怠惰なる導師

迷夢

第1話 想区の合間で

「うっ……」

「大丈夫!?」


 定められた運命、物語を乱し特定個人の強い願望を世界全体へと波及させることでその世界を混沌の渦に導くカオステラーを倒す旅をしていた調律の巫女一行。エクス、レイナ、シェイン、タオ、そしてファムの5人は今日もそのカオステラーを倒すために世界を股にかけて移動していた。

 しかし、そのカオステラーがいるであろう世界、想区と呼ばれる小世界へと移動している間に急に調律の巫女であるレイナが変な声を上げ、沈黙の霧と呼ばれる世界間の中にある霧で蹲る。それに気付いた青い髪をした少年剣士、エクスは心配げに彼女に近付いた。


「おいおい、どうした? 食べ過ぎだったか?」

「姉御、さっき食べたのにもうお腹空いちゃったんですか?」


 レイナが止まったことで先行していた白髪の青年であるタオ、そしてその妹分である黒髪の少女シェインも立ち止まり戻ってくる。そんな彼らに対しレイナは何事もなかったかのように立ち上がると少し怒ったように返した。


「おふざけは禁止! 何で勝手に私を食いしん坊キャラにしようとしてるのよ! もう……」

「え……マジで言ってるんですか? 姉御は立派な食いしん坊ですよ? キャラなんかじゃないくらい……」

「はいはい。シェインはそこまでにしておいた方が……それで、レイナどうしたの急に蹲って?」


 今日の日課は終わりですと満足気にタオの方に戻って行くシェインへまだ憤懣やる方なさ気にしているレイナだが、この話題を続けても先がないと切り替えて青い髪の少年剣士、エクスの方へ振り向いて困った表情で呟く。


「うん……何か、急にあっちの想区にいる誰かが……私を呼んだ気が……それも強烈に呼ぶものだから……」


 自信なさ気な口調で歯切れ悪くレイナがそう言うとそれまで成り行きを見守っていた魔女のファムが茶化すような雰囲気を纏いつつ微妙に真剣みを帯びた声音で口を挟んで来た。


「お姫様~そっちは何もなさそうだけどヤバ気な雰囲気だよ~? 何の根拠もない魔女の勘ってやつだけど」

「……でも、何か懐かしいような……行かなきゃいけないような……」

「行けばいいんじゃねーの!? なーに、行ってみたらどうにでもなるっての!」


 危険だと言われて口ごもるレイナに豪放磊落にタオが被せて笑いながらレイナが見ている方向に先陣切って歩き始める。それを見てシェインも無表情ながら楽しげに口を挟んだ。


「大体、いつもカオステラーを倒しに行ってるんですからヤバいところなんて当然ですよ。行き当たりばったりの方がシェインたちに合ってます。ということでゴーですよ」


 そう言ってシェインもタオについて行き、少し行ったところで残ったメンバーを待つ。その様子を見てからエクスはレイナに優しく告げた。


「僕はレイナについていくから大丈夫。行こう?」

「そうね……お願い」

「危ないって言ってるのになぁ~……はいはい、そんな目で見ないでって。この魔女にお任せあれ~」


 こうして全員の意見がまとまりレイナが声が聞こえた気がするという方向へと歩き始め、進むにつれて霧が晴れて行く。


「おっ、ここは……何かスゲーな!」

「むふふ……面白そうなのがいっぱいです……!」


 霧が晴れて行くにつれて見えて来たのは近代ヨーロッパを思わせる石造りの町。しかし、行き交う人々はパッと見ただけでもかなり個性的な面々で顔立ちにも髪の色にも全くと言っていいほど共通点が見当たらない。

 極めつけは魔法を使っているのが当たり前と言わんばかりの露店に飛び交う食べ物などだ。


「……うぅ」

「どうしたの?」


 テンションを上げているタオとシェインに対してレイナは悔しそうに唸った。心配したエクスが近付くと彼女は二人に聞こえないように呟く。


「……美味しそう。お腹空いたよぅ……」

「あはは……何か食べ……」


 呆れたように笑うエクスだが突然町が静まり屋台などが畳まれ、雰囲気が変わったのを受けて素早く周囲を見渡した。そんな彼にファムが告げる。


「はい、あちらの方向にちゅ~も~く」


 そう告げたファムの差す方向を見るとそこにいるのは想区の番人的存在であり部外者を追い出すヴィランだ。新たな物語を産む際に障害物を排除すると言う名目で新たな混沌の物語を生み出すカオステラーの手先としても現れる存在だが、今回はカオステラーの気配はしていないので単に部外者を追い出そうとしてこの場所に来たのだろう。


「おいでなすったか……」

「……もう追い出しに来たんですかね? 早過ぎませんか? シェインたちはまだこの想区の物語に触れてないので、ギルティなど言えないはずですが……まぁ、取り敢えず襲われるのは嫌なのでぶっとばしていきますよ」


 物語のヒーローやヒロイン、または登場人物たちの力、また彼ら彼女たちの象徴的な力を身に宿して戦うために必要な媒体である【導きの栞】を手にし、臨戦態勢を整えるタオとシェイン。しかし、その顔はすぐに驚きの物に染め上げられた。


「なっ! 最初からメガ・ヴィランかよ!」

「いきなりですね……しかも、複数!」


 想区の番人たるヴィラン。その部隊長と言えるレベルに位置するメガ・ヴィランのいきなりの出現に驚くタオとシェインだがそれらを見ていたレイナは冷静に告げる。


「……だからって、負けるわけにはいかないわ。覚悟しなさい! 襲い掛かってきたことを後悔させてあげる!」


 その言葉を合図に問答無用で襲い掛かってくるヴィランの群れ、そしてメガ・ヴィランを前に全員【導きの栞】を手にして英雄を身に宿し、その強大な力を振るい始める。


「なぁっ!?」

「あれ……?」

「これはこれは……」


 はずだった。しかし、彼らが変身したのは彼らの思う姿ではない。


「どーなってんだ!」

「嘘でしょ……」


 いつもであれば思い思いに脳裏に描いたヒーローやヒロインに変化できるはずだが、今回は何故かエクスは『ジャックと豆の木』の主人公であるジャックに。タオは『かえるの王子様』の王子に仕える家来の青年、ハインリヒに。シェインは『白鳥の湖』に出てくるオデッサへと姿を固定させられていたのだ。


「……どうなってるのか確認するね」

「どうして私はヨリンゲルなのよ! シェリーじゃ駄目なの!?」


 ファムが戦線を離脱し、原因を探る隣で『ヨリンデとヨリンゲル』の主人公であるヨリンデを宿してしまったレイナが嘆きの声を上げる。しかし、ヴィランたちは待ってはくれない。属性も様々な想区の門番たちは無言で襲い掛かって来た。



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