第14回【転生】決着は屋上で

「ふはは。まさかこうして再び相まみえる事になるとはなっ!!」

 青い空、白い雲。気持ちのよい真夏の景色が広がる屋上に、高らかと笑い声が響き渡る。

「……はぁ」

 屋上に呼び出されて何かと思えば、こういうことだとは。最近、変な夢を見ると思っていたのだが、まさか現実に侵食してくるとは思わなんだ。

「貴様につけられたこの痕は、この世界にまで引きずっているのだよっ!! あぁ、どうしてくれようか!」

 言って、ヤツは胸元を示す。

 ――まぁ、確かに夢の中で俺は、一人の女性への忠誠心から剣を取り、ヤツの胸にその剣を突き刺していたんだが……。

 どうも現実と夢がリンクしているのは、本当のことと言えそうな気がしないでもない。

 ――しかし、それはそれ、これはこれ、だ。

 俺は面倒で頭を掻く。この状況をどう打破すべきか。

「――しっかし、人間嫌いだった貴様が、転生してくるとは思わなかった。恋をすると変わるものなのかね? いやはや、おかげでこうして私と会えたわけだ。あの姫君に感謝せねばな」

 夢は断片的だったので不明な点が多かったのだが、ヤツがいうことから推測するにこういうことなのだろう。

 俺が忠誠を誓った女性はどこぞの国の姫君だった。俺は人間嫌いであったが、彼女に出会って変わったということだろう。

「さて、こうして出会えたからには昔の約束をはたしてもらおうか」

 ――《むかしのやくそく》?

 何か約束をしていたのだろうか。さっぱり思い至らない。ってか、そもそもこの世界でヤツと会ったのは初めてなのだ。昔というのが前世だか夢の世界だかでのことを示しているのだとして、果たしてこの現実に有効だろうか。

「ちょっ、ちょっと待て。――その約束というのを、俺は覚えていないぞっ!! だいたい、あんたとは初対面のはずだっ。むかしってどういう――っ!?」

 いきなり抱きつかれた。ヤツの豊満な胸が俺の身体にあたる。柔らかな肉体の感触に、夏の暑さも加わってクラクラしてくる。

「酷いぞ……次の世界では必ず恋人にしてくれると言ったのに。この傷痕の責任を取るって約束してくれたのに」

「そんな約束、俺は――」

 知らない、そう言いかけて、唇を塞がれた。不意に吹いた強い風がヤツの――彼女の美しい黒髪を流す。

 それを見た瞬間、何かが重なって映った。

 剣に貫かれて苦しいはずなのに、幸せそうに微笑む黒髪の美女の姿。

『……これで自由になれる』

 フラッシュバックだろうか。真夏の幻だろうか。

 彼女は唇を離すと、潤んだ黒い瞳で俺を見つめる。

「あの姫君には感謝するが、貴様の記憶喪失が本当なら祟りたいほどだな」

「――俺は……姫君に仕える暗殺者だった」

 覚えていることをぽつりと漏らす。悲しげな彼女をほうっておいてはいけない気がして。

「だから、俺は任務で君を――いや、君は……」

 俺の言葉に、彼女は思い至ったらしい。長い睫毛で縁取られた美しい目を何度も瞬かせたあとに微笑んだ。

「かの姫君は大変優秀だったようだ。そして、貴様も暗殺者として私情を挟まない人間だったのだな。私の方が忘れていたようだ」

「どういうことだ?」

「恋仲だったのは私と、なのだよ? それすら忘れていたのか」

「あ……」

 話が繋がる。それで見えてきた。

「彼女が俺に暗殺を命じたのは、身分差ゆえにその世界では決して結ばれない運命だったから……なのか」

 思い出してきた。暗殺者である俺は、任務に失敗して怪我を負ったのを彼女に救われた。暗殺家業で荒んでいた俺の心を癒やしてくれたのも彼女だった。だが俺は、表立って出られない王国に雇われた暗殺者。令嬢である彼女とは結ばれることなど有り得ない。

「……思い出してくれたか」

「この世界でやり直せるか?」

「あぁ。ずっと待っていた」

 再び口付けを交わす。今度はきっと、結ばれるはず。


《了》

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