第2話 住み込み家庭教師生活。開始

 俺は燕舞についてスマホで詳しく調べた。

 株式会社燕舞。創業した一家の苗字でもある『燕(つばめ)』が舞うように日本や世界に広めていく、という目標からこの会社名になった。

 燕が巣をあちこちに作るように自分達の会社もあちこちに作っていこう、という意味でも付けられたらしい。

 国内外で売り上げを伸ばしているため燕家はお金持ちだ。

 アパレル業界の中では老舗で、製作から販売まで行っていたが十七年前から親父のようなデザイナーからデザインしてもらって販売している。

 俺はその理由について調べようとした。

 だが、燕舞のサイトを見ていると、気になる広告を見つけた。

『講師募集 ピアノと歌を教えられる音楽の家庭教師募集 どなたでも可』

「……」

 続きがあったので読んでみた。

『燕社長の娘、哀來(あいら)様の音楽性を身に付けさせてくれる方募集。男性でも可。住み込みで働いてもらいます。給料も付けます』

「住み込み、だと……」

 これはチャンスだ!

 燕家に住み込みで働きながら親父の仇を討つ。

 どんな風に討つのかは入ってから考えることにする。

 とにかく早く応募しないとせっかくのチャンスが消えてしまう。

 燕家に入れるだけでも相当運がいい。

 俺は説明欄の下にあった『応募する』にクリックし、住所と名前を入れようとした。

 だが途中で手が止まってしまった。

 もし、俺の住所と名前を入れたらどうなるんだろう。

 『息子が仇討ちに来た』と思われてしまい、採用どころか家に近づけさえさせてくれないだろう。

 偽の住所と偽名を使わなければいけない。

 俺は自分の部屋を出て、お袋に話す事にした。

 採用されたら住み込みで働かないといけないので、いずれ話さなければいけない。

「そんな……お父さんに続いてあなたまでいなくなったらどうするの!? 危険だからやめなさい!!」

 今まで見たことも聞いたこともないくらいの勢いで怒られた。

「俺は親父の仇を討ちたいんだ! そのためには燕家に行って親父の死の真相を突き止めないと始まらない!」

 お袋に負けないくらいの勢いで反論した。

「警察の人達が調べてくれるわよ! それまで待ちましょう」

 駄目だ。どうしても首を縦に振ってくれる気配が無い。

 このままじゃ……。

「そんな危険な事をしなくても警察の人達が」

「警察もグルなんだ!」

 ……勢いで言ってしまった。

 嘘か本当かもわからないのに。

「グルって、本当なの?」

「あいつら『燕があちこちに巣を作るように広めていく』がスローガンだから警察にも手を広めていったんだ!」

 嘘かもしれないけどな。

「……どうりで今回の事件がニュースで流れないわけだわ」

 え? そうなのか!?

 だったらますます怪しいじゃないか!

「まさかだとは思っていたけど。……わかったわ。行きなさい」

「ゆ、許してくれるのか?」

「ええ。そのかわり身の危険が感じたらすぐに戻ってきなさい。あなたの命が狙われてもおかしくないわ」

 それは言えている。なんせ仇だからな。

「ありがとう。お袋」

「住所は私の実家の住所を貸すわ。だから苗字は私の旧姓でね。あ、そうそう。あんたは私の息子じゃなくて弟子って事にしておいたほうがいいわ」

「わかった。俺はお袋の弟子な。住所を紙に書いてくれ」

 お袋はメモ帳に書いて、俺に渡してくれた。

それを見ながら住所欄に入力し、名前欄には青龍(せいりゅう)小夜と入れた。

記入漏れが無いか最終確認をして『送信』をクリックした。

「よし! 後は採用試験を待つだけだ」

 それもうまくいけばいいのだが。


* * * * * * * * * * * * * * * * *


「しかし、ずいぶん若い先生ですね。哀來お嬢様も同じ18歳なのですよ」

「そうだったんですか」

「ええ。男の先生でも同い年なら話しやすい面もあるでしょう。ところで先生はピアニスト界ではあの超が付くほど有名な青龍家のお弟子さんで、最近『青龍』をご襲名なさったとか」

「はい」

「そのような方に教えていただけるとは! とても光栄でございます。ところでどうして芸名で応募なされたのですか」

「音楽を教える身ですから。身も心も『青龍小夜』でなければなりません」

「なるほど。立派な心がけです」

 俺は燕家の屋敷の中をベテランの風格をした哀來の執事と歩きながら話している。

舞踏会が開けそうなくらい広くて豪華な西洋屋敷だ。

どうしてここにいるかというと、今日から俺はこの屋敷の住み込みの家庭教師教師になったからだ。

 採用試験は行われず、あっさり受かった。なぜなら。

「しかし、家庭教師を申請なさったのが先生だけだったとは。宣伝が足りなかったのでしょうか?」

「載せているのが会社のホームページだけというのはさすがに足りないですね」

「やはりそうでしたか。もし先生がご申請なさっていなければどうなっていた事やら」

 なんと申請者は俺一人だったらしい。

 なので採用試験は行われず、さっそく自宅研修初日から講師生活のスタートとなった。

 スタートに至って、朱雀小夜だとばれないように言葉に気を付け、一人称も『私』にした。

 燕家までは一人で荷物を持ってバスでやって来た。

 着いた途端、この執事にいきなり更衣室に案内させられると燕家オリジナルの服を着させられた。ワイシャツの下に胸元が開く黒のロングジャケット、黒のスーツズボン、黒のブーツのほぼ黒一色のスーツを着せられた。

 デザインは悪くは無いが燕家に仕えているという事実があらかさまに現れていて嫌な気分になったが、怪しまれる事は無いだろうという安心感も沸いてきた。

 着替え終わると執事に『第一芸術室に案内します』と言われ、今に至る。

「しかし、隅々まで見ても立派なお屋敷ですね」

 外からでも中から見てもベルサイユ宮殿を彷彿とさせる。

「旦那様はバロック調のデザインがとても気に入っておりまして。この屋敷は一つの山をすべて切り開いて建築しましたから」

 なんだか環境破壊的な発言だがどれほど大きいのかはよくわかる話だ。

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