第6話 哀來とデート

「先生! 今日のミュージカル楽しみですね!」

「だからと言って、そんなにオシャレしなくてもよろしいですのに」

「そうですか? それほど目立つ服装では無いと思いますが。これ全部、まだ未発表の燕舞オリジナルデザインの服なのですよ」

 俺達は今、ミュージカル劇場のすぐ外にある階段にいる。

 着いた途端、周囲からの哀來への視線が半端なくて落ち着かない。

 白のパーカーの上に黒のジャケット、下は黒のジーンズの服装の俺に比べ、哀來はかなりオシャレな服装だ。

 水色のダッフルコートの下からは白のスカートが見え、黒に白のストライプがプリントされたタイツと水色の編み込みショートブーツというファンシーな服装だ。

 小さい手さげバックの他に少し膨らんだエコバックを持っている。俺が昨日言った『ミュージカルを観るときのおすすめアイテム』を持ってきたのだろう。

 周りの彼女の褒め言葉の中から『一緒にいる男は大したことないな』『なんであんな根っから普通みたいな男があんな美人と』なんて言葉も飛んできたが気にしない。俺彼氏じゃないし。哀來の事なんて……。

 あれ?

 何ですぐに答えられないんだ?

 哀來は親父の仇の娘。

 だから嫌いだ。

 嫌わなきゃいけないんだ。

 嫌わなきゃ……。

「先生?」

「!!」

 いきなりで驚いた。

「先生どうしましたか? 何かに悩んでいるような様子でしたが」

「い、いいえ。悩んでなんかいません。心配掛けてすみません」

 クソっ!

 俺はいつまでコイツに頭を下げなきゃいけねぇんだ!

 早く復讐を済ませなきゃいけねぇってのに!

 なのに何故だ! 復讐しようという気持ちがわかない。

 復讐する勇気が無いから? いや違う。

 もしかして俺は、コイツを、哀來を……。

「先生。そろそろチケットを出した方がよろしいかと」

「ああ。そうですね」

 見ると入り口の目の前まで来ていたので俺はチケットを取り出して手に持った。

 列に並んで少し待っているとチケットを見せる番になり、受付の人に見せて半券にしてもらった後、自分達の席を探した。

 どうやらステージ近くの真ん中の席だった。

「ここって……一番いい席ですか?」

「はい。私もこんな席初めてです。出演者の表情も見られるので、とても高い席なんですよ。こんなすごい所で見られるなんて……」

 すげぇ……。

 今までは学割が利く安い立ち見席と奮発して二階の一番後ろの席しか見た事がない。こんな席で見れる俺はかなりラッキーだ。

「昨日でこんないい席を取れたなんて。柏野ったら一体何をしたのかしら?」

「気になりますね。でも周りを見ればいつもより空いているので今日はあまり来ない日らしいですね」

「平日の昼という事もあるからでしょうか?」

「そうかもしれません」

 言った後に思い出したが、ここは高い席だからという理由もあって空いていたと思う。高い席は安い席よりも遅く売れる傾向があるからだ。

 俺達はそれぞれの席に座った。

「先生。先生がお勧めしてくださったアイテムを持ってきたので確認してもよろしいですか?」

「はい。どうぞ」

「まずは膝掛けとカーディガンです。暖房はかかっていますが二月ですものね。寒さ対策になるのですよね。次にお茶です。突然喉が渇いたときの為に休憩時間に飲むのですよね」

「俺がお勧めした物全部持ってきたんですか?」

「はい。突然寒くなったり喉が渇いたりしたら大変ですから」

 コイツ……本当に俺の事を慕っているんだな。

「楽しみですね。先生」

「はい。そういえばあらすじは知っていますか?」

「昨日調べてきました。見ただけでさらに楽しみになってしまいました」

「それは良かったです」

 女性主人公の話だしな。男の俺でも気になるほどおもしろそうな作品だ。

 公開して今年で三年目。地方公演も行っている大人気作品だ。

 今まで見に行かなかったのは他の作品も気になって行けなかったからだ。

 別に男一人で見に行くのが恥ずかしい訳ではない。本当だ。って、俺は誰に話しかけてるんだ?

 ブーーーーーー

 開演開始のブザーが鳴った。

 今までざわついていた人達が静まり、会場は真っ暗になった。

 しばらくすると楽器の音が聞え始め、オープニングが始まった。

 大勢の裏方キャスト達の登場。主人公の登場。曲が終わると同時に皆に混ざって拍手をした。

 一度ステージが真っ暗になり、物語が始まった。

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