第48回【コメディ】無冠の王と呼ばないでっ!
夏休みの折り返し。本日の予定はまだ決まっていない。
ぼんやりとエアコンのかかった部屋の天井を眺めていると、スマートフォンが新着を知らせた。気だるいと思いながらも、手を伸ばすと届く位置にあるそれを掴んで、アプリを起動させる。
『天体観測しようぜ!』
メッセージのあとに、親指を立ててウインクをしているスタンプが並ぶ。
それを見て、宿題を片付けられるんじゃないかと思い、気軽に返事をした。
『行くー』
それがそもそもの間違いだったと後悔するのは、二十四時間後である。
夜。コンビニで待ち合わせすることになった。レジで牛乳パックを出して、お会計。
「あ。牛乳はあっためて下さい」
「はい?」
レジのお姉さんが目を瞬いている。
別に罰ゲームで言わされているわけではない。気に入っているいつものコーヒー牛乳が売り切れで。でも牛乳が飲みたい気分で。だけど体質的に冷たいものだと腹を壊すため、仕方なくそうしているのだ。
「口を少し開けて数秒回せば大丈夫っすから、頼みます」
説明すると、彼女はしぶしぶやってくれた。良い店員さんだ。大変ありがたい。
「ありがとうございましたー」
コンビニの前に立ち、ホットミルクをストローで啜ること数分。待ち合わせしていた
大柄な男なので遠目に見てもすぐにわかる。柔道をやっていそうな恵まれた体格だが、実際は帰宅部で部屋にこもってFPSをするのが趣味である。保育園時代からの幼なじみだ。
「よう。
同じ高校生とは思えない野太い声で話し掛けられると、俺は首を横に振って応える。
「いや、大して待ってねぇよ」
行こうぜ、とばかりに歩き出す。暗い夜道を二人で歩けば、太田川の図体のでかさのお陰でやたらと目立つ。俺が細くてちまっこいせいもあるんだろうけど。
数分歩いてやってきたのは、幼少期に散々遊んだ公園だった。
「よう、太田川、小山田。参加ありがとうな」
先に来て望遠鏡を設置していたのは
「男ばっか四人も夜に集まるなんて、むさっくるしいなぁ」
ため息混じりに言ったのは、高校からの付き合いである
「そう文句言うなら、女誘えば良いじゃん」
俺が言ってやると、渡瀬はムスッとする。
「さ、誘えるような相手がいたら、こんな時間にこんな場所にこねーよ!」
「だよなー」
みんなで笑い合う。最近はこの四人で何かしていることが多い。誰かに彼女ができれば、きっと変わってしまうんだろうけど。
天体観測に飽きるのは早かった。望遠鏡は一つしかないわけで、それを順番に使って最初こそ真面目にやっていたんだけど、それなりにメモを取ったらやることが思い浮かばなくなった。
俺は回転ジャングルジムに登る。少しだけ空が近い。手を伸ばして、星を掴んでみる。掴めないとはわかっているけど、センチメンタルな気持ちにはなる。
「お。良いな、そこから天体観測。せっかくだから、回してやるよ!」
「えっ」
待てと言う前に回り出す回転ジャングルジム。太田川の押す勢いがありすぎて、ぐるぐる回る。星を観るには速すぎて、それ以上に――。
うげぁぁ。
コンビニで牛乳を五〇〇ミリリットルも飲んだせいだろう。逆流したそれが、回転ジャングルジムの勢いに任せて飛び散った。
ひどい絵であった。
清瀬に介抱されて、俺はようやく動けるようになった。
「気持ちわりぃ……」
「すまん、小山田。まさかこんなことになるとは……」
「別に気にすんな」
調子に乗った太田川に大変な目に遭わされるのはいつものことだ。幸い、清瀬の家が近くて着替えも借りられたし、もう過ぎたことだ。
「――で、渡瀬は何しているんだ?」
俺らに背を向けてスマートフォンをいじっているように見えたのだが。
そっと覗き込むと、動画サイトを見ているのがわかった。そして、そこに映っているものに戦慄する。
「おまっ!? 今の撮ってたんか!!」
それは、さっきの回転ジャングルジムでの惨状の動画だったのだ。
「再生数が伸びに伸びまくってるぜ!」
「伸びている、じゃねぇよっ! 消せ消せっ」
スマートフォンを取り上げようとすると、軽やかに逃げられた。
「いやだーっ!」
結局、動画はいたるところにコピペされ、収拾がつかなくなってしまったのだった。
翌日。スマートフォンの通知が鳴り止まない。どれもが昨夜の動画がらみだ。
「有名人になったみたいだ……」
「どこかの王様みたいな?」
「冠はいらんっ!」
「じゃあ、無冠の王様だな!」
太田川も渡瀬も笑っているが、俺は嬉しくない。清瀬は苦笑しているだけだ。
残りの夏休みが消化されるまでに静まることを祈ろう。
《了》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます