第15話 悲しみの哀來
「最低ですよね、わたくし」
何て返せばいいんだ?
「小夜様は前にお父様の事を『最低』だとおっしゃりました。わたくしはその娘。『最低』なのは当然です。そんな人と結婚なんてしたくありませんよね」
違う。お前はあの男の娘じゃない。血は繋がっているけど。
「ううっ……ひっく……人生で二度目の失恋です。わかっていたような結果でも……涙が……うわあああぁぁぁん」
げ! 泣き出した!
「哀來さん! どうか泣き止んでください!」
扉が閉まっていても泣き声がかなり聞えてくる。
「お父様ごめんなさい! わたくしずっとお父様が本当に大嫌いでした! いつもわたくしを束縛してばかりで結婚相手も決められて! でもいざこのような事になってしまうと……怖くてたまりません!」
色々思い出して泣いているみたいだ。
「突然こんな事になると嫌いになんかなれませんよね。やっぱり家族ですから」
「もしかして……小夜様も?」
感づかれた。どうしよう。本当の事を言うべきか?
「よ、よく聞く話ですよ。今まで当たり前にあった人が突然こんな事になるとと寂しくなったりしてしまうのは当たり前です」
「確かに……その通りですね。今のわたくしにはよくわかります」
なんとか誤魔化せた。
しかし今の哀來の様子は誰かを思い出す。
そうだ! お袋とアルトだ! 親父が殺された話を聞いて不安がっていたお袋とアルトの様子と全く同じだ。
俺も不安だったが燕舞への復讐心で悲しい気持ちでなんかいられなかった。だから泣いたりもしていない。
今の俺を見たら親父何て言うんだろうな。
「何やっているんだろうな、俺」
「何か言いました?」
聞えたか。
「いいえ、何も。そろそろ出たいのですが」
「わ、わかりました!」
哀來の影が素早く消えた。
アイツ、俺と一緒にシャワー浴びたいって言ってたくせに俺の裸は見たくないのか?
掛けていたバスタオルを取って全身を拭き始め、前に柏野さんから告げられた事を思い出した。
燕家は親父と仲が良かった。
さらにはお互いの子供同士の結婚の約束をしていた。
「俺と哀來が結婚……」
小さい声で口に出したが……とても信じられない
考えているうちに拭き終わったので服を着ることにした。
上まで着終わって洗面所の扉を開けると哀來が待っていた。
「ありがとうございました小夜様」
「はい?」
「あれから考えたのですがやっぱり小夜様は素晴らしい男性です。お父様が狙撃されたショックで悲しんでいたわたくしを元気付けてくれました」
「そ、そうですか。それは良かった」
「小夜様……」
「!?」
いきなり顔を近づけてきたと思ったら俺の右の頬にキスしてきた。
「ちょ! 哀來さん!」
「これはお礼です。本当は口にしたかったのですが我慢しました」
「ど、どうして我慢なんか!?」
キスしただけでも大変なことだぞ!
「小夜様はわたくしのことが好きでありません。だから口にキスするのは悪いかと思ったからです」
「……」
哀來は笑顔でそう告げた。
その言葉を聞いた途端、今までの哀來に対する感情とは全く違う感情が生まれた。
なんだ? この気持ち。
今の哀來を見ていると
俺まで悲しい気持ちになってくる。
「小夜様? わたくしの顔に何かついてますか?」
「っ! いいえ。何もついていません!」
「そ、そうですか……」
あ、強く言ってしまった。落ち込んでいる。
「す、すみません。強く言ってしまって」
「いいえ。気にしていませんから」
笑顔で告げてきた。可愛い。
ん? 『可愛い』!?
今までそんなこと思ったことないぞ。『綺麗』なら言ったことあるけど。
「小夜様も上がりましたので、わたくしもシャワーを浴びます。扉の前で待っていてくださいね」
「そ、そうですか」
そう言って哀來は扉を閉めた。
シャワーを浴びるということは裸になるってことだよな。
今この扉の向こうでは哀來は服を脱いだ生まれたままの無防備な姿。
「……」
って何を考えているんだ、俺は!
女の裸を想像するのは初めてではないが今まで想像してきた女はすべて
好きな女だけだった
「……」
事の重大さに気付いてしまった。
俺は哀來に恋してしまったのか?
確かにこの気持ち、身に覚えがある。
……恋なのか?
嫌、違う!
そんな事あってはならない!
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