オナ日記

園生坂眞

第1話 オナ日記

 今年、四十歳になった。

 この歳になって思うのは、肉体の衰えを顕著に感じるという事。四十代、壮年、いわゆる働き盛り。そこへ足を踏み入れたばかりでそういうのは早いかもしれない。

 しかし、俺は衰えた。それは間違いない。

 ことに、性欲の減退は強く感じる。そして、その事実は男として悲しい。単純に男としてのプライドが折れたというのもあれば、生殖能力の衰退による喪失感もある。

 それはまるで、俺という個体がこの世で役割を終えてしまったかのような、そういう感覚……

 いや、実際俺はもう終わってしまっているのかもしれない。

 五年前、妻と別れた時、終わってしまったのかもしれない。

 俺の名は紀本卓朗という。

 しがない商社勤めのサラリーマンだ。


 東京、秋葉原。

 若い頃は、よくここへ来た。アニメやゲームなどのサブカルにどっぷり浸かっていた時代、この街は本当に輝いて見えたものだ。

 結婚してからは、そういったオタク趣味は卒業した。ここへは仕事関係でしか来る事はなくなった。

 店舗の前にある販促の萌え絵、メイド服姿の若い女性。リピドーを失った今、もうそれらに心動かされる事は無い。

 いわゆる「萌え」というものが、性欲と結びついている事が、今になるとよく分かる。

 まあ、今さらオタクって歳でもないがな……

 こんな事を考えながら、街をぶらついていた。

 もう得意先への挨拶回りは済んだ。少しくらい休憩を取ったってバチは当たるまい。

 ふと、目に留まった書店へ入った。本屋へ入るのも数年ぶりか。

 漫画が好きで、よく読んでいた。だが、漫画はすぐ読んでしまい、次から次へと購入していると嵩張ってしまう。

 家庭を持つと何かと物が増えるので、漫画などにスペースを取る訳にはいかない。

 若い頃は、本棚に入りきらないほど本を持っていた。読み返す事もあったが、どちらかといえば、コレクター的な意味合いが大きかった。

 無理していたんだな。そう思う。

 自分を押し殺して、人生を共にするパートナーに自分を曝け出さず、ゆえに理解されず……

 何故、俺は我慢していたんだろうか?

 一生、自分を偽って生きるつもりだったのだろうか?

 ……いや、止めておこう。この思考の迷宮には出口が無い。

 意識を戻す。

 書店内には結構な客がいた。若い男女の姿も多く見える。そうか、もう学校の授業は終わっている時間か。

 さて、漫画でも見てくるか。単行本を物色するなど久しぶりだな。

 漫画に囲まれた通路の一つに入って、ふと立ち止まった。

 その先には、一人の少女がいた。

 シンプルなシャツにチェックのミニスカート。セミロングの黒髪は肩に少しかかるくらいで、眼鏡をかけた顔は、化粧っ気は無くあどけない。

 高校生くらいか。それも、まだ肉付きが足りない華奢な身体つきから見て、高一か高二ってところだろう。

 少女は俺の視線にまったく気づかず、立ち読みOKの漫画に目を落としている。時折交差させるニーソを穿いた脚が可愛らしい。

 少し、胸が疼いた。

 そういえば、俺は若い頃、彼女のような女性が好みだった。地味でおとなしそうで

本が好きで、しかし知的な文学少女ではなく、漫画を好むような子。

 ほんの僅か、切なく胸が締め付けられる。

 俺が高校生の頃、好意を持っていた女性もこんなタイプだった。

 きっかけがあれば話しかけたりし、事あるごとにちょっかいを出していた。

 そして、俺はその子を毎日妄想で汚し、自慰をした。

 今考えると、セックスをしたいという事しか頭になかったと思うが、十代の男などこんなものだ。

 結局、大人しい者同士、その子とは友達以上になれなかったが、それで良かったと思う。

 

 ふと、気づくと立ち読みしていた少女はこちらに向かってきた。結局、立ち読みしただけで購入しないのだろうか。

 少女が脇を通り過ぎた時、柔らかく、それでいて乾いたような匂いがした。女性の、少女の匂い。

 そういえば、高校時代、好きだった彼女もこんないい匂いがしたな。

 ぴくり、と俺の股間が反応した。

 それは、数年ぶりの衝動であった。


 仕事を終え、帰宅した俺は缶ビールを呷りながらノートパソコンをいじっていた。

 ネットを徘徊しながら酒を飲むのが、離婚してからの長い夜の暇つぶしになっていたのだが、ふと、思いついてブログサービスに登録した。

 そして、今日であった少女の事を、詳細に書き込んだ。

 ともすれば娘のような歳の少女に欲情した。その事実に、しばらく心の中がざわついていた。仕事中、平静を装っていたが、内心狼狽していた。

 だが、これでいい。

 この気持ちを偽りたくない。

 もう、後悔したくない。

 少女を思い出しながら記事を書いていると、しらず俺は勃起していた。

 記事を書き終え、公開すると、俺は布団に潜り込み、あの少女を思い出しながら自慰をした。

 パソコンは開かれたままで、画面には俺のブログが表示されている。

 ブログタイトルは、『オナ日記』とした。


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