第84回【TL】部屋に押しかけて

 寒いからと理由をつけて、彼の家に上がり込む。作戦としては、我ながらなかなか鮮やかではなかろうか。

 部屋に案内されて、何か飲み物を出すからと一人残される。

 こういうときは、こっそりと部屋の探索をするに限る。『ベッドの下のあの本は何かしら?』なんて言って、彼がうろたえる様を見るのが楽しみだったりするんだけど、あいにく彼のベッドの下には何もなかった。いや、本当に。塵も埃も全くなし。これには正直驚いた。

 確かに綺麗に片付いた部屋だ。むしろ生活感がないと言ったほうがしっくりくる。几帳面な人だと思っていたけれど、こんな部屋で生活している様があまり浮かばない。

 たいして面白そうなモノは出てこないまま、彼が二つのマグカップを持ってきた。

「僕の部屋、つまらないでしょ?」

 私が何をしていたのかわかっているような口振りで、マグカップを部屋の中央に置かれたローテーブルに並べながら告げる。

「まぁ、つまらないというか、綺麗にしているわよね」

 無難な感想でごまかし、マグカップの前に腰を下ろした。

 さて、彼は肉食と草食、どちらなのだろう。

 今のところ手を握る程度のスキンシップしかしていないが、私の告白以降はちゃんとカレシとカノジョという関係のはず。彼の家に押し掛けたのだから、ちょっとは関係を進めたいものだ。

 実は肉食系で『お願い、お強請り、あら上手』って感じで、スイスイ関係が進んじゃったりしないかしら。誘うのは自分からでもいいが、そのあとはリードしてもらいたい私なのである。そういう意見の女の子は私だけじゃないと思うけれど。



 他愛のない会話が続く。いっつもそんな調子。お互いに社会人だっていうのに、色気のある話は出てこない。

 私、魅力ないのかな……。

 身体のラインが出やすいハイネックのニットとタイトスカート。スカートの下はタイツをはいているから露出は少ないと思う。でも、あからさまな感じよりはいいんじゃないだろうか。

 視線をベッドに向けたり、もじもじしてみたりするけれど、キスをするような雰囲気にもならない。最近ネットで話題になっている《年老いた光から脱却する方法》がどうとかの話なんかして、どうにもうまくいかない。

 避けられているかしら。

 話題から誘導しようとしているのに、さり気なくかわされている気がする。

 これは脈なしかな。

 その気がないなら、帰ろうかなと思い始めた。外は陽が暮れてしまったようだし、夕食を口実に部屋を出ても良いような気がする。

 それに、さっきからとても眠い。彼の話がつまらないというわけではないはずなのに。

 堪えきれなくなって、あくびをしてしまう。眠い。

「僕の話、つまらなかった?」

「ううん、そうじゃないの。ごめんね。なんか、すっごく眠くって」

 認めてしまうとますます眠気が増した。まるで、薬でも盛られたみたいだ。

 マスカラが取れるのが嫌で、ふだんなら絶対に目には触れないのだけれど、思わずこすってしまった。

「ふぅん」

 彼が距離を縮めてくる。そして身体に触れた。

「な、なに? 嘘なんかついてないわよ?」

 疑われている気がして返すと、彼は薄く笑った。

「睡眠薬、効いてきたみたいだね」

「……どういうこと?」

 意識が朦朧としてきた。

「僕、寝ている女の子を抱くのが趣味でさ。大丈夫、痛いことはしないから」

 額に口づけられて、彼に身体を委ねる。媚薬も盛られているのかもしれない。なんだか身体が暑いわ。


《了》

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