第17回【オトナ向け】ラブ&ゲーム

 帰宅ラッシュの雑踏をかき分けるようにして、彼がやってくる。あたしはにっこりと微笑んで手を小さく振った。



 彼と出会ったのは三ヶ月前のことだ。あたしの勤め先が主催する企業交流会に彼が参加しており、そこで知り合った。

 意気投合した数人で二次会に発展。最初は仕事に関係した話などをしていたはずなのに、いつの間にかゲームを始めていた。一番盛り上がったのは王様ゲーム。大学時代以来だ。王冠の絵を描いただけの割り箸が素敵なゲームアイテム大変身。久々にはしゃぎまくって、気付いたときにはホテルだった。ベッドには彼の姿があってびっくりしたけれど、彼の求めに応じて身体を重ね、次第にのめり込んでいった。



「んンッ……」

「もっと声、出して」

「や、恥ずかしい……」

 軋むベッドの上で揺らされる身体。たまらなく心地好くて声が漏れてしまうが、その自分の声が嫌だった。彼によって次々に暴かれていく官能に溺れてしまうことに危機感を覚えていたからだ。

「僕に溺れてしまえば良いのに」

 身体の深いところに彼の情熱を感じる。零れる声は、あたしが彼を受け入れて悦んでいる証。

「だ、ダメなの……あァンッ」

 深く深く繋がって、何度も突かれて揺らされる。心も身体もゆさゆさと揺らされる。

 堪らない。自分を保てない。

「ダメって声も素敵だよ。僕を焦らしているつもりなんだろうけど、我慢なんてしないから」

 あたしはもう余裕なんてないのに、彼はまだまだのようだ。

「あンっ!!」

 彼はあたしが乱れるのを見て存分に楽しんだあと、ナカに自身を放った。



 すべてを終えると、あたしはつい薬指を親指でいじった。いつも感じている薬指の束縛は、今は財布の中だ。

「ねぇ、前から思っていたんだけど、その仕草って何なの? 指輪をねだっているつもりかい?」

 まさか見られていたとは思わなかった。慌てて右手で隠す。

「そんなんじゃないわよ。……ちょっと痒くて」

「肌荒れか何か? 自炊してるんだったよね。洗い物で荒れるのかも。見せてごらんよ」

 彼は優しく手を伸ばしてきたが、あたしは慌てて手を引っ込めて起き上がる。

「大丈夫よ。ハンドクリームでケアしてるし」

 できるだけ平静を装って、服に着替え始めた。スマートフォンのロック画面に表示された時刻を見て、これからの予定を立てる。旦那が帰宅する前には料理の準備は終わるだろう。

「今夜も夕食、付き合ってくれないの?」

 ベッドの中でシーツに包まれたままの彼は問う。

「ええ。昨日の夕食、作り過ぎちゃったから食べないと」

「残りものでいいから、僕も食べたいよ」

「そうはいかないわよ。それに、あんまり上手じゃないし」

「そうなの?」

 化粧を直しているあたしの後ろで声がした。

「でも、案外と凝ったものを作りそうだよね」

「どうして?」

 不思議に思って声のする方を見やる。彼は冷蔵庫の中を覗いていた。

「豚肉のブロック、この量は一人分にしては多すぎるよ。角煮にしても煮豚にしても、飽きるくらいになりそう。だから、小さく切って幾つかの料理にするのかなって」

「あなたも料理するの?」

 意外な彼の反応に思わず問い掛ける。こういうことを指摘できる男子はあまり多くない。

「僕も自炊派。――あ、今度の土曜日、うちに来ない? 手料理ご馳走するよ」

「ごめんなさい。土日は習い事をしているから」

 しれっと嘘をついて笑顔を作る。

「そっか。前にも言っていたよね」

 苦笑して、彼は冷蔵庫に入っていた豚肉を手渡してくれた。バスローブに袖を通すと、玄関でハイヒールを履いていたあたしを見送りに来る。

「じゃあ、またね。連絡くれて嬉しかったわ」

「うん。気を付けてね」

 あたしはドアを開けて外に出る。どことなく香るエキゾチックな匂いに、非現実的な気分になった。後ろめたさはあるが、ゲームみたいなこの刺激は癖になる。

「――あ、そうだ。言い忘れていたけど」

 閉まりかけたドアの向こうから、彼の声。

「旦那さんによろしくね」

 隙間から見えた彼の唇は、あたしに愛を囁いていたものに見えなくて。

 冷たい三日月みたいな笑みが暗闇の中に映えていて。

 ――バレてた?

 ガチャリという音が、頭の中で反響した。


《了》

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