられないような遅さで。
そうか、そうなんだよな。俺は、終わってたんだ。
なら、まあ、いいや。もう、どうでも……。
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