第75回【TL】彼に押し倒されて
いつでも離れられる距離感でいたつもりだった。こういうのを《愚者の恋》というのだろうか。
滑らかな肩をそっと包んでくれる腕をなかなか払えなくて、私はいつまでも彼に抱かれていた。肌と肌とが触れ合う暖かさを久し振りに思い出し、離れがたくなってしまう。
でも、これは過ち。
異性の親友は珍しいと聞くけれど、私たちの場合はうまくやっているつもりだった。
「宇宙旅行に一緒に行きたいね」
「そうだな。おまえとなら、楽しめそうだし」
そんな他愛のないことを言える相手は彼くらいしかいなくて、だからなんでも相談して、前の彼氏の話なんかももちろんして――そんな話ができる相手だから、性的な関係にはなりようがないと思い込んでいたんだ。
真冬と桜の花弁が同時に存在しにくいくらいの感じで、彼とこうしてホテルの一室で身体を重ねるなんてことはなかったはずなのに。
何をどこで誤ってしまったのだろう。
いつもみたいに愚痴吐き目的の二人きりの飲み会。いつもと違ったのは、彼の酔いが異様に早く回ってしまったことだろうか。
少し酔いをさますべきだと提案した私を、彼は初めてホテルに誘った。彼氏と別れたあとだったし、彼に限ってと思う気持ちが油断と隙を作ってしまったことは認めよう。
部屋に着くなりベッドに押し倒されて、今に至る。
「ねぇ……後悔してない?」
あまり気持ちよさそうな表情に見えなくて、私は上目遣いに訊ねる。
「う、うん……。まぁ、ありきたりな台詞なんだけどさ、なんか、勢いって怖いな、って」
「なにそれ」
彼を拒んだつもりはなかった。せっかくだし、互いに気持ちよくなれればいいなと思いながら尽くしたつもりだった。
小さく膨れると、彼はごまかすように私の頭を撫でる。
「ごめんね、自分の言葉で言えなくて。正直、混乱している」
「酔った勢いで私を抱いたってこと!? 私じゃなくても良かったって、そう言いたいの!?」
失礼な話だ。彼の手を払いのけ、私はベッドから出ようとする。余韻に浸っていた私はバカだ。
「違う! そうじゃない!!」
彼の長い腕が伸びてきて、私を後ろから抱き締めた。
この温もりをいとおしく感じてしまう私はやっぱりバカだ。
「……ずっと、好きだった。おまえのことが。だけど、この好きって感覚は、こういう身体の触れ合いを含んでいないってずっと思い込んでいたから、その……告白する前にヤっちまって、自分の計画ぶち壊しで、どこからやり直すかわけわかんなくなっちって――悪い」
彼は素直だ。
そして、私はそういうところに好感を持っている。
沈黙。
やがて私は彼の腕に自分の手を添えた。
「……じゃあ、もう一回戦ね。そこからやり直しましょう」
あたしは提案をして、彼を押し倒す。
「え、待て。告白タイムはっ!?」
「そんなのは後回し! 学生じゃないんだから、んなものはいらないのよ」
私は言い切って、彼の唇を唇で塞ぐ。
その先は、ただの甘い時間だ。
《了》
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