第26話 2人きりの会話

 俺と哀來は係官に出口まで案内されて留置所を後にし、家に帰ってリビングで話していた。

 面会時間は十五分から二十分で短い、と聞いていたが本当に短かった。十五分も経った気がしない。

「柏野さん元気そうだったな」

「ええ。わたくし達が会っても元気が出ないかもしれないと思っていましたよ」

「俺も。でも良かった。元気出してくれて」

「小夜様。実はわたくし柏野が泣いているところを見たことが無いの」

「そ、そうなのか?」

「はい。普段からプライベートな部分を見せない人だったから。ご家族の方が亡くなったと聞いた時もわたくしの前では悲しい顔すらしなかったから」

「仕事に忠実な人、って感じだったからな。俺も屋敷には一ヶ月半くらいしかいなかったけどずっとそう思っていたよ」

「わたくしの前だけでも悲しい顔をしても良かったのに」

 それは……。

「心配掛けたくなかったんじゃないか?」

「え?」

「ほら、もし柏野さんがお前の前で悲しい顔なんかしたら心配するだろ。哀來の場合」

「もちろんです」

「だからこそだ。主人に心配されるようじゃ執事としてやっていけないと思うんじゃないか。柏野さんの事だから」

「そうですね」

 哀來は少し笑顔になった。

「だから……お前も気を付けるんだぞ」

「はい?」

「……主人である俺を心配させるなって事だ」

「……」

 な、なんかかなり夫らしい事を言ってしまった!

 黙ったままの哀來を見ていたら恥ずかしくなってきた!


「わかりました。アナタ」


「……っ!」

 うわぁぁぁ! なんだよ急に!

 初めて呼ばれた! 嬉しい反面、恥ずかしい。

「『アナタ』って言い方、夫婦らしくていいですね! これからはそう呼ばせてもらいます」

「い、いやそれは二人っきりの時だけにしてくれないか?」

「どうしてですか?」

 どうしよう。『恥ずかしいから』なんて言えないし……そうだ!


「なんだか親密で特別な感じがするだろ。2人っきりの時って。ほら俺の部屋にいる時とかさ」


「さ、小夜様! つまりは、その、そういう時だけって事ですか!?」

 何だ? 急に哀來の顔がタコみたいに赤くなった。

「まぁ、そういう事だな」

 すると哀來はさらに赤くなった。

「さ、小夜様ったら! まだキスもしていないのに……大胆ですね」

 キス? 大胆? ……!。

「ああ! い、いや、そういう訳じゃ……」

「小夜様!」

 いきなり顔を近づけてきた。

「な、何だよ」

「今度こそ……キスしていいですか」

「……」

 俺に熱い視線が送られている。

 俺は哀來の両目を右手で隠した。

「な、何を……」

 俺は両目を隠した理由を喋らないで答えた。

 ……初めてキスした。

 俺は口を外すと哀來の目を遮っていた右手を離した。

 哀來はさっきよりも顔を赤くして唇をわなわなと震わせていた。

 可愛いな。やっぱり。

「い、今、キ、キスしました?」

「当ててみろ」

「……意地悪」

 哀來ってイジると可愛い反応見せるんだな。

 ますます俺好み。

 親父、哀來の親父さん。

 こんな可愛い子を俺の許婚にしてくれてありがとうございます!

「まさか小夜様からキスされるとは意外でした。小夜様って奥手なんですね」

「ま、言われてみるとそうかもな」

「そんな小夜様もわたくしは愛しています」

「お前って普通にそういう事言うんだな」

 ドキってするぜ毎回。

「だ、駄目でしょうか?」

「いや、そういう言葉って毎回言わないからこそ価値があると思うぞ」

「わかりました。ではこれからは『大好き』って言いますね」

 それも『愛している』と変わらない気がするんだが、まぁいいか。

 俺は哀來のそんな素直なところも好きだからな。

「お前と早く結婚したいよ」

「わたくしもです。ですがまずはお互い大学を卒業してからにしましょう」

「そうだな」

 もうすぐ四月。

 互いに新たな生活が始まる。

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