第74回【恋愛】雪のように
「ここでクイズです。美しき悪と言えば?」
君はいつもそうやって、答えが決まっていないクイズを出す。私がなんと答えるのかを楽しんでいるだけ。
「そうねぇ、この前見た映画のボスがそういうタイプかも」
私は思いつきを口にする。彼は満足そうに笑んで、先週一緒に見に行った映画の話を始めた。
これは彼の癖だ。話題の振り方がわからなくて、そんな話し方になったらしい。まどろっこしい言い方に嫌気を感じて去る人も多いらしいが、「そういえばさぁ」なんて感じで喋るのはどうしてもできないらしくて、彼は数少ない友人とだけ喋るようにしていた。
ピアニッシモの本音を私は聞き取るように努力をする。彼が喋るのを苦手だと感じている以上、弱々しくも発せられる台詞には何かしらのメッセージが込められているはずだ。それを丁寧に探して返す。
彼のクイズは、そう考えると奥深い。
好き、嫌い、好きの法則があるとしたら、私の彼に対する気持ちにも当てはまる。
見た目の雰囲気に始めは好感を持った。愛らしい存在だと感じたからだ。
少し付き合いができると、今度は彼の独特の喋り方が引っかかって、嫌悪感を覚えるようになった。話の入りはいつもクイズで、でもそのあとの会話はなかなかに興味深い。彼がいろいろなことを懸命に考えていることがよくわかる。だから、距離を置くようなことはしなかった。
そのうちに彼の喋り方の規則性や、その癖の理由に気が付いて、私は改めて彼を好きになっていた。
「――ユキちゃんはさ、本音に隠した嘘を見つけても、知らん顔できる?」
唐突に、彼は問う。こんなことは珍しい。
「嘘に隠した本音じゃなくて?」
よくある言い回しとは違うことに気付いて問えば、彼は真面目な顔をして頷く。
彼の背後には舞う白雪と銀世界が広がっている。
「私は、その嘘を見つけることはできないんじゃないかな」
告げて、苦笑いを浮かべる。
だけど、彼が何を言おうとしたのか、言いながら気付いてしまった。彼はもう――。
「そっか……。ユキちゃんは賢い子だから、とっくに気付いているんじゃないかと思っていたんだけど」
困ったように笑って、彼は手すりにもたれかかる。向こう側には真っ白な雪の世界。
「――雪ってさ、ホコリにくっついた水分でできているから、一見綺麗に見えるけどそうでもないんだよね。核となるホコリがないと、こんなに綺麗な景色を作れないなんて、本当に興味深い」
「うん……そうだね」
それが比喩だったのかどうか、私には判断できない。彼はそうやって自分をごまかしてしまうから。
「私だって、綺麗な部分だけじゃないもの。雪に限らないのかもね」
綺麗に着飾ってみたところで、中身はそう変わるものではない。第一印象くらいは変わるが、それで繕えることの限界はあるはずだ。
「
「どうだろうね。……ただ、僕にとって雪は綺麗だと思う気持ちは変わらないんだけどな」
そう言って、彼は私を見て微笑んだ。
「だから、僕を捨てないでね、ユキちゃん」
雪のように儚く消えてしまいそうな笑顔。
私も笑顔で返す。
「まだ、捨てないわよ。その前に、私が消えてなくなっちゃったらごめんね」
雪にかけて、私はおどけてみせた。
彼はこの旅行のあとで、あの独特の喋り方をやめた。少なくとも、私の前だけは。
彼の特別に、私はなれたのだろうか?
《了》
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