第八話・「いや待て、そういえば俺日頃の行い良くない気がしてきた」
「あら、お目覚めのようですわねマキナお兄様♪」
目が覚めると触れるか触れないかぐらいの距離まで顔を近づける、金髪縦ロールの少女が笑いかけてきていた。寝転がっているマキナの隣に陣取り、のぞき込むようにして。
(マキナお兄様ってことは、取り合えず戻れはしたのか。で、なんでこの子は実の兄とこんな体勢なのに恥ずかしがることすらしないんだよ・・・)
「ああ、少し寝過ごしてしまったみたいだ・・・って、そういえばルーレは?」
「るーれ?ああ、あのメイドのことですの?」
彼女の指さす方向を見ると、どこかで見たことがあるようなかたかたと涙目でおびえるルーレがいた。
「いえ、あのですね、起こそうとはしたんですよ、でも私が戻ってきたときにはすでにシュレフィスト姫君とヘルザノア様がいらしていて、『マキナお兄様はお疲れなんだから起こすんじゃねーですわよ』って言われて、その、すみませんでしたぁぁぁ!!!」
「いや寝過ごしたのは私なんだから気にすることはないぞ」
こういうルーレを見るとなんか安心するなーと苦笑しながら思う。
「流石はマキナお兄様。寛大ですわね」
「シュー姉、そろそろ猫かぶりはやめた方がいいと思うのであるが・・・」
「ヘルは黙っ、こほん、なんのこと言ってるんですの?」
・・・ものすごく軽い猫だったらしい。別にかしこまる必要もねえんだけどなーと考え、マキナは立ち上がりながらシューに話しかける。
「シュー。兄妹なんだからそうかしこまらなくてもいいのだぞ?体面を気にしなければいけないとき以外はな」
「・・・っ!おにいさまぁ!!」
がしっ、とシューが胸に飛び込んできた。
いや今までどんな扱い受けてきたんだよ、とおびえているとルーレの後ろから甲冑を着た男が進み出てくる。
「失礼、マキナ様。自分は騎士長を仰せつかっている、エンブレという者です。このような身なりで申し訳ないですが、御用とは一体何でしょうか」
「ああ、どうしても聞きたいことがあったんだよ。しかも直接な」
シューを引きはがし(若干不機嫌そうだったが)エンブレとヘルに向き直る。
「ごく単純なことなんだけど、その前に、魔王軍と王国軍の兵力は?」
「僕が答えますよ、兄上。魔王軍が約10万に対し王国軍は3万5000程です。それだけでなく・・・」
ヘルと顔を見合わせるエンブレが言いにくそうに、
「魔王軍の兵は当然悪魔です。そしてその悪魔1体につき王国兵3~4人でかからなければ負けてしまいかねないことを考えると実質的に戦力差は10倍にもなる、かと・・・」
笑みを崩しもせずエンブレを見つめるマキナにどんな感情を持ったのか、慌てたように話を続ける。
「と、当然!策はあります。徴兵令を出してもらおうと考えております。それにより増強された兵力と戦術を用いれば、勝利をつかむことが」
「ほんとうに?」
マキナの言葉に空気が凍るように全員が黙り込む。
「本当にそれで勝てると思ってる?・・・ああ、体面とか今は必要ないぞ、今はきっちりと現実を見る時間だ。もう一度聞こうか?エンブレは、本当にそれで魔王軍に勝てると思う?」
「・・・・・・無理、です。正直打つ手がない」
「なっ、何言ってくれてるんですのあなたは?!騎士長のあなたは勝利をつかむのが仕事じゃねーですの?!」
「はいはい、落ち着けシュー」
シューの頭をなでると多少は落ち着きを取り戻したようだが、不安げにマキナのほうを見つめてくる。
そのあたりでマキナのとある感情がある一定数を超え、表情に出てしまった。
「・・・お、兄様?どうして、笑ってるんですの・・・?」
「うん?そう焦る必要はない、そういうことだよ妹よ。ああ、聞きたかったことはそれだけだからもう帰っていいぞエンブレ。ルーレ。・・・ルーレ?」
「はっ、はい!いかがいたしましたか?」
「いやそろそろ夕食だろう?おかあさ、母上のところに案内してくれるか?」
唖然としたようなエンブレやヘルが見つめてくる中、シューは冷静さをとり戻したのか普通に振る舞っていた。
「マキナお兄様、私(わたくし)はこれから会談がございましてこれで失礼させていただきますわ。あ、もしよかったら夜自室においで下さいな♪」
そういうとヘルを引っ張りながら去っていった。
じゃあ俺も行くかな、とエンブレに軽く手を振り、ルーレについていくマキナだった。
「この部屋?」
「はい、そう聞いています」
そこは大きなホールのような場所だった。バイキングでもするのだろうか?しかも、まだ誰も来ていないと見えて人がいないため余計広く感じる。
「ルーレ、まだ誰も来てないよな」
「え?はい・・・」
我慢の限界だった。
「あははははっははははっははははっはははははっはは!!!!!!」
「ご、ご主人様・・・?!」
「王国軍だけでは魔王軍には手も足も出ないうえ、作戦すら立てられない。しかもマキナには大した人望も権力もない。いや、此処までの『幸運』にはなかなか出会えないな!日頃の行いがいいとはいえ、いくらなんでもこれはラッキーすぎんぞッ!!」
そう、これは尋常ではないほどのチャンスである。
普通なら時間のかかる工程がマキナなら、いや平幅遠野に限ってはできるのだから。
「らっ、らっきー・・・?どういうことですか?」
「あー説明する前に一応確認しておくけど、王国が魔王軍と国境に接してから暫く時間がたってるよな?」
「・・・!はい、2ヵ月ほどです。でもそんなことどこで・・・?」
「それと、魔王軍と国境に面してるの王国(うち)だけじゃないだろ。更にさらにだ、王国の後ろ、つまり魔王軍に面していない国は相当強い国なんじゃねえか?」
「・・・・・・!?はい、王国の横にはエルフの国があり、魔王軍と国境が面していますし、王国の後ろにはドラゴンの国が存在しています。・・・えっと本当にどういうことですか・・・??」
さて、どこからどこまで説明したものかな?と考え、マギアのことは隠しながら説明していく。
「そうだな、王国が魔王軍と国境で面してから時間がたってるって思ったのは、今日一日どいつもこいつもそこまでの切迫感が見られなかったからだ。もし目の前まで軍隊が来ているなら会議だって何度も繰り返すはず。でも朝、ユリに聞いたら予定は食事程度のものだったからな」
それに、ゾンビやスラム街の連中にもそこまでの危機感はないように感じたし。そう心の中で付け足す。
「しかしだ、さっき聞いたように王国と魔王軍には10倍程度の戦力差がある。じゃあなぜ攻めてこないのか、当然ほかの優先事項があるに決まっている」
「その優先事項がエルフの国だ、と?」
すこしテンションを落としてそういうルーレ。つまり優先事項がエルフだけじゃない可能性があると理解しているということだ。
やっぱりルーレすごいな・・・と思いながらも続けて言う。
「いいや?それだけなら何らかの内紛であったり内政だったりする可能性がある。でもなそれならもうひとつ魔王軍には王国に対してすべきことがあるんだ。なんだと思う?」
「・・・・・・降伏要求、ですね・・・!」
「そうその通り。王国の騎士長ですらあきらめを隠せない兵力差なんだったら降伏させればいい。事実使者の一人でも来ていたら王国会議はもめにもめていただろうね。それすらしないならやっぱり何らかの理由がある。それが後ろのドラゴンどもだろうな。魔王軍としてもエルフとドラゴンを同時に相手したくねえんだ」
「なるほど、確かに先ほどシュレフィスト様、いや姫君に仰ってた、焦る必要はない、というのはそういうことですか。少なくとも魔王軍が動くのはエルフたちが潰えた後、かつ、ドラゴンと対峙できる戦力がそろった後になると」
「それにだ、ここまでの差があれば王国内部でもむやみに突っ込もうと思うやつもいねえだろ。それも都合がいい。つまりそれは俺が動きたいときに動けるってことだからな。さてその期間になにするか、だけど。さっき言ってた徴兵って選択肢はどう思った?」
すこし悩みつつ、マキナのほうをうかがうように見ながらルーレは考えを話す気になってくれたようだ。
「あまりいい作戦ではない、とそう思いますね。徴兵するにも何らかの士気に繋がる目的が必要です。それはお金であったり生活改善であったり愛国心であったりしますが、おそらくそのすべてを使っても圧倒的不利な現状に恐怖し、逃げ出す者が多くなるでしょう」
「だろうなー・・・。そもそも愛国心があるのかすら謎だし。じゃあどうするのがいいと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か思い当たることでもあるような様子な気がしたのだが、しゃべらないんじゃしかたがない。
「使おう」
「え?」
「こっちの言うことを聞かない連中に無理やり来てもらう必要などないさ。そういうやつらは利用するんだ。・・・義勇軍を作らせるように仕向けよう」
「義勇軍・・・?作るように仕向けるのは簡単ですけど革命でも起きたら、ご主人様もただでは済まないのでは・・・?」
「ははっ、ありえないよ。魔王軍が来る前に王国の敵として義勇軍が攻撃してくるのは、絶対にない」
「な、何でですか?」
「王国と魔王軍が戦った後で疲弊した魔王軍に戦闘を仕掛けるのが定石だから。まあ定石というよりそうするしかないって感じなんだけど」
完璧に断定しているが、普通ならこんなこと分かりようがない。
なのになぜ、断定するのか。
マギアを主軸として義勇軍を結成させるつもりだからだ。
マキナに賛同する者は、王国の味方として。
マキナに敵対する者は、義勇軍、つまりマギアの味方として。
それが平幅遠野にしかできない理想の完全統治である。
「そして王国はそこから周辺の国々と同盟を結ぶことにしよう。そして最終的には義勇軍と王国軍で協定を結ぶ。そうすれば兵力は問題ないだろう。さっき言ったみたいに時間はあるしな。・・・まあそこまで悠長にはできないが」
「他種族と、同盟を・・・・・・?!」
「ああ当然だろ。じゃないと勝ち目なんざない。騙してでも味方になってもらう。これは俺が決めた以上決定事項だ、必ず味方にする。他種族だなんだと言っても知性を持った某でしかないんだ、俺が負けるはずがねえ・・・!」
自信があるわけではない。しかし出来なければどうせ滅亡して死ぬのだし、かっこつけてもいいだろうと調子に乗った。
マキナは知らない。この世界における種族間の溝というものを。他種族と同盟を結び仲間として敵と戦うなど過去例がないことだと。
「あとは、マキナのイメージを変えさせてもらおう。ここでもともとマキナのイメージが悪いことが役に立つんだが、」
そこで。
「あら、お待たせしてしまいましたね」
「お兄ちゃん早いね~・・・」
「やあ、マキナ。珍しいな、お前が食事に来るなんて」
3人が入ってきたと同時に、話を聞かれたかとはじかれたようにそちらの方をみたマキナに疑問符を返す女性たち。
一人はピンク色の妹、シャルロット。
もう一人はおっとりとした雰囲気を出す大人の女性である。ふわっとした桜色の髪はとても似合っている。この人がセテプション王妃、だろうか?
最後の一人は黒髪の少女。気が強そうな感じでマキナを呼び捨てにするところ見ると姉か?
「珍しいというか、それ以前に来るのは母上だけだと思っていたが」
「別にいいじゃないか。それとも内密な話でもあったか?」
「・・・まあ、話し相手は多いほうがいいさ」
ふふん、笑う姉?に苦笑を返す。全員が座席につくとホールのあちこちからコックやメイドが出てきてテーブルに料理を並べていく。
やれやれと思いながら異世界の料理を期待するマキナだった。
それから2時間ほどたち、自室に戻り、寝る準備をする。
寝るといっても睡眠はとれそうにもないが。
「うぅ、ご主人様。やっぱりあれはいくら何でもあんまりですよぉ・・・今思い出しても恥ずかしいです・・・」
「まだ怒ってるのか?あーあせっかく親切心でやったのになー」
「ほ、ほんと殺されるかと思ったんですよ?!王族の食事に水を差すようなことですし・・・」
「まあ、なんか言われたら俺がなんとかしてやるよ」
おなかがすいてるだろうと思ってルーレに色々あーんしてあげたのが嫌だったらしい。
まあ確かにシャルあたりからはものっすごい目で見られていたが。
「じゃ、おやすみルーレ」
「あ、はい。おやすみなさいませ、ご主人様!」
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