第21回【恋愛】君の約束、僕の嘘

 ――いけねぇ、遅刻する!

 ただでさえ時間を遅くしてもらったっていうのに、指定した午後五時からの遅刻となっては彼女はオカンムリだろう。

 今日は大切な約束の日なのだ。守らねばならない。

 彼女――宮西みやにし未緒みおと話すのは久しぶりだ。メッセージでのやり取りは頻繁だけども、実際に顔を合わせる時間なんてない。遠距離恋愛中なのだから。

 だから、今日はどうしても外せない。

 夜を飲み込む勢いの街の明かりを眩しく感じながら、僕は急いだ。



 ***



 ――遅いなぁ。

 約束したのは午後五時。夏だったらまだ明るいだろうこの時間だが、息が白くなるこの真冬なら空は暗い。あたしは星が見えないかと見上げたが、街の明かりが眩しすぎて月さえ霞んでいるように感じた。

 左手には造花の花束。今日は大切な日なのだから、ちゃんと忘れずに用意した。彼――松下まつした大悟だいごが好むカスミソウたっぷりの薔薇の花束を。恥ずかしいけど、これならきっとすぐに見つけてくれるだろう。

 花束を握ったまま指先を呼気で暖めていると、正面に影が生まれた。

「お待たせしたね、未緒ちゃん」

 顔を上げると、待っていた優しい顔がそこにあった。

「ううん。全然待ってないよ」

 あたしは何でもないと首を小さく横に振ったあと、精一杯微笑んだ。

「行こうか」

「うん」

 並んで歩き出す。目指すのは大悟と一緒によく行ったイタリアンレストラン。予約は入れてあるはずだ。

 空いていた右手に、彼は指を絡めるようにして握る。照れたのか、彼はそれっきり黙ってしまった。

 お店に入って、いつもと同じコース料理を堪能する。大悟のことだけを考える幸福な時間だ。

 だけど、それは永遠には続かない。


「じゃあ、これで」

「うん。今日はありがとう」

 レストランの前で彼と別れる。一歩踏み出した、そのとき――。

「なぁ、未緒ちゃん。やっぱりこのあと、寄るのか?」

 彼は後ろを向いたあたしの手を取って問う。行かせまいとしているかのように、強く握って。

「花束、飾らないと」

 あたしは振り返らない。自分がどんな顔をしているのかわからないから。

「造花だろ、それ」

「永遠に咲いているなんて素敵じゃない。いつまでもこのままでいて欲しいもの」

「もうやめないか?」

 彼は言う。

「離して」

「離すものか」

「なんでよっ! あなたはあたしにとって大悟の代役にすぎないんだからねっ! 干渉しないで!」

「離さない! 離せるかよっ」

 彼――松下まつした裕之介ゆうのすけは叫んで、あたしを後ろから抱き締めた。その拍子に花束が落ちる。

 往来の真ん中。自然と視線が集まるのに、裕之介は離さない。

「俺と大悟は双子でよく似てる。未緒ちゃんには《彼氏》のダブルキャストとしてちょうど良かっただろうよ」

 あたしの腰に巻き付く腕に力がこもる。

「だけどさ、こんなこと続けてどうするんだよ。大悟が死んでるってこと、わかっているんだろ? もう見てられないよ。こんなの、絆じゃない。ただの見えない鎖に縛られているだけじゃないか!」

 ぎゅっと抱き締めてくる裕之介の体温が、あたしの心にしみてくる。

 今日は、プロポーズされるはずだった日。

 そして、大悟の命日。

 ――あれから、五年も経つのね……。

 五年前、遠距離恋愛中だったあたしたちはこの日にデートの約束をしていた。だけど彼は来なかった。交通事故に巻き込まれて、死んでしまったから。

 彼が持っていた鞄の中から、婚約指輪が見つかったと連絡してくれたのが裕之介だった。それからずっと、こうして付き合ってくれている。

 ――大悟。終わりにしても良いのかなあ?

 あたしの頬を温かなものが、静かに流れていった。


《了》

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