第55回【恋愛】映画館で待ち合わせを

『恋愛戦争、敵の敵だって敵!!』

 でかでかとした宣伝文句を目にして、あたしはいつものように辟易する。

 先月末から始まった映画のポスターに書かれているのだが、どうにも好かない。デザインがインパクト重視だからかもしれない、と結論づけて納得しておくことにする。

 別のところに視線を向けると、今度は『天の川を渡れたら』の文字が目に入る。今は六月の最終週なので、時季に合わせて公開したのだろう。これは映画のタイトルで、旬の俳優と女優を配した七夕伝説を下敷きにしたストーリーらしい。あたしは興味がないから、選んでまで観ないけども。

 にしても、いつになったら来るのかしら?

 あたしはスマートフォンを取り出して、新着メッセージがないことを確認する。待ち合わせの時間から三十分は過ぎていて、雄也ゆうやがこんなに待たせたことが今までになかったのを思い出す。

 何かあったのかしら?

 不安な気持ちで、空を仰ぐ。薄暗い曇天は今の感情を反映しているように見えた。



 久しぶりの外デートだ。金欠だという雄也に合わせてここ数ヶ月は彼の部屋でデートを重ねていた。

 彼の趣味が映画鑑賞であり、借りたブルーレイディスクを部屋で見た後でイチャイチャするのはそれなりに楽しい。あまりにも続いたので飽きてきたと言えなくもないが、それなら自分から誘い出せば良い話だ。

 そろそろ何か提案してみようか――そう考え始めた頃、雄也の方から誘いが来た。


《来週の土曜日、映画を観に行かない?》


 あたしはすぐにオーケイの返事を出した。

 待ち合わせ場所は彼の家から近い映画館。あたしは独りでもここに映画を観に来ていたので、チケット売り場の変わり映えのなさにうんざりしていたのだ。



 遅い。

 彼の家に迎えに行こうか。そう考え、まずは見落としがないか確認する。再びスマートフォンを取り出して、メッセージに目を通す。日時も場所も間違いはなかった。

 続いて、あたしは周囲に目を向ける。

『水平線に君をのぞむ』

『小指の約束~秘められた想い~』

 今日から公開される映画のタイトルが目に入った。恋愛映画が盛況らしい。『水平線~』は昭和初期を舞台にした恋愛ドラマで、『小指~』は一昔前に流行った難病モノだと予告で見た。自分の趣味に合わないので、おそらく観ることはないだろう。

 まぁ、ストレス発散のときにやっていたら、観る機会はあるか。

 あたしの趣味は一応映画鑑賞だ。でも、他の人のそれとはきっと違うだろう。あたしは仕事のストレスが溜まると、退社後に映画館で適当なレイトショーを観て気分転換をすることにしているのだ。立派な趣味でしょ?

 で。それがきっかけで、雄也と知り合えたわけで。

 ノロケようかと思ったけれど、なかなか来ない彼のことが心配だ。待ち合わせ時間から一時間が経過している。いよいよ何かあったに違いない。

 あたしが動き出したそのとき、声をかけられた。

菜央なおちゃん」

「雄也、遅いっ!」

 走ってやってきた彼は、いつものラフな格好ではなかった。きっちりとした格好で、ジャケットの下にベストまで着込んでいる。

「その格好、どうしたの?」

 自分の格好はフェミニンなワンピースで、夏を先取りした姿だ。いつもとそんなに変わらない格好である。並んで歩いたら、浮かないだろうかあたし。

「ちょっと気合い入れようかと思って」

 告げてにこりと笑むと、雄也はあたしの手を取って歩き出す。映画館から離れていく方向だ。

「あれ? 映画は観ないの?」

 特にどれを観るとは決めていなかったが、それはいつものことなので気にとめなかった。彼にはお目当ての映画があるのだろうか。

「ここじゃ、やってないからさ」

 彼の手は汗ばんでいる。

「あ、そうなんだ」

 適当に合わせて雄也に従うことにした。



 着いた場所は彼と出会った映画館だった。最新の映画は流していない穴場の場所。

 着くなり、彼はあたしと向き合った。

「今日はこれを渡そうと思って」

 バッグから取り出したのは小箱。

「え……」

 戸惑うあたしに、彼は箱の蓋を開けて中を見せた。あたしの誕生石であるダイヤモンドがついた指輪が入っている。

「結婚、しませんか?」

 改まって言われるとあたしはパニックだ。

「ちょっ、え、何? 今日ってなんかの記念日だった!?」

「悪い往生際だな」

 苦笑された。

「だって」

「これから記念日になるんだよ」

 言われて、口付けをされて。

 了承の返事は、長い口付けを堪能したあとにしよう。


《了》

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