二人の執事と手錠と紅茶
nachico
前編
「マサキ様、お呼びでしょうか」
「来たきた! あれ
「あちらに」
入り口のドアの前にひっそりと立っていた東雲が無言でお辞儀をする。
「今日は、3人でゲームをしようと思って呼んだんだ」
そう言ってマサキ様はテーブルを指差す。
そこには、紅茶と手錠と手錠の鍵らしきものがそれぞれ3つずつ置いてあった。
嫌な予感しかしない。
「ゲーム、でございますか」
「そう」
「またよからぬことをお考えになったのですか」
「よからぬことってなんだよ」
「お庭に本格的な落とし穴を作ってみたり、従業員80人全員で鬼ごっこ、など数知れずでございます」
あの時は本当に大変だった。旦那様がうっかり落とし穴に落ちてしまい激怒されたし、陽がくれるまで鬼ごっこをして夕食に間に合わず奥様に激怒された。
こう言ってはなんだかロクなことがない。
ぷくっとほっぺたを膨らましたマサキ様は、聞こえないとでも言いたげにゲームの説明を始めた。
「ゲームは簡単。それぞれが紅茶を飲んで後ろ手に手錠をかける。手錠の鍵はひとつだけ本物だから、本物を選んだ人が勝ちね」
勝った人はあとの2人に命令ができるんだよ、と続けた。
意外だ。単純すぎる。思わず聞いてしまった。
「それだけですか?」
「そう、それだけ。ただし紅茶にはひとつだけ媚薬が入ってるから」
やっぱり……。
マサキ様の突拍子もない発言にわたしは開いた口がふさがらず、東雲にいたっては聞いているのかいないのか相変わらず無表情だった。
「マサキ様、媚薬が入ってると宣言されてわたしどもがホイホイ飲むとお思いですか」
「思わないけど。はい、飲んで」
「マサキ様……」
「公平になるように紅茶も鍵も僕は最後に選ぶから」
「マサキ様!」
「嫌だったら媚薬入りを選ばなきゃいい話だよ。飲んだとしても、本物の鍵を選んで手錠をはずしてどこか隠れてひとりでやり過ごせばいい」
それでも渋ると、これは命令だよと言われた。マサキ様はズルい。
それを言われたらもう従う他に選択肢はない。
3人同時に紅茶を飲み干す。
手首には手錠。
マサキ様の指示で全員目隠しをした。
自然と会話は途切れシンとした空気の中で、やけに聴覚だけが研ぎ澄まされている気がする。
この状態がいつまで続くのかと思ったとき。
「……ハッ、……っ?!」
一番最初に沈黙を破ったのは東雲だった。
「……な…、に」
「東雲…?」
「東雲に当たったんだね~、媚薬」
弾むような声でマサキ様が言った。明らかに面白がっている様子だ。
「東雲いつも無表情だから、いまどんな顔してるのかすっごい見たいなー!」
「……ん…、ハッ…」
「結構クルでしょ、それ」
「マサキ様、そろそろ手錠を」
苦しそうに浅い呼吸を繰り返す東雲を少し気のどくに思い、思わずマサキ様を促した。せめて東雲の手錠が外れれば、この状況から逃れることはできるだろう。
「手錠の鍵も、ひとつだけが当たりだからね。東雲のが本物だといいねー」
マサキ様がクスリと笑った。
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