第27話 それから……

* * * * * * * * * * 


「すー……すー……」

「寝たみたいです」

 哀來は四歳の女の子を一緒に座っていたソファで横に寝かせ、毛布を掛けさせた。

「すごいな哀來。やっぱりお前は保育士の才能あるよ」

 俺は女の子を起こさないように哀來に聞こえるくらいの小さい声で話した。

「そうですか? もしこのインターンシップがうまくいったらベビーシッターのバイトをしようと思っていたんです」

「いいんじゃないか。しかし、大学が強制で生徒に自宅でベビーシッターをやらせるなんて実習に力が入っている学校だな」

「はい。『保育は講義だけじゃ身に付かない事が沢山ある』と先生方がおっしゃっていましたから」

「そうだな。音楽と同じだ」

 どっちも実習で沢山身に付くような事が多いからな。

「小夜様。いつか貴方との子供を産んだ時、ちゃんと育てられるかわたくし心配です」

 こ、子供!?

「う、うーん。まぁちゃんと育てられるんじゃないか?」

「小夜様。軽く言ってはいけませんよ」

「ああ、そうだな」

 子供なんてそんな先の未来の話考えたこともないからなぁ……。

 いきなり聞かれても困る。

「男の子? それとも女の子? どっちもいいですね。あ! 『どっちもいる』というのもいいですね!」

 何だろう。ついていけない。

「小夜様は男の子と女の子、どちらがいいですか?」

「え!?」

 俺は思わず大きな声を出してしまった。

「気をつけてください。起きてしまいます!」

「悪い悪い。そうだな」

 どうせなら『男か女か』じゃなくて。

「お前みたいな優しい子だったらいいな」

「そうお考えなのですね。わたくしは小夜様みたいなピアノが上手な子がいいです」

「そうだな。音楽の才能がある子もいいな」

「でしたら男の子でも女の子でもいいですね」

 考えてみたら興味が湧いてきた。俺と哀來の子供ってどんな子だろうな。

 俺もちゃんと父親として育てられるかどうか……ってこんな先の長い話を今からしてもなぁ……。

 俺と哀來は女の子を見ながら考えていた。

「そういえばわたくしが朱雀家に来てから今日で二ヶ月になりますね」

「ん? そういえばそうだな」

 カレンダーを見たら確かに二ヶ月目になっていた。

「何だか一年もいる様な感じだな」

「わたくしもです。毎日一緒にいると長く感じますね」

 哀來と一緒になって二ヶ月。哀來は屋敷にいるときよりも生き生きとしていた。

 今の生活が哀來にピッタリだと自然に現れていた。

 やっぱり屋敷での生活は窮屈に感じていたんだな。よく十八年以上も耐えていたと思うよ。

「どうしたのですか小夜様? ずっとわたくしの事を見つめて」

 いつのまにか俺は哀來を見つめていたらしい。

「哀來。今の生活と屋敷での生活、どっちがいい?」

 一応本人に確かめたかった。俺の見当違いかどうか。

「もちろん今の生活が一番好きですよ」

 思った通りだったがすごく嬉しかった。

「哀來……」

 俺は顔を哀來に近づけた。

「小夜様……」

 哀來も顔を近づける。

 女の子はまだ寝ている。大丈夫だろう。


「何やってるんだよ! 昼間から!」


『!?』

 いきなり介入してきた声に俺達は驚いて離れてしまった。

 あと一センチもなかったのに!

「アルト! 早かったんだな」

 時計を見るとまだ三時だ。いつもは三時半過ぎにならないと帰ってこないのに。

「小夜こそ。今日は平日なのに」

「午後の授業が休講になったからな」

「そうか……オレは『職員会議がある』とかで早く終わった」

 なるほどね。

「っていうか大きい声出すなよ! 起きるだろ」

 俺はアルトに女の子を見せつけて叱った。

「オレの気持ちになって考えろよ。弟がいきなり兄とその彼女とのキスシーンみたら驚くだろう!」

「慣れろ」

「慣れるか!」

 全く、この年頃の男子小学生は生意気だな。

 そしてキスを見たくらいで大袈裟に反応するなんてな。まだまだ子供だ。

「ごめんなさいアルト君。帰ってきているとは思わなかったから」

「哀來姉さんも嫌なら嫌って言ってもいいんですよ」

 哀來が嫌がるわけないだろう。

 さっきのキスも同意だったわけだし。

「うーん。さっきはわたくしも同意でしたから」

「……そうですか」

 ほらな。

「じゃあオレ防音室で練習してくるから」

 アルトはそう言って部屋のドアを開けた。

「『復讐からは何も生まれない』? 何言ってんだあの担任。新人教師の分際で。ウチでは生まれているんだよ。人前で平気でキスするようなバカップルがよ。……有名なタイトル借りて言うなら『美女と復讐者』がさ」

 アルトが何か言っていたが声が小さすぎて聞こえなかった。

 それからしばらくして女の子は起きた。どうやら俺達がキスしようとしていたところは見ていなかったらしい。安心した。

 子供ってなんでも言いふらすクセがあるからな。

 六時過ぎになると女の子の親が迎えに来たので女の子は笑顔で俺達に『さよなら』をした。

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